10月 火風 ⑩
京子は固唾を飲んでテレビ画面を見守っていた。
夜8時10分。
「望みの党桂木京子 当確」というテロップが画面に出る。
次の瞬間、まわりにいた支援者が、うわっと湧き上がる。
「当確! 出た!」
「おめでとうございます!」
京子は嬉しさよりも戸惑いが先に来て、「本当に? こんなに早く?」と何度も周りの人に確認した。
周りはみんな、笑顔で拍手してくれる。有紀は既に涙ぐんでいた。
有紀に引っ張られるようにして、選挙事務所に設けたステージに上がる。途端に、カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。
マイクを渡され、会場を見渡すと、支援者が入りきらずにドアの外からも大勢の人が拍手を送ってくれている姿が見えた。
「えー、ただ今、当確が出ました。本当に、本当に、これは応援してくださった皆様のおかげです。ありがとうございます!」
京子はそれを言うだけで精いっぱいで、深々と頭を下げた。さらに拍手が大きくなる。
有紀からさらに話すように促され、涙ながらに感謝の言葉を伝えて、「未熟ですけど、皆様のためにも精一杯がんばります」と頭を下げた。
その後、後援会長の音頭で、お決まりの万歳三唱をした。
大きな花束を渡され、ステージから降りると、有紀が真っ赤になった目で握手を求めてきた。二人でしばし抱き合う。その姿に向かって、無数のフラッシュが焚かれた。
支援者の人たちと握手を交わし、何度も「おめでとうございます」「ありがとうございます」と言い合う。
10時過ぎまで熱狂は続いた。
しかし、そのころになると、望みの党自体の当選者数は伸び悩み、与党の自由連合が予想以上に健闘していることが分かった。
桜子がテレビで「すべては代表である、私の責任です」と暗い表情で語っているのを見ながら、京子は「これからどうなるんだろう……」とつぶやいた。
「京子ちゃんは、何も気にする必要はないよ。堂々と、政治家としての責務を果たせばいいんだから」と、後援会長が励ましてくれた。
「そうですよ。京子さんは、ちゃんと国民から選ばれたんです。これから、忙しくなりますよ」と有紀も空になったグラスにオレンジジュースを注いでくれた。
――そうか、政治家。私、本当に政治家になったんだ。
当選したという実感はあっても、政治家になるという実感はまだ湧かない。そもそも、政治家になって何をすればいいのかも、実はまったく分からないのだ。
「それにしても、田部井総理は本当に悪運が強いねえ」
後援会長がすっかり赤くなった顔で言う。
「高齢者が海外で詐欺に遭ったって事件で、『老人ホームの放火が相次いだのに、何も対策を取らなかった田部井政権が悪い』って最初は批難を浴びたのにさ。被害者たちが『国が迎えに来てくれ』『救済してくれ』って大使館でわめいている映像が繰り返し流されたから、そっちに批難がいっちゃってさ。自己責任だろって話で終わっちゃったからねえ」
「ホントですよね。お金持ちの高齢者って、若者には目の敵にされてるから」
有紀が後援会長にビールを注ぐ。
「若者だけじゃないよ。年金で細々と暮らしてる高齢者も、あいつらのことを目の敵にしてるよ。自分達だけ海外に逃げてずるいってね。みんな、怖い思いをしながら日本で暮らしてるのにさ」
「日本に帰ってきた人達、空港で罵倒されたみたいですよね」
「罵倒どころか、生卵をぶつけられたって言ってたよ。オレの知り合いの知り合いが、騙された中にいるんだよ。泣きながら『被害に遭ったのは私達なのに、ひどい』って電話がかかってきたんだって。『じゃあ、日本に帰ってこなければよかったんじゃないの?』って言ってやったらしいけどね」
「うわあ、そのお知り合いの方も、言いますねえ」
京子は二人のやりとりをぼんやりと聞いていた。
火事の夜、「これでやっと死ねる」と泣きながら語っていたとよ。
――老人になるのって、こんなに希望のないことなんだろうか。前はお年寄りは尊敬される対象だったのに、どうしてこんな風になっちゃったのかな。
テレビの画面には、次々と当確のテロップが出る。
窓ガラスに強風で雨粒が叩きつけられる音が、部屋に響いた。
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腕時計を見ると、8時を回っている。
「そろそろ、狩りの時間だ」
マスクをした男が告げると、一緒にいた四人が一斉に頷く。
ここは、いわゆる「限界団地」と呼ばれる公団住宅である。30棟ほどある建物には、チラホラと明かりが点っている。
老朽化が進んでいる建物は、夜見るといっそう気が滅入るほど汚れて見え、階段の踊り場の電気が切れている棟も多い。
建物のまわりには樹木がうっそうと生い茂り、人里離れた雰囲気を余計に醸しだしている。植え込みの花は枯れ、辺りにはゴミが散乱している。
まだ8時だと言うのに、外を出歩く人の姿はまったく見られない。人の気配をまったく感じない一角だった。
5人は団地内の公園にいた。公園の遊具はさびれ、もうずいぶん子供が遊んでいないのだと分かる。
さっきまでぱらついていた雨が、徐々に強くなってきた。
「今日はどうする? 雨が降ってきちゃったけど」
「そのほうが、姿が見えづらくていいんじゃね?」
「みんなで一緒に行く? 二手に分かれる?」
「二手に分かれよっか」
「今日は南の棟から行こうかな」
「昨日はアイスピックで3人、包丁で2人か」
「あのジジイ、アイスピック刺さったまま逃げるから、ビックリしたよ」
「ゴキブリ並みの生命力だな」
「逃げたジジイを、ブルーがタックルするのが面白かったあ」
「ブルー、引きずられてたし」
小さな笑いが起きる。
「じゃあ、俺とイエローでチーム組むか。そっちはブルーとピンクとグリーンね」
「そうだね」
5人はリュックから黒いニット帽を取り出してかぶり、マスクと軍手を装着した。準備ができると、互いに顔を見合わせる。
「それじゃ、害虫駆除開始ってことで。1時間後にここに集合ね」
みな無言でうなずき、散っていった。




