第394話 「悪辣なる魔の手。忍の刃は無双に舞う」(バトル)
ナルの広域魔法によって圧倒的勝利をおさめ、歓喜の声を上げるシフォン軍。
そんな歓声をシフォン陣営奥の避難所のテントの中で聞きながら、救出された人質たちは身を寄せあっていた。
「勝鬨、ですかな?」
人質たちの出身地、ハーヴェの村の長老ロルフが歓声を聞いて呟いた。
「ええ、昼に姫様より喝を入れてもらったお陰で、六姫聖の戦意と士気が高まっておりますから、快勝を勝ち取ったのでしょう」
歓声に耳を傾けながらサイガが答える。
「しかし、あの時の異界人として来られたサイガ殿が国家を揺るがすほどの大事に巻き込まれるとは・・・我らの邂逅は運命だったのかもしれませんな」
ロルフは感慨深くサイガの顔を見た。
「ロルフ殿、今回の件ご迷惑をお掛けしました。自分がかつて身を寄せていた事が、皆さんをこんな目に遭わせてしまった・・・」
サイガは申し訳なくロルフを見る。死傷者を一人も出さなかったとはいえ、一般人である村人たちを巻き込んでしまったことに責任を感じているのだ。
「気になる必要はありません。私は、ガリアドに嵌められ更迭されて以降、常に監視のもとでした。時代が動くということは、遅かれ早かれ事態は悪化していたはずです。まぁ、さすがに磔にされるのは予想外でしたが。はっはっは・・・」
ロルフは力無く笑って見せた。消耗は隠せていなかった。
「その事がありますので、ハーヴェの村の皆様には準備が整い次第、中央都市へ避難。保護させていただきます」
チェイスがテントに入ってきた。
「お久しぶりです、先生。お体に異常はありませんか?状況が状況でしたので強引な救出になってしまいました」
ロルフの前に立つと、チェイスは深く頭を下げた。
「大事はないよ。君の事だから、大胆でも後詰めを欠かすことはないと信じていたからね」
優しい口調でロルフは返答した。
チェイスとロルフは旧知の仲だった。
豊富な教養と広い見聞。さらには周囲から信頼を寄せられるロルフは、王都に身を置いていた頃、多くの知者と教えや考えを共有し、それを子供たちに教える活動を行っていた。
チェイスはそのときの教え子の一人なのだ。
「姫様も先生の救出を大変よろこんでおいでです。できれば少しでもお話をと仰っていたのですが・・・」
「きゃあ!」
チェイスがシフォンの話題を出そうとしたところで、突然の悲鳴がそれを遮った。
全員が一斉に視線を向ける。
声を発したのはハーヴェの村娘だった。
そして悲鳴も無理はなかった。その首には真横の椅子に座る男が長剣の切っ先を突き付けていたのだ。
「お嬢さん、少々お静かに。あまり五月蝿いと手元が狂って突き殺してしまいますよ」
「ひ・・・」
優雅に余裕をもった口調で、男は娘を従わせた。
「貴様、冒険者だな」
サイガが忍者刀を構える。
村人たちは一斉に退き空間が開けた。
「純剣豪アンジリア・・・いつの間に・・・」
チェイスが侵入者の名を呼ぶと、純剣豪アンジリアは静かに微笑んだ。
「いけませんねぇ、戦況が有利だからといって油断が過ぎますよ。だからほら、もうこの娘の命は私の掌の上ですよ」
上機嫌な声で、アンジリアは娘の喉を切っ先で軽くつついた。血が一筋流れる。
「い、いやぁ、助けて・・・」
娘は声を身体を震わせて涙を流す。
その場にいる全員が絶望した。
避難所用のテントは大人数を収容するため大型になっており、サイガの位置からアンジリアまで五メートル以上離れているのだ。
当然、忍者刀の射程外となり、如何にサイガが速く動こうともアンジリアの長剣が喉を貫くのは明白だった。
「それにしても、これは都合がいい。黒い異界人を始末に来てみれば六姫聖のおまけ付きとは・・・」
アンジリアはサイガとチェイスを品定めをするように交互に見る。
「・・・下品な眼差しだな。冒険者としては中級以下というところか」
チェイスがボソリと漏らした。心底軽蔑した声だった。
「安い挑発ですね。その程度では私は揺らぎません。では、任務を果たさせてもらいましょうか・・・異界人サイガ、貴方の刃でそこにいる六姫聖と長老の首を斬りなさい」
アンジリアがサイガに命じると、テント内の空気が強い緊張で張りつめ凍りついた。
「貴様・・・」
下劣な提案にサイガの眉間に深いシワが刻まれる。
「ふふ・・・」
不意にチェイスが笑った。嘲笑の声だった。
「・・・なんです?手詰まりで狂いましたか?」
「いや、さっきから人形に剣を突き付けて、ずいぶんと楽しそうだと思ってな」
「人形?な・・・これは・・・」
チェイスの言葉に動かされ視線を向けると、そこで見えたものにアンジリアは目を疑った。
怯えていたはずの村娘は、いつの間にかチェイスの言うとおり人形に変わっていたのだ。
まるで手品のような出来事に、アンジリアは思わず一瞬だけ身体を硬直させた。
そして、その一瞬をサイガは見逃すこと無く動いた。
逆手に握っていた忍者刀を腕の勢いだけで投げつけると、アンジリアの長剣を叩き折った。衝撃で忍者刀は宙を舞い、アンジリアの腕が跳ね上がる。
「しまった・・・まさか、その体勢からこれだけの威力が出せるのか!?」
「力の乗らない攻撃すらも凌げないのか。どうやら、本当に中級以下のようだな」
「き、貴様・・・!」
呆れたようにサイガが言うと、アンジリアは余裕を失い感情を露にした反応を見せた。
これは、意識がサイガに向けられたことを示していた。
「そうだ、お前の相手はおれがしてやる。おれだけを見ていろ!」
「く・・・」
サイガの声に怒気を感じ取り、アンジリアは僅かに怯む。
「はあっ!」
怯んだところにサイガが跳び込み、宙を舞う忍者刀を掴むと同時にアンジリアを椅子ごと蹴り飛ばした。
「今だ、逃げろ!」
「は、はい!」
サイガが促すと、人形だったはずの村娘が村人たちのもとに逃げ込んだ。
「な・・・どういう事だ?人間?」
アンジリアは再び目を疑った。人形が生身になって走り出したのだ。
戸惑うアンジリアを見て、笑い出した者がいた。チェイスだった。
「ふふふ、ははははは!見事に術中に嵌まってくれたな。私の幻術で彼女を人形に見せていたのさ。『百眼鬼』の術、堪能できたかな?」
「おのれ、六姫聖め。いつの間に・・・」
椅子から投げ出された姿勢で踏みとどまったアンジリアがチェイスを睨む。
「どこを見ている?相手はおれだと言っただろう」
散漫なアンジリアにサイガが呼びかけた。視線を戻すと、攻撃の体勢に入っている。
目まぐるしく相手が入れ替わるが、そこは上級冒険者。気を取り直したアンジリアは懐から短刀を抜くとサイガに闘志をぶつけ威嚇してきた。
「!どうやら、上級の矜持に火が着いたか」
「ええ、今さらですがね。これでも加護も無く、魔力も弱い身の上で、剣の腕一本で上級になったんです。強者を前に滾るのも性というものです」
「女を盾にしておきながら、今さら性を語るか。滑稽だな」
「う、うるさい!その言葉、これをくらっても言えますか!?『散り突き』!」
激昂しつつ、アンジリアは短刀で無数の突きを放った。名が表すまま、散るような突きだった。
「無数の突きか・・・こうだな!」
アンジリアの散り突きを見たサイガが、全く同じ動きで技を真似た。
無数の突きと同じ場所に放たれる無数の突き。全ての突きが相殺され、二人の間に空白が生じた。
「な・・・私の・・・散り突きが・・・」
「動きは良いが、捻りが無さすぎるな。速く動けば技になるわけではないぞ」
一瞬で動きを見切るサイガの洞察力と技を真似る反射神経に、アンジリアは底の見えない井戸に飛び込んだ感覚となり肝を冷やした。
◯上級冒険者 純剣豪アンジリア
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