第371話 「思惑の胎動」(ストーリー)
地獄の将、序列の二、蛮君ゾグラスに拳によって、軍事統括局局長ハンニバル・ダムドはその命を失った。
武人らしく屈強な体躯が力を失い、その場に静かに崩れ、うつ伏せに倒れた。前のめりの死だった。
「お見事です。歴戦の勇であるハンニバル殿をこうも容易く葬るとは、さすが地獄の将ですね」
闘いの余波にあてられ額に冷や汗を滲ませながら、タリムが賛辞を送る。
そんなタリムを無言で一瞥すると、ゾグラスは進み王の居室の扉に手を掛けた。
「入っぞ」
一言だけ発し扉を開けると、肩で風を斬って中に入る。
居室の奥、簡素な木造の天蓋ベッドに国王テンペリオスがいた。
ルゼリオ王国において人名に用いられる『オス』の字は、『勇猛』を意味する言葉になる。
その言葉が示す通り、テンペリオスは異界人のスキルによる毒牙にかかり弱体化した今でも、かつてとどろかせた勇名さは微塵も失われず目に宿っていた。
「ほぅ、良か目ばしとるたいね。あん男が命ばなげうってまで守ったんもよう解る」
「そうか、ハンニバルは死んだか・・・すっかり枯れてしまったこんな私に、よく尽くしてくれた・・・」
重い哀悼の言葉を呟き、テンペリオスは数秒の黙祷を行った。
「・・・」
静かだが厳粛な振る舞いに、ゾグラスは王の器を見る。
「そん目、腹んすわっとんね。いつ死んでも良かて思っとる」
「ふふ・・・ここは、老い、弱った私に残された最後の領地。そこも賊の侵入を許した今、命などとうに手の平の上であろう」
大きな抑揚もないまま、テンペリオスは静かに語る。
「あんた、悔しくはなかんね?持っとったもんば全部奪わるっとばい」
「全部奪われるか・・・いや、既に託しておる。かつての王都、中央都市は娘に譲った。未来、希望と共にな」
「託した?未来・・・希望・・・。そがんか・・・」
テンペリオスの言葉を受け、ゾグラスはしばらく沈黙してそれを噛み締めた。
「未来ば見届けたかか?」
「叶うのであれば、な。娘、シフォンが国を統べ、王の器を示す時をな」
「勝つて信じとっとな」
「当然であろう。私の娘だ、強いぞ。部下共々な。ふふふ・・・」
弱りながらも強い意思と、それの宿った穏やかな眼光で、ふっ、と空を見る。
「ふっ、面白かな。よし、そんなら一緒に見っぞ!」
「?」
「そこん無粋な者が、あんたばこっから出そうちしとるばってんが、ここにおってよか。見るもん見てっか死ぬならよかばい」
「な、ゾグラス殿、なにを勝手な・・・王は人質、交渉の材料として・・・」
独断的なゾグラスの提案が聞こえたタリムが、取り乱しながら居室の入り口から走り寄ってきた。
「なん言いよんね、どうせこんしは、まともに動かれん。何処におろうが変わらんばい」
「しかし、万が一逃げ出されては・・・」
「おっがおるたい、安心せんね」
そう言うと、ゾグラスは王を背に床であぐらをかいた。
「こっで、逃げられんたい。そっでよかろうもん」
「な、そんな・・・」
ゾグラスの行動に言葉を失うタリム。
そのタリムの横をジュゼッタが小走りで抜け、ゾグラスに寄り添った。考えを支持するという態度の現れだった。
「ど?こっで、鬼に金棒たい」
「く・・・気まぐれにも程がある・・・」
「こっが地獄流たい。手ば組んだ以上、嫌とは言わせんばい」
「お、おのれ・・・計画が・・・」
地獄の将二人の作り出した圧の壁。
わがまま極まるゾグラスたちの態度に、タリムは強い憤りを覚えたが、今は呑み込むことを選択せざるを得なかった。
◆
王城ハクテの一室、技術開発局局長の一人、ドクターワットの研究室にとある女が訪ねてきた。
華奢ではあるが鍛えられ引き締まった肉体、黒く波打った髪、縦に長い黒目の三白眼。
ルゼリオ王国の武の頂点に立つ三人の超将軍の一人、『黄金竜騎士ペルシオス』だ。
「良いか、ワット?」
空いたドアに形式上のノックをし、ペルシオスは部屋に入る。
「お疲れ様です将軍、治療用内服エリクサーです」
入室にあわせてワットは机の上に薬の入った小瓶を置く。
「うむ、これを飲むのも今日で終わりか。ようやく我が身も、あの忌々しい女の氷を振りきれる」
感慨深く呟くと、ペルシオスはエリクサーを瓶ごと丸飲みした。
「げぇっぷ!ふぅ・・・再生した臓腑に染み渡るな。さてワットよ、例のものは出来たか?」
エリクサーの効果によって身体が回復するのを実感しつつ、ペルシオスはワットの机上を覗き見る。
「はい、ご要望通り超化翠を練り込み効果を数倍に高めたドーピング剤ですが、恐らく将軍ほどの方でも一日一回の服用が限界かと・・・」
机の上に翠の錠剤の束が置かれた。
「構わん。一度の使用で敵を皆殺しすればいいだけの話よ。特に、あの氷女の面の皮を引き裂きさえ出来ればな」
「解りました・・・では一応の完成品です。お持ちください。ですが、やはり使用はお勧めしておりませんので、それだけはご留意ください・・・」
「ふっ・・・心に留めておこう。来る時が楽しみだよ、グフフフ・・・」
翠色の錠剤の束を受けとると、黄金具足の音を響かせながらペルシオスは上機嫌で立ち去った。
◆
首都フォレスに向かって、北西から三つの物体が飛来してくる。
中央都市付近への転移後に超将軍クザートの移動用歯車『飛天輪』によって退避させられた『ドクターギア』『カルカリ監獄看守長セフィロッテ』『毒農婦チャミ』の三人だった。
その軌道はひどく乱れ、上下左右に激しく動き全く規則性がなかった。
王城の中庭に歯車が到着すると同時に、三人が崩れるように地面に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・くっ、よ、ようやく着いた・・・まさか、将軍の制御から離れた飛天輪がこうも安定性を欠くだなんて・・・うぷっ!」
倒れ込んだ三人の内の一人、ドクターギアが最初に立ち上がり、劣悪な移動環境への怨み節を漏らす。
「お、お姉様、大丈夫ですか?うう・・・」
「ああ・・・なんとか、ね・・・」
チャミに支えられながらセフィロッテも立ち上がる。
「そこを動くな、侵入者!」
駆けつけてきた数十名の衛兵が三人を囲んだ。
「落ち着いて皆さん、私です、ドクターギアです。任務から帰還しました!そしてこの二人は同胞です、すぐに救護活動を行ってください!」
衛兵に向かってセフィロッテとチャミを指しながら叫ぶと、衛兵たちはギアを確認し、指示の通り動いた。
到着した救護班がセフィロッテとチャミを運び、ギアにも声をかけようとしたが、ギアはそれを断り覚束ない足取りで自室に戻った。
ドアを開け自室に倒れるように転がり込むと、机の上のデータ入力、実験用の端末を起動させる。
「うう、頭が揺れる・・・けど、早くカルカリで得た結果とデータを反映させないと・・・」
端末から机上に投影されたキーボードで高速のタイピングを行い、観測したデータを入力する。
「あの邪力とかいうのを魔力で代替再現できれば・・・戦力の大幅な強化が期待できるはず・・・さ、再現・・・実行・・・」
ギアが実行のキーを押し、入力されたデータを元に魔力保存用魔法珠に蓄えられていた無属性魔力を変質させる。
魔法珠色が徐々に邪力の色、禍々しい黒へと変わっていく。
「い、いける・・・再現できる・・・?なに?数値が乱れる・・・」
ここでギアの期待を裏切る事態が起こった。魔法珠に亀裂が入り、中の禍々しい気が外に飛び出したのだ。
気は黒い煙となって部屋を満たす。ギアは完全に視界を失った。
「ぐっ、ゲホッ、ゲホッ!なにが起こったの?は、早く換気を・・・」
口を押さえながら窓に向かうギア。その足がなにかに引っ掛かり、転んでしまった。
「きゃ!?な、なに?私の部屋で、床になにか落ちてるなんて・・・ええ!?」
足を引っ掛けたものを見て、ギアは驚きの声をあげた。
それは、中央都市に残してきたはずの、クザート、リース、ソウカクサタンコール、ムク。四人の姿だった。
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