第400話 「参上、新たなる邪神。全てを食らう神の宴」(バトル)
リンを黒天羅漢女の依り代にと目を付けた、暗処悲噛姫が突撃し、一瞬で距離を詰めた。
「!?速い!」
「神の歩法だ。人間の知らない技だよ」
移動ではなく出現に近い感覚は、リンを戸惑わせた。その結果、反応が一瞬遅れる。
遅れた反応の隙をついて、暗処悲噛姫はサイコロを二つ、リンの足下に放った。色は青、効果は『物体召喚』だった。目は揃って三の『鉄柱』を示していた。
サイコロが姿を変える。二つのサイコロは鉄柱となって飛び出し、リンを突き上げた。
鉄柱が巨体のみぞおちに食い込み、胃を押し上げる。
「ぐがぁ!」
リンの口から大量の血が吐き出された。胃が破れたのだ。
通常の鉄柱なら、リンの頑強な肉体に押し返される。だが、神の力によって強化されたスキルは易々と守りを突破していた。
二本目の鉄柱がリンに向かって伸びた。
高速の先端が顔面を叩いて、鈍い音と共に跳ね上げる。
「げぅ・・・!」
鉄柱の威力は強く、リンの肉厚の巨体を打ち上げると、大の字で転がした。
「ふぁふぁふぁ、殺さぬ程度に加減はしたが、まさか外傷を負わぬとはのう。頑丈な娘よの」
勝者の貫禄。暗処悲噛姫は悠々と歩みを進めて転がるリンに近づく。
「おおい、黒天羅漢女や準備ができたぞ。使うと良い。おや?どこに行きよった?」
呼んでも応えない同胞を探し、暗処悲噛姫は辺りを見回す。
そんな邪神の首に一文字の斬撃が閃いた。
「ぎぇ!なんとぉ!?」
一文字の斬撃は鋭く、暗処悲噛姫の首を撥ね飛ばす。さらにそこに強烈な蹴りが叩き込まれ、頭部を弾き飛ばした。
斬撃と蹴りを放ったのはミコだった。邪神の不快感に先手を許したものの、気を持ち直した瞬間に爪と蹴りで攻撃を仕掛けたのだ。
「リン起きろ!こいつヤバイぞ!逃げよう!」
着地すると同時にミコはリンに逃走を促した。
痛みを堪えながら、リンは巨体を起こした。
「ぐぅ・・・とんでもない威力・・・げふっ!確かにこれは・・・一旦引かなければ・・・」
邪神による強い魔力の宿った一撃で、リンは深傷を負った。身体に深く刻まれた痛みは、迷うことなく撤退を選択させたのだ。
「おっとぉ、逃がしゃしないよ!傷のお礼をさせてもらうからね!」
活発な聞き覚えのある声が聞こえた。直後、大きな掌がリンの顔を掴み地面に叩きつける。
鉄柱に続いての新たなる衝撃によって、再びリンは地面に転がった。
「う・・・い、今の声は・・・まさか・・・」
「しゃあああ!お前なんで生きてるんだ!?ミコが斬っただろ!なんで死んでないんだ!」
リンとミコは目と耳を疑う。そこに現れたのが、倒したはずの上級冒険者ブルドーザー・ビルだったからだ。
驚きへの追撃として、ビルは倒れたリンの顔を踏みつけた。屈辱的な扱いにリンは怒り唸る。
「あ、貴女・・・無礼な・・・」
「はっ、なーにが無礼だい?こっちは一回殺されてるんだ。これぐらいなんてこと無いだろ?」
逆転した立場に、ブルドーザー・ビルは喜びの声と共に何度も踏みにじる。
「お主、黒天羅漢女か?なんじゃ、その身体は?」
暗処悲噛姫が後ろから呼び掛けてきた。斬られた首は既に繋がっていた。
「え、アタシ?アタシはブルドーザー・ビルってんだ。そのなんとか羅漢女ってのは、アタシの中で消えちまったよ」
「な、なんじゃと?まさか・・・吸収したのか?あやつ、そこまで弱っておったのか・・・情けなや、神が下の者に取り込まれるなど、いい恥さらしよ」
ビルの言うとおり、黒天羅漢女は吸収されていた。
己の宿るべき肉体を求め、死屍累々の戦地を彷徨う最中、群を抜いて質の良い個体を見つけ飛び付いた。それが瀕死のブルドーザー・ビルだったのだ。
ビルは死を待つだけだったが、長い封印によって弱りきっていた黒天羅漢女はそんなビルにすら生存競争に破れ、逆に養分として吸収され、ビルを復活させたのだ。
「へぇ・・・あいつって神様だったんだ。どおりで、あれから生まれ変わったみたいに身体に力が漲ってるよ。今なら、絶対に負けないね。アハハハハハ!」
ひと笑いすると、ビルは拳を握った。大きく振りかぶり、リンを殴り付ける。
「おらぁ!」
「が・・・!」
拳が顔にめり込んだ。頬骨に亀裂が走る。鉄を含んだ身体が強化され硬度を増していた。
「まだいくよ!『紅掌』!」
拳を押し付けたまま、ビルは拳から赤い波動を打ち込んだ。これは黒天羅漢女の技だ。
頭部の中で波動が暴れまわり、リンの目、鼻、口から血を噴き出す。
「ぎゃ、ああああああああ!」
脳が揺れ、思わず苦しみの声が流れ出る。
「リンから離れろ!このバカ!」
怒ったミコが跳びかかった。手を大きく振り上げ一気に爪を振り下ろすが、広く分厚い背は金属音をたてて弾き返した。傷一つかなかった。
「ぎゃっ!ミ、ミコの爪が・・・そんな・・・」
「慌てるなよ猫娘。こいつの後にちゃんと遊んでやるからさ。すぐに終わらせるから、ちょっと待って・・・・な!」
じゃれる子供をたしなめるようにミコをあしらうと、ビルは再びリンの頭部を踏みつけた。
リンはまた痛みで唸った。
渾身の攻撃が通じない事態に歯噛みするミコ。そんなミコの左右にサイコロが転がってきた。色は青だった。
「にゃ!?しまっ・・・逃げ・・・」
不意を突かれたミコが対処行動をとる前に、サイコロが発動した。
サイコロは鋭く長いトゲに変化すると、ミコの腹部を左右から貫き空中に持ち上げ固定してしまった。
「ぎゃあああああ!い、痛いよぉ!」
「ふぁふぁふぁふぁ!上手いこといったのう、まるで早贄じゃ。それにしても、出し入れ自在にして、こんな遊びまでできるとは、面白い技じゃ。ふぁふぁふぁ」
邪神と人間の力の差は絶望的だった。
暗処悲噛姫はスリーダイスのスキルを本人以上に使いこなし、黒天羅漢女の力を手に入れたブルドーザー・ビルは半人半魔から神域にまで達し、リンを何度も何度も踏みつけ一方的になぶる。
夜の戦場に、邪神の甲高い笑い声と肉が肉を叩く音が淡々と響いた。
「黒天羅漢女を食うた女よ、殺してはならぬぞ。こやつらは他の封印されておる連中の贄とするのでな」
腹を貫かれる痛みに顔を歪ませるミコの顔を悦に入った表情で眺めながら、暗処悲噛姫はビルに忠告する。
「解ってるよ。元々そういう作戦だし、アタシの中に入ってきたのもそう言ってる。ちゃーんと死なない程度に止めてるよ。ま、こいつはそう簡単に死ななそうだけどね」
ビルが踏みつける足を止めた。赤い血が糸を引いて垂れる。
リンは、歯を食いしばり執拗な攻撃に耐えていた。
だが、ビルの打撃には黒天羅漢女の紅い闘気が宿っており、鉄の肉体の重みと相成って身体の外だけでなく中まで痛めつけていた。
「ぐ・・・まるで内蔵を直接殴られてるような攻撃・・・これが、邪神の力・・・強い・・・ぐぁ!」
唸るリンの頭を両手で挟み、ビルはその巨体を持ち上げた。顔が正面で向き合う。
「よぉ、すっかり逆転しちゃったね。でも安心しな、あんたも邪神の依り代になればアタシみたいに強くなれるからさ」
「じょ、冗談ではありませんわ・・・そんな穢れた力を得るぐらいなら・・・わ、わたくし、死を選びますわよ・・・」
「け、穢れた力ぁ?へ、へぇ・・・言ってくれるじゃんかよ・・・だったら、その望みどおり、その穢れた力で殺してやるよ!おおらああああ」
「あ、あが・・・ああああ、あ・・・」
劣勢でありながら誇りを失わないリンに、ビルは劣等感と怒りを覚え我を失った。
命を奪うなという暗処悲噛姫の言葉を忘れ、衝動的な殺意を行使する。
「死ねよぉおおおおお!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
邪神によって強化されたビルの超剛力が頭部を圧迫する。
「おらぁっ!」
ビルが怒りに任せて最後の力を込めると、『ゴギン』と骨の砕ける鈍い音が鳴り、ミコがリンの名を呼びながら泣き叫んだ。
◯黒天羅漢女ブルドーザー・ビル




