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一縷の望みをこそ貴方に  作者: みけたろー
一章:感謝と慈しみを貴方に。
18/21

悪辣な笑みに焼かれて

「人生で大事なもんってなにかわかるか?」


酒ヤケの声を、極限まで汚くしたような音が、室内に静かに響く。


――この状況で、なぜ?


頭に浮かんだのはそんな疑問だった。


薄暗い部屋の中で、髭の生えた中年男性、ガマー・ゲルズの思考が回る。


脳裏に浮かぶのは、愛し初めてから三十年は下らない妻と、愛しさの限界値を毎秒更新してくる愛娘の姿だ。


学がない自分を見捨てずについてきてくれた最愛の妻のために、腕っぷしだけは強かったガマーは冒険者として生きていくことを選んだ。


――初めてダンジョンの二層に降り立ち、ガマーはすぐさま王都にその身を戻した。以来王都内で依頼をこなして家族のために粉骨砕身してきた。


それは、二層が常人ならば何もできずに死に至る、意味もわけもわからない異常地帯であることを肌で感じ取ったからだ。

ガマーが冒険者をやるのは家族を食わしていくため。命をかける理由など、そこにはない。安全に、家族を安心させて、暮らしていく。それがガマーの人生観だった。


――それが、何故、今、こんなことに。


四方には火がチラチラと揺れており、目の前にいる人間とガマーの顔を照らしている。


「なんでこんなことにっていう顔だな」


目の前、豪華絢爛な施しがされた椅子に深く座り、両手を組んでいる男が話しかけてくる。手足を結ばれ強制的に膝立ちにされている自分に。


――先刻まで、子供を攫っている存在を突き止めようと王都を奔走していたはずだ。


子供を攫う人間がいるなど、心の底から許せなかった。煮えくり返る腸と昂る感情そのままに、ガマーは攫われた子供とその犯人を突き止めようと意気込み、王都を奔走し――そして、この状況だ。


まるでこの世の全てをバカにしたように笑う男は、言葉を続ける。


「冒険者の中にもダンジョンに潜らない弱いやつがいる。お前みたいな、な? そういうやつに限って、正義に燃える思考をしてるからなあ、読みやすい。愛する家族のために、自分が稼がないといけない! ガキを攫う悪漢なんて、許しておけない! 本当、素晴らしいよ。感謝してる」


芝居がかった仕草は、その声音以上に此方をバカにしている意図が透けて見えていて。感謝の言葉に、感謝の意が一切混じっていない。

目の前の男はいっそ清々しいほどの悪なのだと、理解できる。


指に煌めく宝石を嵌める男は言葉を続ける。


「そう意気込んでるやつほど攫いやすいからな」


火が男の口元を照らす。その口角が、邪悪に跳ね上がるのを、ガマーはその目でしかと見届け、そして理解する。


この目の前の人間が、どうしようもない犯罪者であることを。


――火が、燃えている。


「……俺を攫ってどうしようって? 子供も大人も攫っていれば、事件の話題は広がり続ける。王国騎士団も動いてるぞ?」


この状況になっては自分は助からない。情報と詳細を明かすなど、これから殺しますと言っているようなものだ。

――ならば少しでも自分にできることを。それが、冒険者の有るべき姿だ。


「カハハッ! それでいいんだよ! そのためにサクラを仕込んでんだ! まあ、受けりゃあ姿が消えるなんて依頼、今頃察して手つかずか? もしお前の後任だいたら笑いモンだな! 情報収集がゴミ以下のクソ野郎か正義感が突き抜けてるクソ野郎の二択だな! カハハハッ!」


当たり前だとでもいうように男は膝を叩いて愉快そうに笑った。


――ああ、成る程と、ガマーはどこか自分の中で納得がいく。確かに思い返してみれば、事件のあらましは言伝だ。今にして思えば、その話を持ちかけ方も不自然だったような気もする。


「サクラを使って、てめえみてえなダンジョンに潜らねえ冒険者を攫って、バラ売りにする。お父さんが帰ってこないんですぅ、なんて悲しむガキの話を聞いてやれば、そのガキも大した苦労無く手に入る。そうやって話題が広がりゃあ、万々歳だ」


――声色に嘘が混じっていないことが、何よりその男の恐ろしさを際立たせていた。

先から、この男の声音には快楽と愉悦しか含まれていない。常軌を逸しているとしか思えない。


「……そうやって、繰り返し国民を食い物にするのか……! そんなことが許されると思うのか!?」


目の前の人間を射殺さんとするほどに、ガマーは男を睨みつける。


殴りかかりも、掴みかかることも叶わない。――せめて、たとえ言葉だけでも、この人間に傷を残したい。


「許されてっから、俺ァここに座ってる。結構な人間は金さえありゃあ泥を拭わねえことを是としてくれるんだぜ?」


「誰が見逃そうと、神が見逃さない! 貴様の悪行を、決して!」


その言葉を聞いて、男は瞬間だけ、口を閉じた。ガマーの言葉に関心を示すように、組んでいた手を動かして顎にやる。


「ハッ、俺が一番信じてねえモンだ。……神、ねえ。立派なご高説なこった。心に響いたよ」


バカバカしいと一周して、男は椅子から立ち上がる。――指輪の煌めきが、強くなる。


「でも神様は生まれてから何百年も経ってるって話だ。それに……どうやら神様は耳が遠くなっちまったらしい」


コツコツと音を響かせて近づいてくる男は、ガマーにとっての処刑人となんら変わりない。

『死』そのものが近づく恐怖感、項を流れる冷や汗、その全てをねじ伏せて、ガマーは笑う。死ぬとわかっている人間が焦ってどうする。こんな状況でこそ、予測不能の表情を表に出せ。


「だからもう一回お願いしていいか?」


しかし、現実は無情だ。

目の前の男はガマーの笑みなど意にも介していない。


男がガマーの頭に軽々しく触れる。


指輪の煌めきがさらに強くなり――ガマーの体が火に包まれた。


「――同じご高説を、今度は神様の隣で」


ガマーに対する強い否定をそのまま嘲笑に変えて、皮肉たっぷりに男は言う。

ガマーが光源となり、皮肉にも薄暗い部屋故に見にくかった男の顔が照らし出される。


濁って汚れきった、ボサボサの黄色の髪。まるで対面する人間を威圧するかのようにうざったらしくつけられているピアスの数々。整ってもいない髭。


両手につけられた豪華な指輪と、黒く艶めく外套と、身に纏うすべてが高級品だ。


――そしてそのすべてが、目の前の男の極悪を物語ってる。


同時に放たれているその凄まじい火力は、ガマーを一瞬にして火だるまに変えてしまった。

皮膚が、精神が、脳が、文字通り燃やされる。絶叫なんて言葉じゃ物足りない。何だろうと形容し得ない痛みが全身を舐るように包み込む。


ガマーが燃えた事を確認した男は身を翻し、椅子へ戻り始める。――瞬間、火だるまとなったガマーが、背後で立ち上がった。


「あアあぁァああ!」


――体中が熱い。体の液体という液体が全て沸騰しているのかと思えるほど、熱い。


命が潰えていくのが、蝋燭が溶かされていくことが、わかる。


死ぬのならば、せめて特攻兵に――、


「……あぁ、聞きそびれた。人生で大事なもんって、何かわかるか?」


刹那、火だるまガマーの体が吹き飛ばされる。当たり前の世界の法則のように、男の羽織る外套に。


「まあ興味は無えがな。――金以外」


意識が遠のく。体が地面にぶつかる感覚すら、感じ取ることが叶わない。


熱い。ただ、熱い。

熱が、熱が、熱が、熱が熱が熱熱熱熱熱――――――


「……でけえ事件があれば、ちっちぇえことなんか忘れちまうのが人間なのさ」


――誰も彼も、わかっていない。


熱すら冷めた死体を見下ろしながら、男が椅子へ座り戻る。


少し視線誘導をしてやれば、すぐさま局所へ意識が集中する。そんな人間しかいないからこそ、自分の金稼ぎは成立するのだ。


「――さて、あいつは仕事してるのか?」


金があれば何あろうと手に入る。

金があれば何だろうと再現できる。


王都ラースの裏稼業、その全てを牛耳る臓腑の商人――アーガルズは、金を愛している。



■■■



――夕日は沈みかけている。

だがそんなことは関係無い。


今見えているのは、相手だけだ。

目の前で構える、フードを脱ぎ去って見せる中性的な顔に闘志を滾らせている少年だけを、見据えている。


一歩踏み出し、拳を出す、引く、出す、引く、連打、連打、連打。

軽いジャブのように見えるその全てが、しかし骨など容易に砕ける威力を秘めている。一発当たっただけでも優劣が決する。そんな拳を――、


「――いい加減学ばねーの?」


少年――トーラルは、見切り、避けきり、抑えきる。

完全に空を切った、伸び切ったレンの腕を捕まえ、瞬きする間に背負い投げを食らわせる。


視界が周り、脳も一緒にシェイクされるような感覚の直後――、


「……ッ!」


背中に強い衝撃が走る。

息が詰まって、浅い呼吸しか許されず、しかしレンは直ぐ様立ち上がってトーラルを見据える。


既にレンの風貌は痣だらけ。痛々しい傷の数々が体中にできている。


それを正確に見抜くトーラルの目線が、勝敗などわかりきっていると強く主張しているのがわかる。


確かに、常人ならば頭痛や吐き気の先に意識不明で倒れ伏してもなんらおかしくない。倦怠感が無いといえば嘘になる。

だが、


「――でも別に、慣れてっからな」


嘘でも誇張でもなく、本音だった。


――こんな痛み、慣れている。


「この程度で強くなれるんなら、いくらでも食らってやるよ」


強く言い切り、構える。対峙前とは比べ物にならないほど様になっている、体勢で。


「……気持ちわりーな」


小さい声量に対して、込められている嫌悪は大きかった。――それをレンが聞き取ることもなく。


「――」


踏み込み、殴る。

突進することはやめた。対処が容易で、返ってくるダメージが大きすぎる。事実、ジンジンと痛む背中の痛みの六割は突進からの受け流しだ。


殴る、殴る、フェイント、殴る。変わらず避けられ切ってしまうが、狙いは伸び切った腕を罠にすることだ。


掴まれる直前、腕を振って回し蹴りを――、


「ばーか」


――刹那、その本命すら外した感覚。咄嗟に見れば、狙いを潰したしてやったり顔のトーラルは半歩後ろに下がっていて。

足を掴まれると同時に考えるよりも早く体が強張り、来たる衝撃に備える。

視界が揺れ、次の瞬間、レンは石畳に叩きつけられていた。


石の味を味わいながら、我ながら受け身がうまくなったものだと自己評価。


もはや数え切れないほど壁に、地面に叩きつけられ、血の味がする唾を飲み込みながら、しかし手慣れたようにレンは立つ。


「――お前、やけに避けるよな。初撃食らって、ずーっと。……食らいたくないんだろ? 俺の攻撃が重いから」


「……当たる価値もねーんだよ」


図星だと笑いながら迫るレンに対して、トーラルはどこまでも一蹴の態度だ。


――まずはその態度を崩さないと、気に食わない。


腕を掴まれぬようコンパクトに殴打を繰り返すが、結果はリピート再生のように変わらない。


首を傾げて避けられ、半身で避けられ、後ろに下がりながら回避を取り続ける。


余裕綽々に避け、下がり、逸れない目はギラギラとレンを捉え続ける。――故に気づかない。


「……ッ!」


――背後に壁が迫っていることに。


背中が壁を捉え、明確に驚きが顔に出るトーラルにチャンスとばかりに横薙ぎの蹴りを放つ。


服がたなびき、轟音迸る蹴りは、たとえ屈強な人間が受けても意識混迷を招くほどの威力を抱えている。軽いジャブですら警戒をして回避を徹底していたトーラルが食らえば一撃で沈む可能性すらあるだろう。

だが、


「舐めんな……ッ!」


――強者は、()()()()()()。たとえそれが地を舐めるような回避体勢だったとしても。

這いずる程に体勢を低くしたトーラルが、しかしその顔にはレンの攻撃を破綻させた満足感をちらつかせる。


相手を捉えられなかった足の標的がトーラルから壁へとすり替わり、それを合図に攻守が入れ替わったと確信するトーラルが起き上がりざまにレンの顎を撃ち抜こうと拳を握る。


速度も威力も一級品。しかし、


「――動きがお粗末だったら世話ねーな!」


金髪と拳が揺れ、レンの顎先を撃ち抜く。――刹那。


「思ってたぜ……避けるって!」


渾身すら回避されたはずのレンが笑う。


壁際へ追い詰め、尚避けられる。――全て、予想通りだ。


直後、石壁を足場にしてレンが殴打を放つ。


――直後、拳と拳、肉と肉がぶつかりあい、助走も貯めもなく放たれた代物とは思えないほどの轟音と衝撃が双方に跳ねっ返り、お互いの体が吹き飛んだ。


「……んだよ、殴り合えるじゃねえか」


「いつできねーって言ったよ、能無し」


拳面から生暖かい血を流しながら、石畳に血を吐き捨てるが二人。


――再び構え、死闘を舞う。

四月はいっぱい更新、できるとイイナ……

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