震える手を収めて
――キャパオーバーだ。
今の状況の何もかもが不可解。何もかもが無理解だ。
「待て、待て、待って……まず、まず――」
出会ってからいつも冷静だったシュウが、これまでにないほど困惑で取り乱している。
「えっと……レン、扉、開けてきてくれる……?」
思考を回し、最悪に配慮して絞り出した言葉には抑えきれない困惑と情報を処理しきれずにいる当惑が同居していた。
だが生憎、レンに同情する余裕はない。同じように困惑と当惑に囲まれているのだから。
――だが、困惑していても立ち尽くすわけにはいかない。自ら動かなければ状況など動きようがないのだから。
「お、う。わかった」
「……警戒は怠らずにね」
キャープから目を離さずに呟くシュウの警戒心は解かれていない。――それはレンも同じだが。
「にゃ〜、敵として立ちふさがる気なんてもうないにゃあ」
「それを信用できるほどお人好しじゃないんだよ、僕は」
信用されない不満を声音に混ぜてぶちまけるキャープだが、今この空間にその愚痴に賛同する人間は誰一人いない。
木製の扉に手をかけて、レンが警戒と――そして同時に好奇心を抱えながら扉を開く。
鬼が出るか蛇が出るか、どっちにしてもレンの好奇心をくすぐる存在なのは間違いない。無論警戒が必要なことは百も承知だが、それとこれとは話が別だと、レンが脳内で言い訳をすると同時に、扉の先に立っていた人影の姿があらわになる。
「あ、ありがとう。ボク、居留守されたらどうしようかと」
肩まで伸びている青髪に、不安そうに瞳が揺れている、髪色と同じような青の双眸。
――間違いない。ダンジョンでイノコから逃げていた、そしてレンたちが探していたあの少女だ。
少女はおずおずと部屋に足を踏み入れて、どこか気まずそうにレンに会釈をしてくる。その気まずさは偽名を名乗った故のものか、それとも別の何かが原因か。
そんなのはレンには判別しようがない。なので――
「お前っ、なんで俺たちに嘘ついたんだ?」
直接聞いてしまえば早いと、レンはいきなり本題に踏み込んだ。
「えっ、えっと……色々、事情があったんだ。その……ごめんなさい」
「事情って?」
「……説明、できない」
返答する姿に覇気はない。レンの勢いに気圧されるがままに、少女は答えを重ねていく。
――説明ができないと、少女はそう返した。それは裏を返せば何かを隠していることを確定させる答えであり、シュウの目つきを鋭くさせるには十分すぎる情報だ。
一方レンの目つきは鋭くはならない。何かを隠していることは理解できる。だが、それはレンにとって疑う理由と結びつかないのだ。故にレンは、そんな事情もあるかと、そう快く受け入れた。
「じゃあ……お前は、敵か?」
「――敵じゃない。到底信じれないと思うけど……信じてほしい。ボクは……」
――視線が、交錯する。懇願するような目と、状況を判断するだけの冷静な目。どちらがどれかは言うまでもなく、しかしその冷静な目はすぐに温かさを取り戻した。
「……おう、わかった!」
「――」
刹那、自分の耳を疑うような顔を少女は浮かべた。
「――嘘ついてるようにゃ見えなかったからな」
人の目を見ること。それはお父さんに癖付けられた、人を判断するときに役立つ技術だ。勿論嘘をつく人間もいることはレンもわかっている。だが、それを知り、よくわかったうえで、レンはこの少女を信用すると決めたのだ。
「……あり、がとう」
「――それで、ソイツ誰にゃ? 仲間にゃ?」
シュウから視線を外されないキャープが当たり前のように会話に参加する。
扱いを模索中の相手に疑問を投げられても素直に答えることなどできないし、それに素直に答えてもわからないの一言しか出てこない。そんな状況でレンに浮かぶ言葉もなく。
――結果、沈黙が部屋に落ちる。
「――んで、結局名前はなんなんだよ」
「アタシは無視にゃ!?」
無視に頬を膨らませて不服を無言で申し立てるキャープを余所に、レンは改めて少女に名前を聞いた。
「ティール。……ボクは、ティール・トレスだ」
その質問に少女、ティールは、やけにしっかりと目を合わせて答えを返した。
此方を見つめてくる視線には、何処か哀切のような、謝意のようなものが込められていて。
そんな目を向けられる心当たりのないレンは眉をひそめて不可解を示してしまう。
強いて心当たりを挙げるならば、イノコをけしかけてしまって申し訳ないというものだろうか。だとしたらその謝意は果てしなくお門違いだ。なにせレンはあの戦い中未知との触れ合いでニヤケが止まらないほどに楽しんでいたのだから。
「それで、俺はお前にも聞きてえことがある。――お前、子供攫いに関わってんだよな?」
未知に触れたときの高揚感からくる笑みを押し留めてティールから視線を外し、レンはキャープを射抜くように見る。その目に宿るのは、答えによってはキャープを殺すことも厭わない、冷静な殺意。
キャープは子供攫いの事件に関わっている。悪意の未知の、答えを持っている可能性がある。それはつまり――不利益を他人に押し付ける人間である可能性も、十二分にあるということだ。
故にレンは冷たく問うたのだ。
「にゃあ。けど……嫌なんだにゃ。助けたいにゃ、ほんとは」
「――」
先まであった堂々とした態度、それをしおらしく奥にしまって、キャープはか細く願いを語った。
相変わらずシュウの警戒は緩まず、レンもまた冷静にキャープを見据えていた。
そう、見据えていた。故に――、
「……わかった。信じる」
「信用するの?」
「ティールと同じだ。なんとなく、嘘ついてる目には見えなかったからな」
「レンがいいならいいけど――」
レンの鬼気の霧散。それの雑な納得をするシュウは、続けて警戒を緩めずにキャープに言葉を投げようとして――、
「……あ、あぁ……!」
部屋にキャープの声が響く。それも、何かを抑えきれないと苦しみあえぐような声が。
咄嗟に顔を向ければ、キャープは自身の手を見つめて、震える声を漏らし続けている。そして同時に、その隣に居るシュウの警戒も最高潮に達している。
――震える声で、キャープは言葉を紡ぐ。
「……手っ、手が、震えてきたにゃ……シュ、シュウ! 今すぐ何か勝負するにゃ! 何か勝負してないとアタシ、手が震えてきちゃうんだにゃ!!」
「嫌だ」
「にゃっ!? じゃ、じゃあ……お、お前!」
「俺!?」
急に指を指され、半ば縋るような声音のキャープに素っ頓狂な声を返す。
「お前でいいにゃ! あ、あぁ……! 手が……!」
確かによく見れば手がぶるぶると震えている。レンは知らないが、丁度、ビーラが切れた人間にも見られる禁断症状だ。
「じゃんけん! じゃんけんでいいにゃ! お前っ! 手を出すにゃ!」
――必死な形相のキャープに、レンは思わず頷いてしまった。
「じゃんけん、ぽん!」「ぽん!」
「――」
「――」
刹那の沈黙。今だけは、四人の視線がキャープとレンの出した手に注がれる。
そして――
「――勝ったにゃー!!」
「負けた……なんか、なんか嫌だ……」
ガッツポーズをするキャープがあまりに喜ぶせいで、何かを懸けているわけでもない何の意味もないじゃんけんの敗北を、レンは何故かまざまざと感じさせられてしまった。
しかし、そんな謎の敗北感に震えるレンに少しの興味も示さず、キャープは自分の手を見て安心したように息を吐く。
「ふぅ……震えが収まったにゃ。――それで、なんのはにゃしだったかにゃ?」
寝台に雑に勢いよく座るキャープは、部屋内での人の話をまるで聞いていなかったことを間接的に白状した。
その様子を見て、シュウが気が抜けたように肩を落として床に座り込んだ。――深い溜息付きで。
「……はぁ。なんか気がぬけちゃった」
先まで持っていた緊張感と戦意が萎み、代わりに顔を出すのは面倒事に対する疲労感だ。
「にゃ、やっとアタシが仲間になることを受け入れたにゃ?」
「それはまだ、っていうか一生受け入れない。……けどまあ、敵じゃないことは本当そうだったから、馬鹿らしくなっちゃった」
座り込むシュウにキャープが笑いかければ、シュウは敵意の抜けた声音で言葉を返した。
「じゃあ、改めて、だな! ……んで、なんの話だっけ?」
呑気に笑いながら、先の冷たい目など嘘かのようにレンは明るく言った。
子供攫いにどう関わっていたのかを聞くことが最優先であり、そこに気を張っていたが故に何の話をしていたかド忘れしてしまった。
「レン……はぁ。頼みがあるんでしょ? やるやらないは別だけど、とりあえず話してよ」
呆れたため息を付き、呑気に笑うレンの代わりにシュウが話を進め始める。
それを聞いて、レンはキャープからティールに向き直り、「そういえば」と声をかけた。
シュウの内容で話の本筋を思い出したレンは、ティールも頼みがあると扉を挟んだ状況で伝えてきたことを思い出したのだ。
――向き直った瞬間、ティールはその目に羨望の感情を抱いていたような気がしたが、それを確かめるより早く、ティールは瞬きをした。
瞬きをしたティールの目にはそんな感情が微塵も写っておらず、レンはじっとティールの目を見る。
「えっと、ボクの顔、何かついてる……?」
「いや、そういうわけじゃねえんだけど」
気恥ずかしそうに頬をかくティールを見て、レンは、気の所為だと自らの疑問を自己解決させた。
「ま、なんでもねえ。――そんで、ティールもなんか頼みがあるんだろ?」
「うん。ボクもあるけど……先にその子の頼みからでいいよ」
その子、とキャープを指差し、ティールは話の順序のレールを敷く。
「ん、アタシからにゃ? じゃあ話すにゃ!」
元気よく声を上げるキャープは発言権を得たとばかりに手を挙げて、その『頼み』を一息に吐き出した。
「アタシの主……あ、いや、もう主じゃねーにゃ。――アーガルズをぶっ殺して、アタシの家族を解放して欲しいにゃ!」
そう、 キャープは明るく頼んできた。
その名前に息を呑むのはシュウとティールの二人。その様子を見て、レンだけが正しくその名の脅威を理解できていないのだと状況を正しく理解する。
「そんなにやべぇ奴なのか、シュウ」
「やばい、なんてレベルじゃない。――臓腑の商人アーガルズ。名前の通り、人を個別で売って金稼ぎをする、ラースの犯罪の頂点に立つ、最低の犯罪者だ」
嫌悪感を顕にしながらアーガルズについて語るシュウを見て、レンはその脅威を推し量る。
その人間の使っている武器も、顔も声も性格も知らないレンだが、今の言葉だけでわかることが一つある。
名を知られていて、しかし捕まらずに犯罪の頂点に立っているという事実。それはつまり――
「――それだけ、強いってことだよな」
返答はない。だが、シュウの目が肯定していた。
「……それだけじゃないよ」
視線による答え合わせのさなかに割り込んできた声の主はティールだ。
ティールは諦めたような声音で続ける。
「頭も回るんだ。自分が関わった痕跡を残さない。それに居場所を突き止めることも難しいんだ。――王国騎士団でも捕まえられてないんだ」
「オウコクキシダンが何かはわからねえけど……とりあえず、そのアーガルズってやつがどれだけやばいのかはわかった」
王国騎士団を知らないレンに唖然として言葉を失うティールを余所にシュウがキャープに視線を移す。
「――それで、計画はあるの? 無かったら無謀にも程があるよ」
「それは……ん? やってくれるにゃ!?」
「聞いてから決めるの。早く話して」
目をランランと輝かせるキャープに対して、シュウの態度はどこまでも冷たい。しかしその差を全く気にせず、キャープは「まず!」と自信満々に口を開いて。
「まず! アーガルズの分割拠点をメッタメタにするにゃ! それで最後に、本陣をズドン! にゃ!」
――と、練られていそうで練られていなさそうな、判断に困る計画を弾き出してきた。
ちなみにキャープは栗色の目と髪をしています。描写するタイミング逃しちまったからここに書いとくぜ!! あ、胸は大きいです。




