9月 火焔 ⑤
「あなたにも、おじいさんやおばあさんはいるんでしょ? 高齢者を殺すってことは、自分のおじいさんやおばあさんを傷つけてることになるじゃない」
「あー、そういうの分かんないんだよね。俺、自分のじっちゃんやばっちゃんには生まれてから2・3回しか会ったことないからねえ。だから自分のじっちゃんやばっちゃんが殺されても、何とも思わない。まあ、自分では殺さないけどね」
教授がようやく口を挟んだ。
「君ねえ、高齢者を殺したら、本当に自分の年金はもらえるって思っているの? そんなわけないじゃないか。そこまでバランスを取るには、今の高齢者の半分ぐらいを消さなきゃいけないかもしれんのに」
「それはそれで、面白そうじゃん」
「面白いって、ちょっと、君」
「まあ、でも、さすがにそこまでするのはムリだって思うよ。俺らも、そこまで暇じゃないし。まあ、別のネンキンをもらえるから、俺らは老後は何とかなるし」
「別のネンキン?」
「俺たちで決めたんだよ。新しいネンキン制度。ロージンを一人殺したら1ネンキンもらえるっていう制度。ああ、ちなみにネンキンはカタカナだから」
「ネンキン……1ネンキンって何?」
京子は震える声で尋ねた。
「カネだよ。カネ」
「高齢者を殺したら、お金をもらえるってこと?」
「そういうこと」
「そんなの、嘘でしょ。一体、何の目的でそんなこと」
「だから、さっき言ったじゃん。ロージンを減らして、世の中のバランスをよくするんだって」
「君ね、そんな、人を殺してカネをもらうなんて、映画やマンガの世界じゃあるまいし、現実じゃあ、ありえない。目を覚ましなさいよ」
教授が思わず声を荒げた。男はフフンと軽く笑った。
「実際にカネになるんだよ。俺もかなりもらったし」
「そんなお金、誰が払うの?」
京子の問いに、「さあ、あの人が誰なのか、俺も知らないね」と男はさらりと答える。
「このままコツコツ毎月年金を払ったところで、老後もらえる額なんてわずかなんだから。今ロージンを殺してカネもらって貯めておいたほうが、よっぽど将来の役に立つし。だからね、このテレビ見てる人は、どんどん参加したほうがいいよ。それじゃ」
そこで電話を切ろうとしたので、京子は慌てて
「あの、なんで私と話したいって言ったの?」
と話を繋いだ。
「ああ、だってあんた、本でも呼びかけてるだろ、犯人には自首してほしいって。犯人の顔を見てみたいって。自首する気はないし、顔を見せる気もないけどさ。あんたかわいくて俺の好みだから、声だけでも聞かせようかと思って。そんだけ」
「なに、言ってるの」
「もうあんたには何もできないんだよ。やってるのは俺だけじゃない、全国で何十人ものやつがやってるんだよ」
「何十人?」
「そっ。今はもう、地方のロージンの殺人は新聞にも載らなくなったね。毎日2・3人ペースで殺されてんのにさ」
「……」
「そういうわけで、あんたがどんなにメディアで訴えかけても、ムダなんだよ。あんたが助けた、三郎とかみつとかいうやつも、気をつけたほうがいいな」
京子は思わず立ち上がった。電話はそこで切れ、ツーツーという音がスタジオに響き渡る。
「どうしよう……」
京子はマイクを外し、スタジオから出ようとした。
「京子さん!」
スタジオの隅にいた有紀が駆け寄って止める。
「まだ番組の途中ですよ」
「だって、二人が、みつさん達が」
「京子さんが行ったら危ないですよ。警察に連絡したほうがいいです」
「そうですよ、今警察に連絡しますから、落ち着いてください」
ディレクターも駆け寄って説得した。
「出番もすぐ終わりますから、とりあえず席に戻っていただけませんか」
「でも、でも」
「どうするの、この後」
再びCMに切り替わったらしく、鹿取がディレクターに呼びかける。
「あんな電話の後で、普通に番組はできないでしょ」
「そうですね、どうしましょう」
ディレクターは鹿取や女性アナウンサーと相談を始めた。
青ざめて震えている京子を見て、有紀は「大丈夫ですか? 何か飲みますか?」と心配そうに顔を覗き込む。京子が頷くと、有紀は早足でスタジオを出て行った。
――どうしよう。二人が襲われたら、私のせいだ。私が責められる。
京子は自分の体をさすって、震えを止めようとしていた。
***************
「びっくりしたわよ、いきなり警官が来るんだから」
みつは何度も、そう言った。
京子が武道館に着いたとき、入り口には何台ものパトカーが停まっていた。
武道館は普段アリーナ席になっているエリア一面に、高齢者が寝泊りするスペースを設けている。
簡単な間仕切りを設けてあるが、ほとんどプライバシーがない状態で、そこに集う人たちは明らかに疲労していた。階段席に寝転がって眠っている人もいる。
みつと三郎は、端のほうで二人分のスペースを確保し、寝具のマットレスを座布団代わりにして座り、お茶を飲んでいた。
「テレビに出てた時に、放火犯から電話があって。二人に危害を加えるようなことを言ってたから」
「そうだってねえ。警官から話を聞いて、もうビックリした。今はテレビがないから、見たくても見れないし」
京子は二人の無事な姿を見て、その場にへたりこんだ。
「まあまあ、今お茶を入れるから。忙しいのに来てくれて、大変だったでしょ?」
みつが立ち上がろうとするのを有紀が制して、「お茶を持ってきますね」とレストランに向かった。
二人が暮らしているスペースには小さな折り畳み式のテーブルが置いてある。端には布団を畳んで重ねてあり、間仕切りと間仕切りの間にロープを渡して、洗濯物が干してある。
三郎は、
「警察が、今、保護してくれる施設を探してるみたいだよ。ここでずっと見張りをしているわけにもいかないからってさ」
と、のんびりした口調で言った。
「えっ、また別の場所に移るんですか?」
「まあ、相変わらずバッグ一つで移動すればいいから、楽だよ。ここよりはマシかもしれないしね」
三郎はそう言いながら、お茶を飲んだ。
「それにしても、何のために老人を殺すんだろうねえ、その人は。全然知らないやつにカネのために殺されるなんて、たまらんな」
「核家族化が問題じゃないかって、さっき来てた刑事さんが言ってたわよ」
みつが言った。
「犯人は自分の祖父母と交流がなかったから、高齢者に対する尊敬の念やいたわる気持ちを抱けなかったんじゃないかって。だから高齢者をゴミ扱いして殺すんじゃないかって」
「関係ないだろ、そんなの。うちの子だって、俺を引き取るのを嫌がったんだから。長年一緒に暮らしてたって、尊敬や愛情なんてわかないもんなんだよ。ある意味、うちの子たちもその犯人とやってることはおんなじだよ。俺の存在を無視しようとしてるんだから。俺はもう、この世にいないのとおんなじなんだから」
「そんなこと」
「ない」と京子は続けようとしたが、単なる気休めにしかならないと気づき、言葉を切った。重い沈黙が三人を覆う。
「やっぱり、あの火事で死んどいたほうがよかったんだろうなあ。焼かれる間は苦しいかもしんないけど、その間だけガマンすりゃいいんだし。生きてこんなつらい目に遭うぐらいなら、あのとき死んだほうがよかったんだよ」
三郎の言葉に、京子は思わず、「とよさんもそんなことを言ってましたけど……」とつぶやいた。
「えっ、最後にとよさんと会話したの?」
みつに聞かれて、京子は我に返った。
「い・いえ、生前にそんなことを言ってたのを、聞いたことがあるんですよ。何かあっても家には戻りたくないって」
「そうなの? 息子さんと一緒に暮らしたいのかと思った」
「よく息子さんの自慢をしてたからなあ。一流大学を出て、大企業の重役になったって。でも、全然会いに来ないんだから、薄情な人だよな」
「そうそう。会いに来たとき、私が挨拶しても何も返さないし」
「あそこは嫁さんも嫌々来てるってのが丸分かりだったもんな」
とよについて、それ以上何も聞かれなかったので京子はホッとした。
――危なかった。とよさんを最後、置き去りにしたことがバレたらまずいから、気をつけないと。




