第369話 「無垢なる侵略者」(ストーリー)
ルゼリオ王国南東部『首都フォレス』。
現在反乱勢力の本拠となったこの地で、事態が大きく動こうとしていた。
王都の中央、重厚にして荘厳な、建築物でありながら大型魔獣のごとき威圧感を放つ『王城ハクテ』。
その最上階にある王の居室の前に、三つの人影があった。
中央に反乱軍の首魁の一人、『諜報局長タリム・シャムシール』。
右に、地獄の地より招かれた、地獄の序列の一『絶対魔力存在ジュゼッタ・ロゼ』。
左に、同じく地獄より招かれた、序列の二『蛮君ゾグラス』。
三人は揃って王の居室を覆い隠す黒い壁を見ていた。
黒い壁。それは、『軍事統括局長ハンニバル』とその部下が己の身と引き換えに発動させた空間を隔絶して封じる禁術『封空暗居棺』によって作り出された断界の壁だった。
「かぁ~、こら見事なもんばいね。人間が作ったにしちゃ、たいぎゃ出来んよか魔法たい。だろもんジュゼッタ?」
「・・・・・・」
壁をさすりながら感嘆するゾグラス。声をかけられたジュゼッタが同意するように頷く。
「これを発動させたのは軍の統括官であり武勇の誉れ高い武人でしてな、その命を燃やすことで術を不得手としながらも見事に王を守る要塞を作り上げたのです」
タリムが惜しみ無い賛辞の言葉を述べる。そこに皮肉のような意図はなく、純粋な敬意のみだった。
「それで、地獄の頂点に立つお二方、これは破壊可能ですかな?」
「がっはっは。なんば言いよっか。どがん出来の良かもんでも、所詮人間の魔法ばい。おっどんにかかれば楽勝たい」
タリムの要求にゾグラスは豪快な笑いで答えた。微笑みながらジュゼッタが小さく拍手する。
「さぁて、そんならやっぞ」
ゾグラスが上着を脱いだ。身体に張り付く肌着にはハッキリと筋肉の線が浮き出る。無駄が無く、野生動物のようなしなやかな筋肉だ。
「おう、わっどま退がっとけ。巻き添えば食うぞ」
ゾグラスが退避を促すが、ジュゼッタは既に数歩退いていた。タリムも慌ててそれに続く。
「ふぉおおおおおおおお・・・」
目を閉じ、大きく息を吐き出すと、全身を禍々しい黒い闘気が包む。それは邪力に似ていた。
「『地獄空手・正拳の段 破貫』!チャイサァアアアアアアアア!」
王城全てを揺るがすほどの気合いと発声。
深く腰を落とし、踏み込む勢いと加速させる腰の回転、上質な筋肉、練達された技、鍛えこまれた拳。
全てが一つとなって『封空暗居棺』の壁を叩く。
爆撃のような激突音。
内外を通常空間と隔絶するはずの帳に巨大な亀裂が生じた。
「なんと・・・素手で禁術を破壊するとは・・・これが、地獄の頂点・・・」
暴力で術法を侵略するゾグラスの正拳の威力に、タリムは息を呑む。
しかし拳を放った当の本人は不満げな顔をしていた。
「わいたこら、情けなかね。一撃で壊せんかったばい。そんなら次は蹴りば入れっか・・・」
追撃に移ろうと片足をあげたゾグラス。だがその前に、ジュゼッタが手を差し出し制止する。
「あ?なんね?」
「・・・・・・」
「『私がやるわ』って・・・ああ、そがんか、おっの一撃ば見たもんだけんが、あてられて滾っとっとか。やっぱ、わっも好き者ばいね!むぞか、むぞか」
「・・・・・・!!!!!!」
地獄の序列の一としての心中を言い当てられたジュゼッタが、顔を真っ赤にしてゾグラスを何度も叩く。
「ごめんごめんて、ちょっとからかっただけたい。そがん、はるかかんちゃよかろもん」
笑いながらじゃれ会う二人。それは地獄の頂点に立つものたちとは思えないほど、子供じみた行為だった。
「・・・・・・」
ゾグラスと入れ替わり前に出ると、ジュゼッタは世界を分かつ壁に手を添える。
「・・・!!」
無言のままだが、ジュゼッタを取り巻く空気が明らかに変わった。凪から予兆もなく突風が吹いたかのような急変ぶりだった。
「すさまじい魔力だ・・・これはなんという魔法ですかな?」
魔法の放つ圧に思わず顔をしか目ながら、タリムは隣に立つゾグラスに尋ねた。
「知らん」
「え?」
返事は素っ気なかった。
「ジュゼッタは魔法に名前ばつけとらんとたい。あやっが魔法ば使おうと思って動けば、そっが魔法たい」
「なんと・・・では今、彼女は封空暗居棺を破壊する魔法を使用するのではなく、魔力だけ、力業で破壊しようとしている。という感じですかな?」
「そがんだろな。まぁ、細かか事はようわからんけんが、とにかく見とんなっせ」
「・・・・・・」
静かに目を閉じたまま、ジュゼッタは厳かに両手足を円を描くように動かし始めた。
ゾグラスの弁の通り、ジュゼッタは魔法に名をつけない。故に詠唱も存在しない。
だがその代わりに、ジュゼッタは全身を舞うように動かし魔法を発動させる。
これが、純粋に魔力だけで構築された『絶対魔力存在ジュゼッタ・ロゼ』の魔法なのだ。
右手が激しく上へ動いた。
直後、魔力の流れが発生し、右手の軌跡からウツボの上顎部ような形をした塊が飛び出した。しかも塊はその見た目だけではなく機能までウツボの顎そのものだった。
魔力で作られた上顎部には、鋭い牙がノコギリのように並列し、獲物とらえ破壊するという殺意に満ちていた。
上顎が壁にかぶりつくように飛び付いた。
鋭い牙が食い込み、ゾグラスが作った亀裂がさらに広がっていく。
「・・・??」
ジュゼッタが首をかしげた。
指を踊らせ指示を出すと上顎部が壁から離れる。
「お?なんかこら、壁じゃなかとか?」
牙によって一部が失われた壁から、内部が外を覗く。
そこにあったのは混沌としたものだった。濃厚な油絵の具を、数種類強引に混ぜ合わせる途中で放り投げたような不完全で不調律な空間だったのだ。
「なるほど、このどちらともつかないモノを使って空間を断絶するのがこの術の仕組みというわけか。まさか禁術の内部を強引にさらけ出させるとは。さすが地獄の序列の一ですな、面白いものを見させていただける」
理解を越える光景に、思わずタリムは感嘆の言葉を口にする。
「・・・!!」
しかし、賛辞を受けながらもジュゼッタの顔は不満そうだった。
「ど、どうなされた?」
「はっ、半端に壊すこっしか出来んかったけんが、はるかいとっとたい」
ゾグラスの推察通り、ジュゼッタは己の結果に不甲斐なさと憤りを覚えていた。そしてあらためて舞うような構えを見せる。
「!」
しかし今度は明らかな違いがあった。顔と全身がわずかに強ばって力んでいるのだ。
「!こらいかんばい、本気んなっとらす!」
「ほ、本気!?ということはさっきのとは・・・」
「比べもんにならんばい!どい、あんた、おっの後ろにおれ、巻きこまるんなら死ぬぞ!」
ゾグラスの剣幕に突き動かされ、タリムは後ろに隠れた。その背にはじっとりと汗が浮かんでいる。冷や汗だ。
「こ、この女が恐怖している。それだけ驚異なのか?」
タリムは心の中で呟いた。
一瞬にして三人を取り巻く空気が急変した。
熱を帯びた竜巻のような魔力の波がジュゼッタを中心に巻き起こり、タリムの前に立つゾグラスの全身を打つ。その無差別な威力は序列の二の身体を容赦なく削る。
「がぁぁぁぁぁぁ、かんなしやってくるんねぇ!こんままじゃ身体が無ぅなるばい!さっさと終わらせっくれんね!」
防御の姿勢と超再生能力で魔力の奔流に耐えるゾグラス。その後ろでタリムはただ震えていた。
「!!!」
ジュゼッタが大きく円を描いた手を胸の前で交差させると、名前の無い魔力の一撃が断界の壁に叩きつけられた。
それによって、一瞬の間も置かず封空暗居棺は一片の残滓も残さず砕けて散った。
純粋にして傲慢な魔力が我を押し通したのだ。
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