10月 火風 ④
「つまり、これは相当大規模な詐欺事件って可能性もありますよね」
「ええ、それもあります。被害に遭った人たちに、現地で話を聞いてみました」
テレビのニュースでは、キャスターたちが深刻そうな顔で話をしている。
映像が切り替わり、若い男性アナウンサーが台湾から実況中継をしている様子が映し出された。交流協会には大勢の日本人がつめかけ、みな疲れた表情でぐったりと座りこんでいる。
「いったい、何が起きたのでしょうか」
アナウンサーが近くにいた初老の男にマイクを向けると、
「そりゃあ、こっちが聞きたいよ。わけがわかんないんだよ。俺たちは、台湾でしばらく住むことになっていて、家を買ったわけ。それが、来てみたら家がないんだよ。どこにもないんだよ」
と答えた。
「家を買った。それはいつごろですか」
「申し込んだのは一か月前」
「家を買ったということは、現地に来て確認はしてるんですよね」
「いや、してないよ。そんな、一か月で海外に移住するんだからさ、こっちに来て物色してる暇なんてないんだよ。だから、パシフィックステイっていう会社で、すべて手配をしてくれるって話でさ」
「パシフィックステイという会社に連絡は」
「それが連絡つかないんだよ。事務所も携帯も、何度かけても現在は使われてませんってアナウンスが流れてさ。訳わかんないんだよ。ここに来たら、こんなに続々と人が集まって来てるしさ。何が起きてるか、わかんないんだよ」
「ここには、そのパシフィックステイという会社のスタッフと一緒に来たわけではないんですか」
「こっちに来たら、空港でスタッフが待ってるって話だったんだよ。でも、待てど暮らせど来ないから、自分たちで家まで行ってみたんだよ。住所は分かるから。でも、その住所には住宅地なんてなくて、汚いビルが建ってるだけでさあ。まいったよ、ほんと」
「住所は間違ってないんですか」
「パンフレットに書いてある通りの住所だよ。だから、困ってここに来て相談したんだよ。そうしたら、そんな住宅地は調べてもどこにもないって言われてさあ」
「えっ、それじゃあ、嘘だったっていうことなんですか?」
「わからんよ。何もわからん。ったく、勘弁してほしいよ。500万円で家を買ったんだから。老後の資金をつぎ込んだんだからさあ。困るんだよ、本当に」
男は苛立っているのか、声が段々大きくなっていく。その後ろには泣いている初老の女の姿が映っていた。
画面がスタジオに切り替わる。
「相当現場は混乱しているようですね」
男性キャスターの言葉に、実況中継しているアナウンサーが、
「はい、そうなんです。つい先ほども、20人ほどの日本人がここを訪ねてきました。今日だけで、交流協会を訪れた日本人は150人を超えているんです。その誰もが、同じようにパシフィックステイという会社を通して現地で家を買った、けれども来てみたらどこにもその家がない、と訴えています。協会の職員は、ひとまず今日はホテルを探して全員が宿泊できるよう手配を整える、と話していました」
と説明した。
「ありがとうございます。今、官邸で記者会見が始まったようです。記者会見の会場につなぎます」
映像が切り替わった。カメラのフラッシュを浴びながら、いつも気だるそうな表情をしている官房長官が出てきた。
「こんなんに簡単にだまされるなんて、馬鹿ばっかだな、日本人は」
幸輔は酒を飲みながらつぶやいた。
「ねえ、怖いわねえ。最近は何が起きるかわからないから、誰も信用できないわね」
正子は相槌を打った。
「どうせ、こいつらは日本にいちゃ怖いからって逃げ出そうとしたんだろ? それを利用されて、お金を巻き上げられたんだよ。弱みを見せたら付け込むやつがいるってこと、どうしてわからんのかねえ。いい年こいて、情けないよ」
幸輔は刺身を口に放り込んだ。
「うちはお父さんがしっかりしてるから、きっと騙されないでしょうけど、普通の人はなかなかわからないんじゃないの?」
「まあなあ。最近の詐欺は巧妙になってきてるしな」
幸輔は手酌で酒を注いだ。
「直行は?」
「今日は、学生時代の友達と飲みに行くんですって。帰ってから出かけたわよ」
「ふうん。まあ、たまにはそういう息抜きも必要だな」
晩酌を済ませ、幸輔は
「そういや、デジカメどこに行った? 明日のゴルフコンペに持って行って、フォームを撮ってもらおうかと思ってさ」
と正子に尋ねた。
「直行が持ってるんじゃないの?」
「そうか」
幸輔は二階に上がり、直行の部屋に入った。
直行の部屋に入るのは、久しぶりである。
高校生のときから親が部屋に入るのをひどく嫌がるようになったので、正子は小型の掃除機を渡して「自分で掃除しなさい」と指導していた。今も部屋の片隅に掃除機が置いてある。
時折、直行が部屋にいる時に覗いてみることもあったが、ベッドに寝転んで本を読んでいたり、パソコンに向かっている。幸輔は適当に話をして、ドアを閉めるのだった。
直行の部屋は適度に片づいていた。
――あいつ、結構きれい好きなんだな。俺の独身時代の部屋はひどかったよなあ。正子はアパートに来るたびに呆れてたっけ。その血は受け継がなかったってことか。
机の上を見ると、パソコンの周りに本やDVDが置いてある。それらを持ち上げて探しているうちに、キーボードに手が触れ、パッと画面が明るくなった。
デスクトップの画像が映し出される。
何気なく目をやると、ふと、1つのファイルに目が止まった。「megami」とローマ字でタイトルがついている。
――なんだ? 女神? 女神とか言いつつ、エロ画像でも入れてんじゃないか。
幸輔は興味がわき、いけないとは思いつつも、クリックしてファイルを開いた。
案の定、画像がずらずらと並んでいる。
だが、そこから先は幸輔の想像とはまったく違っていた。




