第398話 「狂いだす時。邪神の胎動が命をむさぼる」(ストーリー)
夜の闇の中、喧騒やまぬシフォン軍を遠方の小高い丘の上から見下ろす人物が一人。レディム軍の上級冒険者『人道魔王ズィィム』だ。
その目はシフォン陣営のスリーダイスの『厄災』が発動した場所を凝視する。
「うぅむ・・・魔炎の光で照らされとるとはいえ見辛いのう。その上、気と魔力の流れがかなり乱れておる。要らんことでもしおったんではなかろうな?」
力を失った神を復活させ使役する『神返しの儀』。ズィィムはその全権を任されているが、その成立までにはいくつかの段階がある。
まずは神が弱体化していること。
次に復活のための贄に大量かつ上質な命を捧げること。
そして多くの血が流れた場所で儀式を行うこと。
これをもって神を従える準備が整う。
現在は、もっとも血の流れた場所であるサイガの戦闘跡に五柱の神を封じた五つの『封神の戒筒』を搬送している最中であり、戒筒の到着と同時に儀式が成るように戦場で蠢く気を術方を用いて導いていたのだが、スリーダイスの出した『厄災』によってその流れが乱れ始めていた。
「術は動き出しておる。この大仕事、しくじるわけにはいかぬのだよ・・・」
額に不安の汗をにじませながら、ズィィムは戦場を睨み続けた。
◆
シフォン軍陣営でのリリーとの戦いの只中で、スリーダイスは戸惑っていた。
左腕を切断され、冷静さを欠いた状態で投じたサイコロが、自身ですら扱いあぐねる禁忌のものだったからだ。
「黒いサイコロ?なんで?封印してたはずなのに・・・」
重傷とは違う意味でスリーダイスは青ざめる。その反応が事態の重大さを表していた。
三つの黒いサイコロが示す効果は『厄災』。それは考えるまでもなく人の手に余るものだ。
それ故、スリーダイスは固く奥底に封じていたのだが、戦場に流れた血によって乱れた気勢が影響を与え禁忌の力を誘発させたのだ。
「くそっ、なんでおまえが・・・」
苦々しく眉をしかめるスリーダイス。
厄災のサイコロは、地面に転がり目を出す前に動きを見せ始めた。
空中で蠢くと、発行したパン生地のように大きく膨らみ、生々しい生命感を漂わせる。
「な、なんだこれ?」
これまでにないサイコロの不可解な挙動に、対峙するリリーは思わずチェーンソーを操る手を止めて距離をとった。特級冒険者の警戒心が激しい警鐘を鳴らす。
蠢きながら地面に落ちると、サイコロは激しい動きを見せた。さらに膨らみ、無秩序に転がる。
それはまるで、そこに新しい命が宿ったかのようだった。
「リリー、逃げろ!こいつはボクの手におえない」
背筋を走る悪寒と戦慄に負け、スリーダイスは敵であるはずのリリーに避難を促した。
「はぁ?なに言ってんだよ?おまえの能力じゃないのかよ?それに私は敵だぞ!?」
「そうだよ。だけど、これはおかしい。なにかが外から干渉して明らかに暴走してる。こんなのボクは望まない!早く逃げ・・・うっ!」
スリーダイスの言葉が止まった。直後、口の端から一筋の血が流れ落ちる。
蠢くサイコロが、槍のように伸びて硬直し、腹を貫いていたのだ。
「ぐ・・・やっぱり、もう言うことをきかない・・・」
蠢くサイコロはさらに形を変えながら肥大すると、スリーダイスの身体に纏いついた。それはスライムが補食をするときの動きに似ていた。
「スリーダイス!くそっ、『エアー・グリオン』!」
リリーの右腕にエアーコンプレッサーが出現する。強風で蠢くサイコロを吹き飛ばすねらいだ。
しかしサイコロはその動きを察知すると、さらに変形し吹き出し口に飛び付いて風を塞き止めた。この時、質感はタールのように黒く重くなっていた。
「なんだよこれ?粘ついて風が出ねぇぞ!?」
全身を飲み込みつつあるスライム状に変質したサイコロから、助けを求めてスリーダイスは手を伸ばす。
「リリー・・・た、たすけ・・・」
救命の言葉を言い終わる前に、スリーダイスは顔まで飲み込まれた。最後に手が空を数度掴むが、それも覆い尽くされると、完全に全身が黒い物体に消えた。
「くっ、こいつは只事じゃねぇ・・・『アラーム・ギガルナ』!」
スリーダイスの末路に危機感を煽られたリリーは、警報装着を出現させ大音量の警告を鳴らす。
「異常事態発生!謎の物体が出現した!種類、特性、全てが一切不明!姫様を避難させてくれ!」
さらに拡声器を出現させ、『スピーカー・ナルガ』で緊急事態を陣内に響き渡らせた。
◆
「今の大声、リリーか?異常事態と言っていたが、なにが起こった?」
シフォン軍救護所で魔道師による回復術の施術を受けながら、サイガは凶報に怪訝な顔をする。
「サイガ様、応急処置は済みました。ですけど、万全を望まれるのでしたら、やはりシャノン様の回復魔法がないと・・・」
「いえ、これだけやっていただければ充分です。ありがとうございます」
施術を終えた魔道師が申し訳なさそうに言うと、サイガは静かな口調の感謝でそれに応えた。
「それは失礼します。貴女も早く避難してください」
魔道師にそう言い残すと、サイガは救護所のテントから飛び出した。
◆
リリーの警告により、シフォン陣営は索敵の喧騒から警戒の混乱へと状況が移っていた。
六姫聖や近衛兵はシフォンの安全を確保するために集結し慌ただしく動く。
「姫様、現状が不明なため一旦後方に退がります!近衛隊、すぐに姫様をお連れして!」
シフォンの元に到着するや否や、チェイスは指示を出す。
「チェイス、ハーヴェの村の皆さんはどうなっているの?」
「彼らには先の襲撃の際に避難を促しております。さらに独断ではございますが、ドクターウィルに連絡を入れ、次元干渉装置での緊急救援を要請していますので、それをもって避難を完了させます」
「よろしい。では並行して全軍の後退を指示し、敵の正体を見極め事態の収拾を計りなさい」
「はっ!」
シフォンからの命を受けると、チェイスは一礼してリリーのもとへと向かった。
「それでは参りましょう、姫様。最悪の場合、村人たちと共に一足先に中央都市に帰還していただく場合も・・・」
「それだけはあり得ないわ。兵たちを置き去りにして生き延びるなど、そのようなことをすれば国主としての資質を疑われかねません!私は極限まで一緒に戦場に残ります!」
近衛隊長の提案を、シフォンははっきりと否定した。
その目には強い決意の光が宿っていた。
◆
シフォン軍の陣中が慌ただしく動くのと同じ頃、『神返しの儀』の要地となる場所に、弱体化した神が入れられた『封神の戒筒』が五本全てが運び込まれていた。
しかし、戒筒が荷車から地面に下ろされたとき、運搬を担当していたズィィムの信徒は絶望の悲鳴を上げた。
神が中に封じられているはずの戒筒の五本のうちの二本が、がらんどうになっていたのだ。
地面に置かれた際の音に違和感を覚えた信徒が重量を確認したところ、そこにはわずかに魔力の残滓があるだけだったのだ。
「た、大変だ。すぐにお師様に報告しろ!と、とんでもないことになるぞ!!」
取り乱した信徒の叫喚の声が戦場にこだました。
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