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曇天。  作者: 凪


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9月 火焔 ⑧

 その日、順二は池袋の居酒屋で人と会うことになっていた。

 9月下旬になっても、残暑はまだ続いている。順二は店を探しながら、鼻の頭に汗をかいていた。


 指定された居酒屋を見つけて入り、客席を見回していると、背後から「順二さん」と肩を叩かれた。

 振り向くと、榊原が立っている。


「こっちです」


 個室に案内されて入ると、テーブル席に5人の男が座っている。やけに目つきが鋭いチンピラっぽい男もいれば、椅子がつぶれそうなほど太った男もいる。


「みなさん、この人が、年金基金機構の職員宿舎を襲った方です。


 榊原が順二をグイッと前に押し出した。 


「えっ、ちょ、待って」

 順二が慌てていると、

「ホントっすか?」

「おおー、この人が!」

 と、男たちは感嘆の声を上げた。


「この方達は、あなたの行動に感動してね。絶対会ってみたいというから、今日お連れしたんです」


「無理言って、すみませんね。でも、榊原さんがあの襲撃のリーダーだった人を知ってるって言うから、それなら会わせてくれって、お願いしたんです」


 細身で丸い眼鏡をかけた男が、にこやかに順二に片手を差し出した。


「いいいや、オレはリーダーじゃ」

「僕も最初は驚いたんですよ、あの襲撃の計画を聞いて」


 榊原は順二を遮って話し出した。


「でも、これは正義の怒りだなって思って。今どき、社会正義なんてないでしょう? 世の中の悪を正そうって真剣に考えて、そのために自分を犠牲にしてまで行動するなんて、幕末の志士みたいだなって感動しましてねえ。それで、私もトラックを貸したり、できるだけお手伝いさせていただいたんです」


 微笑みながら順二を見るその目は、少しも笑っていない。

 ――こいつ、俺だけを犯人にしやがった。

 順二は背筋が冷たくなった。


「いや、そうですか、正義の怒り。じゃあ、それで呼ばせてもらってもいいですか? 我々もみんな、ハンドルネームで呼び合ってるんです。僕は鉄拳5っていいます」


 丸い眼鏡の男が、再度右手を差し出した。

 ようやく握手を求めているのだと気づき、順二もおずおずと手を差し出す。鉄拳5は順二の手を強く握りしめた。


「お会いできて光栄です、正義の怒りさんっ」

「は・はあ。どうも」


 座るように促されて、隅に腰を下ろそうとすると、

「正義の怒りさんは真ん中に来てくださいよ!」

 と目つきの鋭い男に手招きされた。

 どう見ても20代なのに、その男は学ランを着ている。順二は気乗りしなかったが、促されるまま真ん中に座った。


 ビールを頼むと、すぐに運ばれてきた。


「それじゃあ、正義の怒りさんが来たところで、改めて」

 鉄拳5はビールジョッキを持ち、

「今日は、ブログ‘ニッポン改造論’のオフ会に参加していただき、ありがとうございます。えー、堅苦しい話をしても仕方ないんで、さっさと始めちゃいましょう。それでは、乾杯!」

 とジョッキを掲げた。


「乾杯!」


 みんな、ジョッキをカチンと鳴らし合った。順二も流されるままジョッキを鳴らし合う。


 鉄拳5が、ここにいるのは自分が立ち上げたブログに普段よくコメントを寄せている人たちなのだと説明してくれた。


「ニッポン改造論」というブログでは、国の政策の問題点を中心に論じているのだという。

 そこで日本年金機構の職員宿舎の襲撃を称賛したところ、そこにいるメンバーが賛同したのだ。


「うちのブログでは、正義の怒りさんのパフォーマンスで盛り上がってるんですよ。またどこかを狙わないかって」

「いや、それは、ちょっと……」


 何を話せばいいのか、榊原に聞こうと振り向くと、いつの間にか姿を消している。


 ――マジかよ。どうすればいいんだよ、これ。


「じゃあ、正義の怒りさんのために、再度自己紹介をしましょうか」


 鉄拳5が順二の隣りに座っている男に、「こばけんさんからどうぞ」と促した。

 長い髪を後ろで結び、口ひげを生やし、作務衣を着ている男が立ち上がった。


「ハンドルネームこばけんです。本名は、小林けんじなのか、小早川けんたろうなのか、どういう名前なのかは、皆さんの想像にお任せします。年齢不詳です。ニッポン改造論のオフ会に参加するのは、これで3回目です。今日も飲みまっす」


 既に酔っているらしく、顔が真っ赤になっている。聞いていたメンバーが「よっ」「飲め飲めえ」と声をかけ、拍手をする。


 次に、こばけんの向かいに座っている、太った男が立ち上がった。

 伸びきっているTシャツは、どうやらビールの懸賞で当てたものらしい。ロゴマークが大きく入っている。

 銀縁の眼鏡をかけ、大きな目でギロリと見渡してから、なぜか「フフン」と鼻先で笑った。


「僕は夜青龍です。えー、某機関の非常勤職員で、相談員をしてます。ハローワークに相談に来るやつらの相手をするのに、もう毎日ヘトヘト……あ、名前を言っちゃった。ま、いいか。そんなわけで、よろしく」


 こもったような声で自己紹介し、腰を下ろした。

 まわりのみんなは盛大に拍手したが、順二は何となくこの男の態度が気になり、拍手しなかった。


 順二の向かいに座っている眼鏡をかけた痩せぎすの男が立ち上がり、

「最近コミュニティに入ったばかりの、ホームレス中年です。私は昨年末にリストラに遭って、もう住む場所もなくて、最近まで公園で寝泊まりしてました。それを救ってくれたのは、ここにいる正義の怒りさんです。命の恩人にお礼を言いたくて、今日は参加しました。正義の怒りさん、本当にありがとうございます!」

 と、順二に頭を下げた。


「え? 何のことですか?」


 順二が戸惑っていると、

「池袋の公園で寝ていたら、10万円がポケットに入っていたんです。その10万円で安いアパートに入り、なんとか次の職が決まったところなんです。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか。あなたのしたことは、ほんっとうに素晴らしい」

 と、ホームレス中年は涙ぐんだ。


 順二は、先月末、都内のホームレスにお金が配られたという話を思い出した。

 配った主は誰か分からず、『現代版幸福の王子か?』というような見出しで週刊誌が取り上げていた。

 日本年金機構の職員宿舎を襲った後の出来事なので、その首謀者がお金を配ったのだとネットでは騒がれている。


 順二は「ああ、ええ、まあ」と曖昧に答えた。ここまで感謝されているのに、自分とは無関係だとは言いづらい。


 ――もう会わないだろうから、適当にごまかしとけばいいか。

 と嘘つくほうを選んだのである。


 次に順二の隣に座っていた学ランの男が立ち上がり、

「自分はっ、憂国ですっ。学ランを着てますが、28歳ですっ。某大学を留年中ですっ。応援団に入ってますっ。よろしくっす」

 と声を張り上げた。

 

 最後に鉄拳5が立ち上がった。


「鉄拳5です。ニッポン改造論の管理人です。オフ会はこれで3回目ですが、皆勤賞はこばけんさん、2回目が憂国さんと夜青龍さん。正義の怒りさんとホームレス中年さんはこれが初参加ですね。今日はとくに濃いメンバーの集まりで、ディープな夜を過ごせそうで、楽しみにしてます。よろしくお願いします」


「ディープな夜って、なんだよ、それ」

 こばけんが突っ込みを入れる。


 自己紹介が終わり、鉄拳5は海鮮サラダを小皿に取り分けてみんなに配った。


「いや、正義の怒りさんにお会いできるなんて、本当に光栄です。あのニュースを聞いたときは、興奮しました。官僚をやりこめるのって、なんかスッキリしますね、ホントに」

「そうそうそう。ネットでも、よくやってくれたって感じの意見がほとんどだよね。みんな、国に対して怒りを持ってるんだよねえ」

 

 こばけんも同意した。

 憂国が、

「今度どっか襲うときは、俺も混ぜてくださいよ」

 と、真剣な顔で言う。


「いや、あんな大がかりなことはもう無理でしょ」

「そうですね、ほかの省庁の宿舎も警備を強化したって話だし」

「かー、それにまた税金が使われてんでしょ? やってらんねえ。守りたいなら、自腹を切れよって感じ。なんで俺らが守ってあげなきゃいけないんだよ」


「あの、どれくらい配ったんですか?」

 3人が盛り上がっていると、唐突にホームレス中年は順二に尋ねた。


「え? 何を?」

「だから、あのお金です。何人ぐらいに配ったんですか」

「さあ、何人だったかな……100人ぐらいかな」


 今さら、お金を配ったのは自分ではないと否定できずに、順二は適当に答えた。

「おおっ」と、メンバーから感嘆の声が漏れる。


「そうすると、1000万円使ったってこと? カッコいいなあ」

「官僚のやつらの持ちもんを売っぱらって、カネにしちゃったんすか。かっこいいっす。マジかっこいいっす」 

「それをホームレスに配るなんて、どこかの政党のバラマキ政策よりも、よっぽど意義あることですよ」


 メンバーは口々に賞賛の言葉を述べる。


「正義の怒りさん、あなたのしたことは、本当に正義ですよ。俺、前は省庁の仕事を請け負う会社で働いてたんだけど、あいつら本当にクズですよ。ものっすごい上から目線で、無茶な要求ばっかして、でも天下りが中抜きするし。


 それでうちの会社は立ち行かなくなって、オレはクビを切られたんだから。

 年金もそうだし、保育園落ちた、日本死ねってのも厚労省のやつらが改善しようとしないから、こんなことになってんでしょ? 

 

 自分たちは天下りをしてのうのうと暮らしてるくせに。官僚相手に腰が引けてる政治家なんかより、正義の怒りさんは素晴らしい。ほんっとうに素晴らしいですよ」


 ホームレス中年は順二の手を取らんばかりの勢いで熱弁する。その目にはうっすらと涙まで浮かんでいる。


 順二は思わず、「まあ、確かに。うちの両親も介護問題で心中しちゃったし」とポロッと言ってしまった。

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