11月 烈火 ⑧
順二は、足取り重く池袋のサンシャイン60の足元にある東池袋中央公園に向かっていた。
昼間は付近のサラリーマンやスケボーをしている少年たちでにぎわっている公園は、暗くなるとホームレスたちが集まって来る。
順二はしばらく公園に入る気になれず、入り口でスマホをいじっていた。
すると、LINEで鉄拳5から「今どこですか?」というメッセージが届いた。諦めて公園に入る。
――俺、なんでこんなことをしてるんだろう。
その日、東池袋中央公園に集まるよう呼びかけたのは、ホームレス中年だった。
何でも、ホームレス時代にこの公園で寝泊まりし、お世話になった人がいるらしい。その人に順二をぜひ会わせたいのだと30分も熱弁をふるわれ、順二は仕方なく頷いたのである。
公園内をウロウロしていると、ホームレス中年が走り寄って来た。
「こっちです、こっち。もうみんなで飲みはじめてるんですよ」
噴水近くの芝生にビニールシートを広げ、20人ぐらいが集まっている。鉄拳5やこばけん、憂国などいつものメンバーも揃っていた。
「ハイ、正義の怒りさんの到着でーす」
ホームレス中年の言葉に、そこにいる人々は一斉に拍手をし、「いよっ、待ってましたあ」「会いたかったですっ」など口々に叫んだ。
順二は何度もお辞儀をしながら、勧められるままビニールシートの奥に座った。
5人のホームレスが座っており、特有のすえた臭いがする。みな、髪は長くぼさぼさで、ひげが生え、垢にまみれた服をまとっている。
「こちら、谷さん」
ホームレス中年が一人の男を紹介する。順二は「どうも」と軽く頭を下げた。
「正義の怒りさんが来たので、もう一度ここで乾杯しなおしましょう」
いつものように鉄拳5が場を仕切った。
プラスチックのカップにビールを注ぎあい、掲げ持つ。乾杯の掛け声とともに、順二はビールを一気に半分ほど飲んだ。
酔えば強烈な臭いも気にならなくなるのではないかと思ったのである。
「谷さんは、学生運動に参加してたんですよ。逮捕されたこともあるんですよね」
ホームレス中年が話を振ると、日本酒をちびちびと飲んでいた谷さんが、
「まあね」
と短く答えた。
「国際反戦デーのときに、新宿騒乱が起きたでしょ。谷さんはそれに参加して、火炎ビンを投げて、捕まったんですよ」
「新宿騒乱なんて言っても、今の若い人は知らないでしょ」
谷さんは低い声で呟くように言った。
「全共闘とか、あさま山荘事件なんて知らないでしょ、ねえ」
「はあ、まあ、あんまり」
順二はあいまいに答えた。
「我々が学生の頃は、権力に立ち向かって、みんなで戦ったんだよ。ヘルメットかぶって、ゲバ棒持ってさ。世界平和のために戦ったんだよ」
「はあ」
「東大の、安田講堂の封鎖解除の時は、機動隊と戦ったんだよ」
「えっ、東大出身なんですか」
「いや、違うけど」
「……はあ」
「まあ、そういう、たくさんの暴動が起きたってこと。今の若者は、みんなおとなしくて、政治家や官僚がこんなに世の中を堕落させても、誰も何も文句言わんでしょ。福島の原発だって、爆発した後はあれだけ騒ぎになったのに、今はおとなしくなっちゃってさ。あちこちで再稼働を認めちゃってるじゃない。俺らだったら、絶対に止めてたけどね。体を張って」
「はあ」
順二は話を半分聞き流しながら、急ピッチでビールを飲んでいた。今年はすでに寒さが厳しく、アルコールで体を温めるのが一番だ、と順二は思った。
「でも、あんたは違うみたいだね。年金基金の宿舎を襲ったんだって? その話を聞いたときは、痛快だったねえ」
谷さんはどす黒い顔ににやりと笑みを浮かべた。
「当然なんだよ、公務員なんて、公僕なんだから。庶民よりもいい給料をもらっていい暮らしをしてるなんて、おかしいんだよ。おしおきとしては、いいんじゃないの、あんたがやったことは。俺は賛成だね」
「はあ」
「しかも、そのカネを俺らに配ってくれるなんてさ。あのお金で古本を買ったんだよ。資本論の初版本とか、ブルデューとか。あのころ、むさぼるように読んだんだよね。懐かしかったなあ」
「谷さんは、テントの中にも難しい本がいっぱい積んであるんですよ。それも思想の本ばっかり。僕にはよく分かんないんだけどね」
ホームレス中年が説明を付け加える。
「谷さんは社会情勢や世界経済についても詳しいんですよね」
「まあね、毎日ごみ箱から新聞拾って読んでるからさあ。貧しい生活を送っていても、思想まで貧しくなったら、人間として終わりだからね」
順二は、どう相槌を打てばいいのか分からなくなってきた。
「それでですね、谷さんが私たちの活動に力を貸してくれるそうなんですよ。学生運動の時に培った戦い方を教えてくれるそうなんです」
ホームレス中年が興奮気味に言う。
「戦い方って……どんな風な?」
「そりゃ、火炎瓶を投げたり、投石したりしてさ」
そのとき、憂国のまわりでドッと笑い声が起きた。今日は憂国の仲間が7人ほど参加していた。
「今どき、火炎瓶や投石なんて、時代遅れも甚だしいっすよ」
憂国が谷さんに向かって言う。
「学生運動のノリと同じだと思われたら困っちゃうんだよね。こっちは、日本を真の姿に戻そうと真剣に戦うんだからさあ」
「ノリってなんだよ。こっちは命を張って戦ってたんだから。安保闘争の時、死者が出たのを知らないのか?」
「それくらい、知ってるって。でも、多くの学生はお祭り騒ぎに便乗してただけっしょ。信念を持ってやってたんじゃなくてさ。仲間と群れて行動してる不良と同じじゃないっすか」
谷さんが無言で立ち上がった。
ホームレス中年が慌てて仲裁に入り、
「まあまあ、色々なやり方があるってことで、いいじゃないですか。どれがいいのか、やってみないと分からないんだから、色々やってみましょうよ」
と二人をなだめた。
「まあ、とにかく、我々の活動を邪魔しないでほしいっすね」
憂国の言葉に、
「なんだよ、力を貸してほしいって言うから、来てやったのに。ふざけんなよ。お前らだけで何ができるって言うんだよ。ガキどもが」
と谷さんは吐き捨てて立ち去った。
ホームレス中年が慌てて追いかける。ほかのホームレスは、興味なさそうに酒を飲み、つまみを食べている。
「なんだかなあ」
憂国は大げさにため息をつく。
「人数は増えてほしいけど、変なやつを入れてほしくないっすね。ホームレス中年さんも、何考えてんだか。そんなことより、そろそろ具体的にどう攻めるのかを考えましょうよ」
憂国に話を振られたが、順二は「うーん、そうだね、どうしようか」とあいまいに答えるだけだった。




