11月 烈火 ⑨
順二は本気で厚労省を襲う気などない。
酒の席でたまたま出た話であり、実際に行動に起こすなどとは考えていなかった。
ところが、憂国を中心に話は徐々に大きくなっていき、今や12月に厚労省を襲撃する計画が固まりつつある。
「襲撃するのは、やっぱ12月14日の討ち入りの日ってことで。赤穂浪士が好きってわけじゃないんすけど、敵討ってところが、俺らの活動と微妙に重なるかなって思って」
「いいんじゃない。俺、もうその日は有休をとってるし」
こばけんが上機嫌で会話に参加する。
「銃は俺のほうでそろえますよ」
憂国が当然のように言った。
「銃!?」
「銃があるほうが、心強いじゃないっすか。俺の親は猟銃の免許を持ってるんで」
順二が動揺しているのを見て、「大丈夫っすよ。マジで撃ったりしませんから」と憂国は笑った。
「あ、爆弾は、こいつらが作れますから」
憂国は連れてきた仲間を指した。みんな目が変にギラギラしている。銃に爆弾と聞き、順二は話の大きさにめまいがした。
鉄拳5は満足そうに酒を飲んでいる。
「それじゃあ、まず厚労省周辺で爆弾を爆破させて、それから館内に突入という感じですかね。大臣と役職づきの官僚を拘束して、今すぐ年金を全国民に返せと迫る。大まかな段取りとしては、そんな感じですか」
「異議なし」
憂国たちは大きく拍手した。
順二は拍手をする気になれず、ひたすらビールを飲んだ。
――南、どうしよう。俺、とんでもないことに巻き込まれちゃったよ。
南とは8月以降、一度も会っていない。
榊原に南と会うのを止められているというのもあるが、南はヨーロッパ方面の部署に配属されて、ほとんど日本にいないと言う。今は電話かLINEでやりとりするだけだ。
榊原の事務所で暮らし続けるのはさすがに手狭だということになり、近くのマンションに部屋を借り、順二はそこから会社に通っている。
常に榊原の部下が見張っているので、逃げることはできない。
ただ、見張り付きでコンビニや定食屋に行ったりするぐらいのことは許された。
元々住んでいたアパートはいつの間にか解約され、今の生活費はほとんど榊原が出している。順二は給料を逃走資金として貯めておこうと決めた。
――ゴタゴタが片付いたら、南とどこかに逃げよう。そうすれば、南も借金から逃げられる。誰も自分達を知らない場所で、2人だけで一からやり直すんだ。
その思いだけが、今の順二にとって支えだった。
この集会に出ているのは、その間は見張りから逃れられるという事情からだ。
集会のメンバーは順二を敬い、持ち上げてくれる。それが心地よく感じるときもあるのは事実だ。
――まあ、いいか。当日は参加しなければいいだけだし。こっそり通報して、こいつらをつかまえてもらえばいいか。
おでんを食べながら、順二は酔いのまわった頭でぼんやりと考えていた。
「お前は、人に流されやすいんだから」
ふと、大学の時に母から言われた言葉を思い出した。
「一博はしっかりしてるし、裕三はちゃっかりしてるけど、あんたは自分というものを持ってなくて、いっつもボーッとしてる。だから狙われるのよ」
大学で自己啓発のセミナーに勧誘され、断りきれなくてあいまいに返事をしていたことがあった。連日勧誘の電話がかかってきたので、たまりかねた母に怒られたのである。
「嫌なら嫌と、ハッキリ断りなさい。相手に悪く思われたくないなんていうお人好しは、社会に出てからやっていけないんだからね」
あのときの母の助言は、その後の人生でもまったく役に立たなかった。
今、また断りきれなくて、流されてここにいる。
――俺の人生は、流されっぱなしなんだろうな。
あきらめにも似た感情で、順二はチクワを頬張った。




