11月 烈火 ⑤
雄太が新しい職場に移り、一週間が過ぎた。
五反田の雑居ビルの一室にオフィスがあり、社員は雄太も含めて7人と小規模なベンチャー企業である。雄太は初日から大手企業の人材育成のシステム開発のチームに加わり、毎日朝から晩までパソコンに向かっていた。
――やっぱり俺には、こういう仕事が向いてんだな。遠回りしたけど、やっと自分の居場所に戻って来れたんだ。
雄太は、久しぶりに充実感が体中にみなぎってくるのを感じていた。
その日は、近所のコンビニで弁当とマンガ雑誌を買ってきて、社内の片隅にある休憩スペースでマンガを読みながら昼食を食べていた。そのとき、社長の斎藤泰輝が、弁当屋の包みを下げて雄太の前の席に座った。
泰輝は細身でいかにも草食系という感じの風貌で、めったに感情的にならない。独立志向があるように見えなかったので、最初、会社を立ち上げたと聞いたときは意外に感じた。
「テレビ見ていいですか?」
泰輝に聞かれて、雄太は弁当を食べながら頷いた。
泰輝は、前職では雄太の方が上司だったということもあり、話すときは敬語を使う。雄太は面接の時に敬語を使っていたが、「タメ口でいいですよ」と言われたので、今ではタメ口を交えながら話している。
社長が敬語を使い、社員がタメ口を使うというチグハグな構図だが、泰輝は気にしていないようである。
――こいつ、人間の器がおっきいんだな。
雄太はひそかに感心していた。
泰輝がテレビをつけると、ワイドショーが映し出された。
「こちら、浦安にある住宅街です。東京都心から電車で30分、駅からは車で10分ほどの閑静な住宅街で、ひじょうにショッキングな事件が起こりました」
青いシートが張ってある民家のまわりを、捜査官たちが忙しなく行き来している。
テレビカメラは庭からリビングの窓を狙っているが、カーテンはぴっちりと閉められ、中の様子は分からない。
家の前で、若い男性アナウンサーが神妙な面持ちで実況している。
「こちらの家に住んでいた武山さん一家が、一昨日遺体で見つかるという痛ましい事件が起きました。武山隆太郎さんは首の骨が折れた状態で、妻の久美子さんは胸に包丁が刺さったままで、さらに息子の透さんは餓死した状態で発見されたそうです。
隆太郎さんと久美子さんは死後一ヶ月ほど経っており、透さんは死後1週間ぐらいではないかと言われています」
その後、お決まりの近所の住民へのインタビュー映像などが流れてから、スタジオに切り替わった。武山家の見取り図のボードを指しながら、男性アナウンサーが解説する。
「こちらが武山さんの家の1階の見取り図なんですが、武山隆太郎さんと妻の久美子さん、息子さんとも、リビングで遺体が発見されました。
ですが、どうやら隆太郎さんと久美子さんは別の場所で亡くなった可能性が高いんですね。亡くなった後遺体を引きずって、リビングに集めたのではないかと、警察の中にはそういう見方もあるようです。
そして息子さんは、二人の遺体の真ん中の布団で横たわった状態で発見されました。透さんはその場で亡くなられたのだろうという見方が強いようです」
スタジオの真ん中に座っている中年の男性キャスターが、おおげさに顔をしかめて、口を開いた。
「なんか複雑すぎてよく分かんないんだけど、つまり、息子さんは両親の死を知っていたってわけ?」
「そうだと思います」
「でも、警察には届けなかったってこと?」
「警察ではそういう通報は受けていないとのことです」
「じゃあ、誰がこの親子が死んでいるのに気づいたわけ?」
「隆太郎さんの会社の方が、何回か家を訪ねたそうです。隆太郎さんは本部長という立場なので、こんなに長い間無断欠勤するのはおかしいだろうと。でも、何回訪ねても誰も出なかったので、庭に入って家の中の様子を覗いてみたところ、人が倒れているのが見えて通報したそうです」
「へええ。それまでずっと、近所の人も気づかなかったんだ」
「その、両親は殺された可能性もあるってことですよね。胸に包丁が刺さってるってことだし」
スタジオにいる女性コメンテーターも質問する。
「そうですね」
「もしかして、息子さんがその犯人だっていう可能性もあるんですか?」
「それは今捜査中ですので、まだ正式な発表はないですね」
「これ、3人とも布団の中で発見されたってわけじゃなくて」
「両親は床に横たわって、息子さんだけ布団に横たわった状態だったそうです」
「じゃあ、もしかして、遺体と一緒に寝ていたってことですか?」
「うーん、そうかもしれませんね」
男性キャスターは、
「それはおかしいでしょ。自分の親が殺されてたら、普通は警察に通報するでしょ。それをしないってことは、自分で殺したってことでしょ」
と断定するような口調で言う。
「まあ、そういう線でも警察は捜査してると思いますから」
困ったように男性アナウンサーは取り繕う。
「この事件、すごいですよね」
泰輝はエビフライを頬張りながら言う。
「ああ。自分の両親を殺して、遺体と一緒に寝ていたってことなのかな」
「そうじゃないですか。殺した後で後悔したのかもしれませんね」
雄太は自分の両親のことを考えた。
雄太が高校のときに両親は離婚し、母親はその後、再婚した。雄太は母親と一緒に暮らしていたので、居心地が悪くなって大学入学と共に家を出たのだ。
それ以来、ほとんど家には帰っていない。母親は新しい夫との間に子供をもうけたので、もう完全に自分の居場所はなくなってしまった。
父親は、学費を出してもらっていたこともあり、学生時代はたまに会っていたが、社会人になってからは会っていない。自分の結婚式にも呼ばなかった。今はどこで何をしているのかも分からない。
――殺しても一緒にいたいっていう感情どころか、殺したいって感情さえわいてこないよな。そういう感情がわくだけ、この家族は距離が近かったのかもしれないな。




