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曇天。  作者: 凪


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11月 烈火 ⑦

「この画像、どこで入手したんだ?」


 幸輔はかすれた声で聞いた。


「ネットの怪しいサイトから拾った」

「どのサイトだ?」

「それはいちいち覚えてないけど」


「仏さんの画像を集めてるだけってことにしたいんだろうけど、そうはいかないんだよ。あの女の子は、長野でばあさんと一緒に殺された子だろ? そんな画像がネットに出回るわけないだろ。警察の人間が現場で撮った写真を流出しない限り、そんなのありえねえ。つまり、お前は現場にいたってことじゃねえか」


 直行は言葉に詰まり、顔をゆがめた。

 幸輔は、直行が泣き出すのかと思った。悪事がばれて、「親父、ごめん」と泣き出し、すがりつくのかと。


 ところが、直行はニヤリと薄気味の悪い笑みを浮かべた。幸輔は全身に鳥肌が立つのを感じた。


「さすがだな、親父。オレが長野に行っていたこと、思い出したんだ」

「お前、この老人の画像は何なんだよ」


「だから、話題になってたから、興味本位で」

「そんなわけないだろ? こんなん、調べたらすぐにお前が撮ったってバレるぞ? だいたいお前、クジョレッドって名前で、あのブログに」


 そこまで言って、幸輔はハッとした。ネンキンブログが閉鎖されたのは、幸輔が直行にその話をした直後だった。


「まさか、お前、あのブログを作ってるやつとつるんでるのか。そいつにばらしたんだろ、警察が調べてるって。だから捜査が及ぶ前に消されたんだ」

「ばれたか」


 直行はフンと鼻で笑った。


「それで、どうすんの? 俺を警察に差し出すの? 息子がコロシをしてましたって。そんなことしたら、親父も警察での立場がまずくなるよね。自主的に退職するよう、上に圧力かけられんのは間違いないよね。

 マスコミでも大々的に取り上げられるだろうしさ、うちにまで新聞やテレビの人間が押しかけてくんだぜ。近所の人から白い目で見られて、耐えられんの? しかも俺、殺したのは一人じゃないから、死刑になるかもしれないよね。それに耐えられんの? 親父もおふくろも」


 直行は立て板に水のごとく、スラスラと話す。その様子からは、罪悪感は微塵も感じとれない。幸輔は口を半開きにして聞いているだけだった。


「何もできないだろ、親父には。でも、これで黙っていたら同罪だよな。それがバレたら立場がまずくなるよな。どっちに転んでも、最悪ってわけだ。だったら、バレないようにするしかないんじゃね?」


 直行は、最後には勝ち誇ったような声音になっていた。


「お前、なんで、こんな」

 幸輔はようやく声を絞り出した。


「なんで、こんなことを」

「コロシにはすべて理由があるって思ってんの? とくに理由なんかないよ」


「だってお前、田所って先生を殺したのもお前なんじゃないか? お前の小学校の時の担任だった先生だろ。先生を理由もなく殺すわけないだろうが」

「んだよ、それもバレてんのか」


 直行は舌打ちをした。


「あいつは、うるさかったからさ。小学校のとき、俺、さんざんあいつに殴られたし、校庭を何周も走らされたしさ。


 親父に言いつけてやるって言ったら、あいつ、内申書に響くぞって脅すんだ。受験する学校に、俺の悪事を全部ばらすぞってさ。そうすれば私立には行けないからってさ。仕方ないから、あいつが担任だった一年間はおとなしくしてたんだよ。


 今までの人生の中で、一番許せない人間なんだ、あいつは。それなのにあいつは、自分の手柄のように、どんな悪い人間でも信じてれば立ち直るんだとか、講演で俺の話をしてるって聞いてさ。あったま来たんだよ。人を脅して従わせたくせに、立ち直るも何もないだろうって」


「……」


「面白かったよ、あいつと会ったとき、俺が警察官になったって言ったら、お前、あの親父と同じ道を歩んだのかって、顔をしかめてさ。


 小学校の時、お前が悪さばっかりしていたのはお前が悪いんじゃない、親父のせいだってさ。まともな警官になれって相変わらずエラそうに言うからさ、まともじゃないお前に言われたかねえよって包丁で刺したら、驚いて叫び声もあげられねえの。あのコロシは楽だったね」


 直行はまるで世間話でもするかのように、悪事について話す。心なしか顔は紅潮し、興奮しているようでもある。


「お前、罪悪感はないのか?」

 思わず幸輔は尋ねた。


「罪悪感?」

 直行は笑い声をあげた。


「親父からそんな言葉を聞くとはねえ。親父こそ、罪悪感なんてもの持ってないくせに」

「馬鹿を言うな、俺は」


「じゃあさ、PTA会長の奥さんが自殺を図ったとき、親父はどうした? 天罰だって笑ってたじゃないか。いつも親父はそうやって、気に入らないやつを排除してきた。


 知ってるんだぜ、松川さん、親父と同期で幹部から気に入られてたんだろ? 松川さんがミスをしたとき、黙ってりゃ分からないって言っておきながら、上にチクったんだろ? そんで、松川さんは降格して、今ではちっちゃな駐在所で働いててさ。おれ、松川さんにものすごい目で睨みつけられたことがあんだから。迷惑な話だよ、俺まで恨まれてさ」


 幸輔は何も言い返せなかった。


 ――俺のせいだというのか。こいつがこんな風になったのは、俺のせいだと。


「まあ、親父ももうすぐ定年だしさ、おとなしくしてるのが一番なんじゃないの? 俺も親父のために、この先はコロシはやめておくよ。バレないからスリリングだったけど、バレたらスリルないし。まあ、これからは俺のコロシがばれないように、親父も協力するしかないよな」


 直行は再び勝ち誇った表情で微笑んだ。幸輔は足元から力が抜けていくような感覚に襲われ、思わず壁に手をついた。


 ――知らなければよかった。知らなければ。


 だが、すべてを知ってしまった。この先は直行が言うように、破滅の道が待ち構えている。その道を避けるには、バレないようにするしかないのだ。


 それは、心の奥底に残っていた、ひとかけらの良心を捨てるのに等しい行為である。

 幸輔は思わず目を閉じた。



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