第376話 「ミコもがんばる」(ストーリー)
修練場では、同じ六姫聖のミコ・ミコも己を見つめるために脚を運んでいた。
ミコは自身の成長を、他者との闘争に活路を見いだそうしていた。そしてその相手に選んだのが。
「なんでオレなのさ、猫娘。そういうのはサイガに頼めばいいだろ?」
猫のように腰を下ろすミコの真正面、同じ目線であぐらをかくのは、憮然とした顔のドウマだった。
「オマエ、変な術使うだろ?あれで、ミコのイヤなやつに変身して、ミコのコクフクに付き合え」
「克服?ああ、地獄の将にビビっちゃったってやつ?」
「に゛ゃ!ちが・・・そ、そうだ、ミコはビビった・・・だから、強くならなくちゃダメなんだ・・・ふみゅ・・・」
一瞬、否定しようとしたが、ミコは踏み止まって現実を受け入れた。ヒゲが下を向く。
「へぇぇ、能天気なオマエが随分としおらしいね。それだけ相手がヤバイってことか・・・いいよ、付き合ってやる」
「ほ、本当か?」
「ああ、オマエと戦えばこっちも良い稽古になるからね。利害の一致ってやつさ」
「りが・・・それだ、感謝するぞ!」
言葉の意味はわからないが、前向きな返事にミコの顔に生気が戻る。
「で、忍法で変身するとして、オレはそのゾグラスって奴を見たこと無いんだけど。何か資料でもあるの?」
「うにゃ・・・あ、あいつは、すごく狂暴だぞ。グルルってしてて、ウジャジャってなってて、ギャウギャウなんだぞ!」
「なるほど、全くわかんないね。まぁ、オマエが元気になったのは伝わったよ」
「それなら、私がミコの考えを読み取ろう」
苦笑いするドウマの背後から声がかけられた。振り向くと、そこには六姫聖 百眼鬼チェイス・ハーディンが胸を持ち上げる腕組みで立っていた。
「君、姫様の側仕えじゃないか。そうか、幻術が得意だったね」
「正確には、幻術ではなくて私独自の術形態だ。主に視覚と意識を対象としているから、そう思われがちだが」
説明しながら前に出て、ドウマを通過しミコの前に立つチェイス。冷めた目でミコを見下ろす。
「さ、ミコ立ちなさい。あなたの記憶を吸い出して彼に送るわ」
「吸い出す・・・うう、あ、あれをやるのか?」
「そう。あなたは言語化が苦手なのだから、いつも通りこっちの方が手っ取り早いの」
「わ、わかった・・・ふみゃ・・・」
ミコはしょげた様子で立ち上がり、チェイスに頭を差し出した。
ドウマは興味深げに行く末を見守る。
「すー・・・はむっ!」
と息の混ざった声を出しながら、チェイスはミコの頭に顔を突っ込んだ。
「すー、はっ、すーはー、すんすんすん、もふっ、ふぅふぅふぅ!はぁはぁ」
息を荒げながら、チェイスは必死の形相でミコの匂いを嗅いでいた。
「お、おい、何をやっているんだ?記憶を吸い出すんだろ?匂いを嗅いでいるようにしか見えないぞ」
「な、何を言っているんだ。すぅ、これは紛れもない、はぁはぁ、吸い出しの法だ。決して術にかこつけてミコの猫臭を嗅いでいる訳じゃないぞ!」
「心の声が漏れてるぞ!真面目な顔してとんでもない女だな君は!」
猫好きや猫の飼い主は、心が乱れた際に安寧を求めて『猫吸い』という行動に出ることがあるが、チェイスはミコでそれを行っていた。
「あ、ああ、あ・・・み゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛~~」
ミコはその間、どうすれば良いかわからないといった様子の、威嚇とも恐怖ともつかない顔でずっと上を見つめながら、か細く唸っていた。
頭から首、胸、腹、背中、脇。果ては股間から脚の裏まで。徹底的に匂いを嗅ぎ尽くし満足すると、チェイスはミコからドウマへと向く。その顔は愉悦で紅潮していた。
「記憶を吸い出した。君に渡すから額を出して」
「幸せそうな、だらしない顔しちゃって。六姫聖は全員イカれてるよ。ん?」
チェイスの奇行にあきれながらも、言われるままにドウマは額を出す。ここであることに気づいた。
「額を出せって、まさか、この記憶の受け渡しって、本当はお互いに額だけで済むんじゃないだろうね?」
「・・・早く額を出して」
チェイスは返事をしない。表情も一瞬で冷めたものに切り替わった。
「本当に術を口実に猫吸いやってたのか・・・やれやれ可哀想に・・・」
「み゛ゃ・・・み゛ゃ・・・」
同情しつつ横目でチラリとミコを見ると、顔と身体が固まったまま、呆然と虚空の一点を見つめていた。
チェイスの指先がドウマの額に触れると、指先から生じた光が流れ込んでくる。ミコの記憶だ。
内容は莢魔の壺で行われたゾグラスとの戦いの記憶になる。
『覗想見』(しそうけん)。脳を覗き込み、本人ですらおぼろげな記憶を鮮明に読み取る術。
『共知橋』(きょうちきょう)。その名の通り知識や情報を橋渡しする術で、目に映り脳が記憶したものを感情を挟まさせずに純粋に共有する。
この二つの術を使い、チェイスはミコの記憶を正確にドウマに届けた。
「なるほどねぇ、殆ど無限の超速再生とケダモノ以上の本能に踏み込んでくる闘争本能。こりゃ、野生に近い猫娘がビビるわけだ」
脳内で再生される獰猛なゾグラスの姿を噛みしめ、ドウマはミコに共感を示す。
「それじゃ・・・忍法 隠遁『模々示々』(ももしし)!」
忍法を発動させると、ドウマの身体が煙に包まれた。
煙が晴れると、そこにドウマの姿は消えミコの怨敵ゾグラスが犬歯を剥き出して笑っていた。
「ぎゃっはっはっはっは!よう猫娘、怖いだろう?ビビれビビれ!」
「・・・・・・」
姿形はそのままだが、言動が全く一致しないゾグラス。当然、本物ほどの威圧感は無く、ミコは無反応だ。
「ん?どうした、怖くないのか?」
「全然違う。あいつはもっと、ギャンギャンって感じでビャービャーだ」
身振り手振りでゾグラスを表現しようとするが、やはりミコは言葉が追い付かない。
「感覚過ぎてわかんないよ。でも・・・はっ!」
不意に、ゾグラスの姿をしたドウマの左上段蹴りが、すっかり油断していたミコの側頭部に放たれた。
「に゛ゃ!」
猫の反射神経で不意打ちに対応し、ミコは蹴りの流れの方向に側転する。
「ぎにゃあ!ふぅぅぅぅ・・・」
着地と同時にドウマを睨む。
「この身体かなり使い勝手がいいね。今の一撃、かなりゾッとするキレだったんじゃない?」
「そうだな、あいつそっくりだったぞ。ふしゃあああああ!」
言葉を交わしてはいるものの、ミコは激しい興奮状態に突入していた。ドウマの蹴りが一瞬で闘争本能に火をつけたのだ。
切り替わったミコの雰囲気に危機を察したチェイスは即座に避難した。
「んなっ!んなななななな!」
超高速のネコパンチの連打。一秒間に五十発の速度で幻影のゾグラスを狙う。
一方のドウマはゾグラスの身体能力を写すことによってミコの速度に強引な力業で対抗する。
「おらぁ!」
「ぶみ゛ゃ?」
気合一喝。丹田から発された一瞬の爆発的な闘気が軽量のミコを弾き飛ばす。地獄空手に用いられる黒い闘気だ。
ドウマは感覚でゾグラスの戦闘形態を理解し模したのだ。
闘気によって、ミコの身体が仰向けに宙に浮いた。
すかさずドウマは前に出て追撃を図る。
「しゃあああああ!」
ミコが蹴りで応戦。
しかし直線的な動きは見切られ、脚を掴まれる。そんな仕草もゾグラスを彷彿とさせた。
「それっ!」
ドウマがミコを地面に叩きつける。
対してミコは猫の軟体性で上半身だけを捻って両手を地面に着けて衝撃を受け止めた。
そこでドウマは手を放しミコを解放する。
着地したミコは、上半身を中心に何度か地面を横回転すると距離をとって立ち上がり、ドウマと睨みあった。
「どう?迫力は足りないかもしれないけど、それなりに危機感はあるんじゃない?」
「にゃあ。そうだな、ミコ、嬉しくって尻尾が立っちゃったぞ」
その言葉通り、ミコの尻尾は大きく膨らみ棒のようにピンと直立している。
二人は互いに激戦に胸を躍らせていた。
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