第407話 「怨嗟の色は黒。情念に狂う邪神」(バトル)
「へぇ~、あいつ一人で分身を二体も討ち取りやがった。マジで強ぇんだな」
暗処悲噛姫の複製二体を、超化したとはいえ一人で下したサイガの武技を目にしたウォルフジェンドは感嘆の言葉を口にする。
写分身水面鏡によって出現した五体の暗処悲噛姫の写し身を、戦士たちは手分けして対応している。
そのうちの一体を、特級冒険者ウォルフジェンドと超獣ミコ・ミコが受け持っていた。
「おい猫娘、さっさと片付けちまいな!」
サイガから相棒のミコに意識と視線を戻すと、早々の決着を促す。
「うんわかった!」
暗処悲噛姫の、数百と襲い来る伝這纏手を軽々と躱しながら短く元気に返事をすると、ミコは黒い手を足場に飛び移りながら本体に接近していく。
「にゃん、にゃん、にゃん。ななななな~!」
何本かの黒い手を跳び渡り、最後の黒い手を踏み切ると、ミコは正面から暗処悲噛姫に襲いかかった。
「小癪な小娘め、引き裂いてくれる!」
自ら狙いやすい的となって近づくミコに、黒い手は邪悪な力を込めた黒い爪を光らせる。
それが十本、正面から超獣を迎え撃つ。
ミコの篭手『獣撫』の鋭い爪の斬撃が閃く。
「にゃにゃん!」
一瞬で百を越える手足からの殺意の煌めきによって、十本全ての黒い手が切り刻まれて砕け散った。
「は、速い・・・人間の理を越えておる・・・」
ミコの人間よりは猫側の運動神経、反射神経、
攻撃性に、暗処悲噛姫の写し身は驚愕する。
そしてその驚きが終わるよりも早く、最後の瞬間が訪れた。
攻撃を繰り出しながらも止まることのないミコは、黒い手を退けたという結果が生じた時点で、既にその姿を暗処悲噛姫の正面に置いていた。
それは、神ですら認識できないほどの、正に神業だった。
「ぬお・・・い、いつの間に・・・」
「お前弱いぞ、あそこにいる本体と同じ強さじゃないな。嘘つき!」
暗処悲噛姫の真正面に立ち、軽蔑した目で写し身を見上げるミコ。
出現した際に口にした「遜色はない」という一言に強敵の出現を期待していたため、あっけなく懐への侵入を許す様に失望したのだ。
「おのれ、小娘風情が余を語るか!不敬・・・ぶっ!」
サイガの時同様、下の者であるミコの振る舞いに怒りを表そうとしたところで、暗処悲噛姫は下顎を斬り飛ばされた。ミコの上段右後ろ回し蹴りの爪だ。
「にゃにゃっ!」と鳴いて、追撃の蹴りが放たれた。
下から上への動きで爪で首を切断し、同じ足で上から下へのかかと落としで頭部を地面に叩きつけた。
受けた側からしてみれば、攻撃されたことすら気づかなかいそれほどの速度だった。
「へぎゃっ!」
暗処悲噛姫が首を落とされたことを知ったのは、地面に叩きつけられた際の自身の短い悲鳴を聞いたときだった。
さらに、理解するまでには数秒を要した。
「ま、まさか、余は討たれたのか?こんな小娘に・・・こんな一瞬で・・・」
「うるさい!」
現実を受け入れきれず呟く暗処悲噛姫の頭部を、ミコは煩わしそうに蹴り飛ばした。
蹴られた衝撃で頭部は空中で砕け散り、残された粘液状の身体は崩れ落ちた。
「よぉし、片付いたな。そんじゃあ、行くとするか」
決着を見届けたウォルフジェンドがその場から歩き出した。その周囲には数百という黒い手が、投げナイフを突き立てられ、ベアリング弾で射ち抜かれて転がっていた。
ウォルフジェンドはその場から一歩も動くことなく、黒い手を近づかせもさせずに戦い抜いていたのだ。
その肌や服には返りの飛沫すら着いていなかった。
◆
暗処悲噛姫の五体の写し身のうちの一体、それを特級冒険者リリー・コールドと美の化身ナル・ユリシーズの美女たちが相手取っている。
二人の組み合わせは非常に効率良く伝這纏手を撃退していた。
近接と射撃というミコとウォルフジェンドと同じ構成ではあるが、一番の違いはナルが飛行能力を有していることだった。
「ニブダラ弾装填、発っ射ぁ!いけっ!」
ナルが上空から下方の伝這纏手に向かって、大砲形態のハチカンから氷の弾を発射する。
撃ち出されたのは、無数の散弾を発射するニブダラ弾。
向かう先は地面でリリーを追って動き回る暗処悲噛姫と黒い手だが、その間には魔法で発生させた極薄でありながらも超高密度の氷の雲が広がっている。
8-
ニブダラ弾の氷の弾が氷の雲に突入すると、弾は雲の中の氷と魔力で強化され、雲を抜け出るまでの短時間で鋭く長い氷柱へと変化した。
「打ち付けろ『アイシクルファング』!」
氷柱が黒い手へと降り注いだ。一手につき一本の氷柱が刺さり、リリーを狙って動いていた全ての手と暗処悲噛姫を地面に釘付けにした。
「ぬぅううう・・・お、おのれ・・・余を地べたに・・・なんという恥辱!女ぁ、のぼせおってぇ。降りてこい!その顔、切り裂いてくれるわぁ!痴れ者め!」
激昂した暗処悲噛姫が、怒りに歪んだ顔で空のナルに向かって咆哮のような声をあげる。
「な、なんだあいつ・・・私に対して当たりが強いぞ?」
ケダモノを彷彿とさせる暗処悲噛姫の憤怒の表情に、ナルは距離がありながらも僅かに気圧された。
一方の地上では、吠える暗処悲噛姫に怒りを覚えたリリーがスレッジハンマーを握りしめ突進する。
「っしゃあ!」
左下から右上へ、突進力を利用してハンマーを振り抜く。
命中、前頭部が砕けた。中からは脳ではなく黒い粘着性の物体が飛び出した。
「げぺぇ!ぎざま゛ぁ!」
身体が固定されたまま半分となった頭部だけが揺れ、剥き身となった目で睨む。
「小゛娘゛ぇ!き゛さ゛ま゛の面も刻んでくれるう゛!」
上半分を砕かれ崩壊が始まりながらも、その闘争心と殺意いには一片の陰りもみられず、さらに気迫は増していく。
「おいおい、なんだよこいつ?神の連中てのは、こんなにしぶといのかよ?」
ナル同様にリリーは一瞬たじろいだ。
如何な強敵や上位の魔物であっても、頭が吹き飛べば死ぬ。しかし、神である暗処悲噛姫は意識を乱し姿を崩しながらも憤怒の念の矛先を向けてくるのだ。
それは神域の威圧となって身体を叩いていた。
「お゛お゛お゛お゛おぉ・・・殺・殺・殺すぅうううううう!」
余裕も理性を全て吹き飛ばしてしまったかのように暗処悲噛姫が叫ぶと、その身辺に異変が発生した。
大気と地面が振動し、空間が歪んだ。
「写し身よ゛、参゛れ!!」
叫びながら、写し身の暗処悲噛姫が同じ写し身の暗処悲噛姫を呼ぶと、歪んだ空間から写し身の最後の一体が現れた。呼び出した写し身の隣に立つ。
写し身は四凶の三人と戦いの最中だったため、急に切り替わった景色に呆気にとられていた。
「な、なにを考えておる?下の者の相手なぞお主一体で事足りるであろう!」
驚きながらも怒りを含んだ口調で、写し身は写し身を問いただす。
が、頭部を砕かれた写し身の怨みがましい視線の先にあるものを目の当たりにした時、その理由を察し、同時に共鳴した。それはリリーとナルだった。
「ほう・・・これは、ずいぶんと面の良い女共よのう・・・」
呼ばれた写し身の気配と纏う空気が、急速に暗く淀んだ気配を孕んだ。
「そうじゃ・・・余を取゛り込め・・・力゛を合わぜて、あやつらのあの玉のような面゛に消えぬ傷を刻むぞぉ!」
頭部の砕けた顔を震わせながら瀕死の写し身が叫ぶと、もう一体の写し身が口から黒く鋭い舌を伸ばして顔を突き刺し、引き込んで飲み込んだ。
二体の写し身は、黒い粘液となって溶け合うと地面に姿を消し、本体である、名に絡み付いている暗処悲噛姫の元へと移動した。
「こやつら・・・写し身の分際で自我を優先させよるのか。・・・ふっ、流石は余の写し身よの。ならばよい、この炎の娘の力を一時用いようぞ!」
メイに絡み付く暗処悲噛姫の本体が大口を開くと、写し身二体分の黒い粘液がそこに飛び込んだ。
頬の形を大きく変えながら、本体は咀嚼を始めた。
全く予測のつかない邪心の行動に、戦士たちに大きな不安がまとわりついた。
◯強いミコ
◯ウォルフジェンドの神業
◯冷気を発動させるナル
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