6月 火影 ⑨
透は上機嫌で、アニメの主題歌を歌いながら、コンビニの袋からハンバーグ弁当を取り出した。すでに冷めているが、気にせずに食べ始める。
久美子の作る料理はやけに凝っていて、ハーブや独特の香辛料がたくさん入っている。
――そういうんじゃなく、もっと普通の料理が食べたいのに。
透はいつもそう思っていた。時折、無性にコンビニの弁当やカップラーメンが食べたくなり、買ってくるのだ。
たまに、料理と一緒に出されるハーブティーは飲めずにいつも残している。
「エキナセアは風邪の予防にいいのよ」「セントジョーンズワートはストレスに効くみたい」などと、久美子の手書きのカードが付いている。
それを母の愛情だと感じたことはない。
昔から、「これを食べれば頭がよくなるから」と色々なものを食べさせられた。
納豆、サンマ、イワシ、マグロ……毎日のように食卓に並び、透はハンバーグやオムレツを食べたいと何度も訴えた。
だが、透の希望は聞き入れてもらえず、食べ終えるまで部屋に帰してもらえなかったのである。サプリメントを飲まされることもあった。
それと同じで、ハーブを食べればひきこもりが治ると思い込んでいるのだろう、と透は考えていた。
「俺のストレスは、お前らだっちゅーの。お前らがいなくなれば、ストレスなんてなくなるっちゅーの」
突っ込みを入れて、いつもカードはごみ箱に捨てている。
今日は一仕事終えた自分へのご褒美として、デザート用のショートケーキやプリンも買ってある。
ジュースを飲みながら弁当を食べた。
子供の頃は、「甘いものを飲みながら食事をするな」と隆太郎に叱られたものである。その反動か、今はジュースを飲みながら食事をするほうが多い。
それだけではない。夜更かしや朝寝坊、テレビを一日中つけっぱなしにしたり、ゲームを何時間もやったり、昔親に禁止されていたことばかりを実行している。
隆太郎の前で頭をかきむしってフケをわざと落とすこともある。
――あんたらの子育ては失敗だったんだよ。
透は隆太郎と久美子が戸惑う様子を見て、小気味よく思っていた。
――俺を産んだことへの復讐なんだ。こんな世の中、生まれてきたくなんかなかったのに。お前らの子供にもなりたくなんかなかったのに。お前らの嫌がる生き方をしてやるからな。これ以上、お前らの望み通りの人生なんか、送ってやるもんか。
夕飯を食べ終え、透はベッドに横になった。
今日の犯行を思い返してみる。
我ながら、巣鴨でロージンを襲うのは名案だった。ロージンが大勢いるところのほうが、ターゲットはいくらでもいる。
今回は包丁は刺したまま、レインコートや野球帽は途中の駅のゴミ箱に捨てたので、荷物を何も持ち帰らないという身軽さも自分では気に入っていた。
包丁は家の近くのホームセンターで調達し、指紋を残さないよう、軍手をはめて凶行に及んだ。
犯行の後は新宿のアニメ関係の本やグッズを売っている店に行き、店員に「この本のバックナンバーありますか」と尋ねて、顔を覚えてもらえるよう、数分間やりとりをした。
精一杯考えられるアリバイをつくり、自分では完璧な計画だと思っている。
最初の犯行と違うのは、ターゲットにした老婆には何の恨みもないという点である。
まったく見ず知らずの相手を殺すのはどうかと躊躇する思いもあったが、ロージンブログの連中とLINEでやりとりするうちに、
――そんなに難しく考えなくてもいいか。
と思うようになっていた。
実際に犯行に及んでも、罪悪感も後悔もまったくなかった。
――近所でやるのはヤバいかもしれないけど、遠出した先で殺すんなら、簡単だな。またやろうっと。
透は、過去のLINEを読み返した。
みるき~
近所の公園でババアを刺しました。
浦安の公園で後ろから刺しました。
包丁を抜いたら血がいっぱい出てビックリ。
ババアをトイレの後ろに隠してきました。
いつもぼろいカートをガラガラ引いて怒鳴っている迷惑な害虫です。
これもネンキンになりますか。
胸焼け
みるき~さん、今ニュースで流れてる、浦安の公園の殺人ですね。
発見まで1日かかるとは、見事な手腕です。
ご苦労様でした。
もちろん、1ネンキンお支払いします。
下記のアドレスにご連絡ください。
munemune@×××.ne.jp
クジョレッド
いいね、勇気があるよ、みるき~さん!
俺の近所にもカートを押しながら歩いているババアが結構いる。
お前はカタツムリか?って突っ込みを入れたくなるぐらい。
そういうババアを減らしてくれたなんて、ありがたい。
代表
「包丁を抜いたら、血がいっぱい出た」って、すっげえリアルでビビりました。
ホント、自分じゃ絶対できないクジョの方法。
今度は抜かないで、そのまま逃げたほうがいいかも。
これからも、目が覚めるような害虫駆除をよろしく!
透は、このやりとりを何十回も読み返していた。
――こんなに人に誉めてもらったの、久しぶりだな。
今頃、テレビのニュースでは、巣鴨の殺人についてきっと大騒ぎしているだろう。
だが、透は事件の報道にはまったく興味がなかった。
殺した相手の名前や素性を知りたいとも思わないし、捜査の進行状況を知りたいとも思わない。ネンキンも欲しいと思わない。
ただ死んだと分かれば、それで満足だった。
――これが俺の使命なんだ。害虫を駆除するのが、俺の使命なんだ。
透は満たされていた。それはゲームをしているときや、アニメを見ているときには得られない充足感だった。
――生きがいって、こういうことを言うのかもしんないな。
透はスマホを握りしめて、うっとりと目を閉じる。
【第一部 完】




