6月 火影 ⑧
ロージンブログを見つけたのは、偶然だった。
何を検索していたのかは忘れてしまったが、ロージンブログが検索エンジンの上位に表示されたのだ。興味本位で開いてみて、老人ホームを放火したことを報告するコメントに気づいた。
――マジかよ。別に殺さなくたっていいじゃん。
最初は、そう思った。
それから数日後、コンビニに出かけたときに、店員に抗議する老婆を目撃した。
「なんでいちいち袋を分けるの? もったいないでしょうが」
「そういう決まりになってるんでえ」
大学生らしき男が答えると、
「あんたは自分の頭で考えるってことはできないの? お弁当とアイスを1つずつ買うのに、袋を別々に分けるなんて、そんなもったいない話、聞いたことない。最近の人は、ものを大事にするって考えがないんだね。なんでもかんでも、過剰に包装して」
と嫌味を言う。
――それは、冷たいものと温かいものを一緒の袋に入れたら、溶けちゃうからじゃないか。
透は漫画を立ち読みしながら、心の中で突っ込みを入れた。
男はあきらかに迷惑そうな表情をして、老婆の言葉を聞き流し、後ろに立っていた客に「お待たせいたしました」と声をかけた。
すると老婆は、
「なに、その態度。あんた、どこの学校? どうせ、三流大学でしょ? 礼儀を知らないなんて、恥ずかしいねえ。この店では、店員に礼儀を教えてないの?」
と大声で罵倒した。
男は老婆を無視して、後ろの客に「750円になります」と告げた。
老婆は苦々しい表情になり、手押しカートに袋を入れると、レジのそばに置いてある机にカートをわざとぶつけた。きれいに陳列してあったマンガ雑誌が崩れ落ちる。
「あー、何するんだよっ」
男が怒鳴っても、老婆は意に介さず、カートを押しながら店を出て行った。
――ああいうのが害虫って言うんだろうな。ロージンブログなら、退治する対象にされてたかも。
そのときは、透は他人事のように思っただけであった。
それからしばらくして、深夜にコンビニに行き、いつものように雑誌を立ち読みしていると、足に衝撃を受けて透はよろめいた。
「邪魔っ」
見ると、先日の老婆が透を睨みつけている。どうやら、カートを透の足にぶつけたらしい。
「邪魔っ」
老婆は再び言い放ち、カートを透に向かって押し出したので、体をかわしてよけた。
「ったく、そんなところにボーッと立っていて」
老婆はブツブツ言いながらレジに向かう。
透は動悸が激しくなり、思わず胸に手を当てた。
邪魔だと言われても、通路の真ん中に立っていたわけではない。透の後ろを人が通るだけのスペースはある。
――なんなんだ、あのババア。なんなんだ、あのババア。
「はあ? お箸なんていらないよ。ここに付いてるのが、あんたには見えないのかっ」
老婆は、レジを打っている中年の男に怒鳴りつけている。どうやら、今日は特別に虫の居所が悪いらしい。
――あいつは害虫だ。
透は老婆を突き飛ばしたい衝動を必死で抑えた。
――今すぐじゃ、ダメだ。ちゃんと、計画を練らないと。
カートをぶつけられた箇所は、青あざができてしまった。しばらくは、それを見るたびに、「あのババア」と殺意がふつふつと胸にわいてきた。
そして、1月28日の深夜に決行したのである。
その日も、老婆はレジで店員を罵倒していた。透は立ち読みするふりをしながら、その様子をチラチラと見ていた。
老婆が店を出ると、透もすぐに後を追った。
老婆は「よちよち歩き」という表現がふさわしいほど、ノロノロと歩いているので、距離をとりながら後をつけるのに苦労した。
歩きながら「まったく」「今時の若いもんは」とブツブツ文句を言っている。
老婆は、コンビニの近くの公園に入った。
――ラッキー。
透は興奮して鼻息が荒くなっていた。真冬なのに、手足には汗がにじむ。
深夜の公園に人影はない。透はジャンパーのポケットから軍手を出してはめ、リュックから包丁を取り出し、足音を忍ばせて老婆に近づいた。
――ゲームでも、よくこんな場面が出てくるよな。気づかれないように、敵を倒さないと。
老婆は文句を言うのに夢中なのか、背後の気配に気づく様子はない。
――1、2、3!
心の中でカウントし、体当たりするように老婆の背中を包丁で刺した。
刺したときの感触は、何ともいえない。老婆は振り向かずに、叫び声もあげずにゆっくりと崩れ落ちた。
倒れた老婆は、目と口を大きく開き、しばらく痙攣していた。透は肩で息をしながら、老婆を見下ろしていた。やがて、老婆は動かなくなった。
透は、老婆をそのままにして去ろうかと思ったが、
――すぐに見つかると、マズイかも。
と思いとどまり、老婆の足をつかんで、トイレの後ろに引っ張り込んだ。
包丁を抜こうとしたが、緊張で手の力が抜けてしまったのか、なかなか抜けない。
「ふんっ」と掛け声をかけながら抜くと、とたんに血が大量に吹き出る。顔や胸に血が飛び散り、透は小さな叫び声をあげて後ずさった。
――マズい、マズい。
うろたえながらも、返り血を浴びたジャンパーを脱いで顔を拭き、包丁をジャンパーでくるんでリュックに入れた。
今来た道を戻ると、砂利道に老婆を引きずった跡がついていることに気づく、
慌てて、足で砂利をかき寄せて、その跡を消す。
――こんなところを誰かに見られたら、マズいじゃん。
気が気ではなかった。
辺りを見渡しながら家まで小走りに帰る。深夜だったので誰とも顔をあわせなかった。
包丁は台所で洗って、包丁立てに戻しておいた。
料理好きの久美子は、道具の管理も怠らず、包丁はよく切れるように研いであった。
今でも、久美子はその包丁で料理をしているだろう。それを想像すると、「ホラー映画みたいだな」と透は少し愉快な気分になった。




