5月 飛び火②
両親の葬儀が終わって3日後、順二はアパートに戻った。
葬儀には順二の勤めている会社の部長も参列し、しばらく有休をとるよう勧めてくれたので、有り難く休むことにした。
ただ、遺品を整理した後は何もすることがなく、アパートに戻ることにした。
「もうこの家を見るのはこれが最後かもしれないから。覚悟しとけよ」
帰り際に一博に言われた一言が、胸に堪えた。
いつでも帰れるのだと思っていた家が、なくなる――順二が中学生の時に建てた、自宅兼作業場である。一階は作業場、二階が事務所、三階から五階までが自宅になっている。
当時はビルに住んでいるのが誇らしかった。友人を招いたときに「カッコイイなあ」と言われると、「そうでもないよ。階段の上り下りが大変だよ」と照れ隠しで答えたものである。
ビルを建てたときはバブル真っ盛りで、銀行からしつこく勧められて3億円もかけてビルを建てたのだと、ずいぶん後になって知った。
バブル崩壊とともに、ビルは夢の城から借金の重石へと変わった。それ以降はメンテナンスをする余裕もなく、今ではコンクリートはあちこちひび割れ、階段の手すりは錆びつき、外観もみすぼらしくなっている。
今は無性に、ビルを建てる前に住んでいた古い一戸建を懐かしく思い出す。
あのころが一番、幸せだったのではないか――譲り受けたアルバムをパラパラとめくりながら、順二は感傷に浸っていた。
そうしている間にも、スマホにはメールがひっきりなしに届く。
会社の同僚や上司のほか、あまり親しくなかったクラスメイトからも、「大変だろうけど、頑張って」といった励ましのメールが続々と届く。
両親と祖母の心中は、ニュースやワイドショーで「老老介護の悲惨な結末」として取り上げられていたからだろう。何社かのテレビ局は、わざわざ自宅まで来て、近所の住民にインタビューをしたらしい。
「仲のいい親子でしたね。おばあさんを散歩につれて行っている姿を、よく見かけました」などと、インタビューに応じている人がテレビに映し出されていた。
「有名人でもないのに、ほかにネタはないのかよ」と一博はあきれていた。
順二はメールをチェックするうちに、腹が立ってきた。
――なんだよ、こいつら、人の親の死に好奇心満々って感じでさ。もう何年も会ってないやつにメールもらっても、嬉しくも何ともないよ。あー、咲からも来てる。『今度、飲もうよ』って、何考えてんだ、こいつ。俺をフッてさっさと結婚したくせに。子供もいるくせに、飲もうよじゃないだろうが。
返信メールを書こうとしたが、面倒になってやめた。
ツイッターにもお悔みツイートがいくつか届いている。
――ツイッターで簡単に報告しておくか。会社や取引先の人もフォロワーになってるし。会った時にいちいち説明すんのも面倒だし。
順二はツイッターにアップする文面を打ち始めた。
一週間前、親父とお袋とばあちゃんが亡くなったって知らせがあった。練炭での心中だった。警察まで遺体を確認しに行った。三人並んで寝かされていた。つらかった。
心中の理由は、老老介護。オヤジとお袋は60代で、ばあちゃんは80代。ばあちゃんは認知症になってた。正月に会ったときは、ちょっと物忘れがひどくなってるなって感じたけど、普通に会話もできてたから大丈夫だって思ってた。
ここ数か月で、痴呆がかなり進んでたらしい。老人ホームに入れたくても、放火の件で新規は断られて、親父もお袋も相当悩んでたらしい。ばあちゃんは徘徊して、あちこちで迷惑をかけてたみたいだし。
でも、死ぬことはないよな。家族みんなで力を合わせたら、なんとかできたかもしれない。でも、家業がうまくいってないこともあって、追い詰められてたらしい。遺書で何度も「ごめんなさい」ってお袋が謝ってた。泣いた。
老人ホーム落ちた、日本死ね。40万人も、ホームに入れなくて困ってるんだろ?待機児童も大変だけど、数年経ったら小学校に入れる。でも、老人ホームに入れなかったら、家族は亡くなるまでずっと介護しなきゃいけないんだ。そっちのほうが深刻じゃないか。
選挙のときは公約で待機老人ゼロを掲げる政治家もいるし、オレもそういう人に投票した。でも、何も変わらない。だから、日本死ね。オレの親とばあちゃんは死んだ。
連続して投稿してから、畳に寝転んだ。
何もしないでいると、両親の最期の姿が脳裏に浮かぶ。もう二度と開かない瞼。息をしない口元。体温をなくした体――。
――オレたち、これからどうなるんだろうな。
天井を見上げてあれこれ考えているうちに、そのまま寝入ってしまった。
スマホのバイブが何度も震えていることに気付き、目を覚ました。
見ると、「○○さんがリツイートしました」というメッセージが次々に届いている。
「えっ、えっ、なんだこれ」
自分のツイートを開くと、さっきの投稿を2000人以上のユーザーがリツイートしていた。それをチェックしている間も、次々とメッセージが届く。
「これがバズるってことか」
今までのツイートは、多くてもせいぜい10人ぐらいにしかリツイートされたことはなかった。たいてい、身内や知り合いである。
それが、まったく知らない人たちが自分のツイートを読んでいるのだ。コメントもたくさんついていた。
SADAOKAさん、お悔やみ申し上げます。ご家族をこのような形で亡くされて、どんなにつらいことでしょう。どうか、無理をなさらず、ゆっくり休んでくださいね。
うちのじーちゃんも待機老人です。ヘルパーさんの手を借りながら、なんとか自宅で介護してるけど……お袋がボロボロになっていてヤバい感じ。ホント、日本死ねよって感じ。
お悔やみ申し上げます。待機老人ゼロは、民衆党も公約で掲げています。昨年は私の地元、埼玉で12棟の特養が新設されました。まだまだゼロにはできませんが、SADAOKAさんのような思いをするご家族を一人でも減らすために、今後も邁進します。
テレビでよく見かける政治家もコメントをつけていたので、驚いた。
それに対して、「こんなときに売名行為かよ」「埼玉の特養の情報、必要ないじゃん」と既にいくつもの批判コメントが集まっている。
「すげえ、すげえ」
順二は興奮しながら、すべてのコメントに目を通した。
ふと、あるコメントが目に留まった。
誠にご愁傷様です。私も親を心中で亡くしているので、お気持ちはよく分かります。身内を心中や不慮の事故で亡くした人たちで家族会をつくっているのですが、一度会合に参加してみませんか?同じような痛みを抱えている人たちの話を聞けば、少しは心が軽くなるかもしれません。
それは、「消化不良」という変わったハンドルネームの人からのメッセージだった。
「家族会か……」
――今すぐは参加する気になれないけれど、落ち着いたら出てみてもいいかもしれないな。他の人の話も参考になりそうだし。




