9月 火焔 ③
その日の朝、京子はテレビの生放送の番組に出演することになっていた。
桜子都知事の研究会に参加するようになってから、テレビ出演は増えた。事務局が売り込んでくれているらしい。
さらに、先月の小学校で起きた放火事件で、現場で高齢者の手伝いをしていた京子は、連日のようにテレビ局からコメントを求められた。
学校が宿泊所に決まった時、京子は三郎やみつもそこで暮らせるように手配し、校内を見て回って、「ここに手すりをつけてください」「ここにはスロープを」などと、業者に指示していた。
なるべく現場の不満を吸い上げるよう、多くの高齢者と会話をし、久しぶりに充実した日々を送っていたのだ。それが放火で台無しになり、京子自身もショックを受けていた。
結局、その小学校は閉鎖され、今は武道館で高齢者は避難生活を送っている。桜子も、次に打つ手を考えあぐねているらしい。
京子は武道館にも足を運んでいたが、ある老婆から、「あなたがいるから、また放火されたんじゃないの。テレビに出たりして、目をつけられているから、面白半分で放火しようなんて人に狙われたんじゃないの」と言われ、行く気がしなくなった。
――せっかく、お世話してあげてるのに。
そういうジレンマは、ホームに勤めていた時も度々感じていた。好美ぐらいのベテランは聞き流していたが、京子はひどいことを言われると相手を憎むこともあった。
「京子さん、そろそろ出番です」
川越有紀が控室に入ってきた。
事務局長の舟崎は、有紀を秘書としてつけてくれた。
有紀は政治経済学部卒の29歳で、アメリカにも留学して政治について学んでいる。博識で弁が立ち、自身も政治家を目指しているらしいが、今は東京ファーストの会の事務局で下積み生活を送っているのだと、舟崎から教えてもらった。
政治の知識はほとんどない京子のために、有紀はしばらくサポートに回ることになったのだ。
心強いサポーターを得られただけではない。
舟崎は邦雄とも手を切らせてくれた。邦雄を本部に呼び、京子を国政選挙で立候補させたいと告げたのだ。
「桂木さんには、正式に発表するまで誰にも言わないでおいてほしいと、私からお願いしたんですよ。でも、桂木さんはどうしてもあなたには相談したいというから、それなら直接私から話をしようと、今日ここにお呼びしたわけです」
「はあ」
邦雄は驚きを隠せない表情で話を聞いている。
「それでですね、桂木さんはまだ独身だし、安藤さんもご存じのように、美人でしょう。立候補したらマスコミから注目されるわけです、当然。そこで同棲している男性がいるとマスコミが知ったら、あることないこと書きたてられるのは目に見えているんですよ」
「まあ、分かります、僕もマスコミの人間ですから。モラルのない人間が多い業界ですから」
「そうでしょう、安藤さんのようにモラルのある人ばかりなら、いいんですけどね。世間には、同棲していると聞くとふしだらなイメージを持つ人が、まだまだ多いんです。なんで結婚しないんだ、とかね。率直に申し上げると、私としては桂木さんをイメージダウンさせたくない。だから、しばらく私達に桂木さんを預からせてもらえませんか。政治の勉強をさせるためにも、今は桂木さんは一人になったほうがいいと思うんです。安藤さんはどう思いますか」
「……いきなり言われても、なんて答えたらいいのか」
「そうですよね、本当はゆっくり検討していただきたいところなんですが、近いうちに解散総選挙が起きるって言われています。だから、早急に手を打ちたいんです」
邦雄はしばらく腕組みをして考え込んでいた。
「分かりました。そういうことなら、僕はしばらく京子と距離を置くことにします」
「そうですか、いやさすが、ご理解が早い」
舟崎は嬉しそうな顔をして見せた。京子は心の中で拍手をしていた。
「そのかわり、落ち着いたらまた一緒に暮らしますよ」
「もちろん、お二人の将来に口出しするつもりはありません。選挙の間と、当選してしばらくはマスコミも嗅ぎまわるでしょうから、それをうまくかわせれば、それでいいんです。ただ、その間は、京子さんとのことは、誰にも言わないようにしてください」
「でも、テレビ局のディレクターは知ってるんじゃないかな」
「それはこちらで何とかしますよ」
そんな会話を交わした後、すぐに京子は青梅に引っ越した。選挙を見据えて、青梅から立候補するためだ。
さらに、舟崎は邦雄が食いつくような餌をまいた。
舟崎の親族が経営している商社の、広報の仕事を任せたいと話を持ちかけ、邦雄は喜んで話に飛びついたのである。
今や、邦雄は香港の空の下である。
いろいろと理由をつけて、海外の支店を転々とさせるという話を聞いている。
最近は、邦雄からの連絡も途絶えがちになっている。京子は心の底から解放感に満ち溢れていた。
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今日の番組では、高齢者を狙った事件が相次いでいるので、どのような対策をとればいいのか、レギュラーコメンテーターの人たちと議論することになっている。
司会の鹿取光一は女性からの人気が高いアナウンサーだ。俳優になっていてもおかしくないぐらいのイケメンなので、京子もひそかにファンだった。
鹿取は、
「先月の小学校の放火、あれはひどかったですけれど、桂木さんもその後の処理にあたってるんですよね」
と、京子に話を振った。
「ハイ。私も何度も現場に足を運びましたけど、もう、校舎の一階部分は真っ黒に焼けちゃっていて、見るも無残な光景なんです。亡くなられた方のご遺族に連絡をして、遺体を引き取っていただきました。生き延びた方は、今は武道館に避難していただいています。ただ、そこでずっと過ごすわけにはいかないので、倒産した病院や、空き部屋の多い団地で住めそうなところを東京都が探しているんです」
「それじゃあ、また小学校のように一箇所に集めてお世話をする」
「そうです」
「ほかの学校には移さないんですか?」
「学校は冷暖房が完備されていないので、入居者の方からかなり苦情が来ていたんですね。ですので、病院や団地のように冷暖房がついている設備のほうがいいんじゃないかと」
「でも、また一箇所に集めちゃったら、襲われるって可能性はありませんか」
「もちろん、もう二度と襲われないよう、警備は必要です。それは警察と話し合っているところで……」
そのとき、何か問題が起きたのか、スタジオにいたスタッフたちの間で静かなざわめきが起きた。ADが「CMに入ります」とカンペを出す。
「えー、ここでCMです。CMの後は、また桂木さんに続きを伺います」
鹿取がすばやく指示どおりに話を打ち切った。
すぐに画面はCMに切り替わった。ディレクターが慌てて鹿取に駆け寄る。
「今、老人ホームの放火事件の犯人と名乗る男から電話がかかってきてるんです」
「えっ、何?」
「奥多摩の老人ホームの放火犯。桂木さんと話をさせろって、その犯人は電話で言ってるんです」
スタジオにいる人の視線が一斉に京子に集まった。




