5月 飛び火③
ゴールデンウィーク直後のうららかな日。
蒲田駅近くの道路に大型の観光バスが停まり、乗客が集まるのを待っていた。
すでに乗り込んでいる乗客は、まるで遠足に行く子供のようにはしゃいでいる。
「最近のバスはすごいわねえ」
「ねえ、サロンまでついていて、あそこでカラオケもできるんでしょ?」
「あら、柴田さんたち、さっそくビールを開けてる!」
「おーい、まだ出発もしてないのに、酒盛りには早すぎるでしょう」
車内は笑い声で包まれた。
「ハイ、皆様、おそろいでしょうか」
ややあって、女の添乗員が乗り込んできて、マイクを握った。
「私、今日、皆様のご案内をさせていただく、陣内理美と申します。色々不慣れな点もあると思いますが、よろしくお願いいたします」
理美がぺこりと頭を下げると、とたんに拍手が起こり、「いよっ、理美ちゃん、かわいいねっ」「一緒にカラオケで歌おうよ!」と声がかかる。
「もう、やめなさいよ、みっともない」
女性陣が眉をしかめると、
「理美ちゃん、みっともないおじさんばっかで、ごめんね! 今日は大変だよっ」
と誰かが声をかけ、乗客はどっとわいた。
「ありがとうございます。出発に先立ちまして、いくつかのお願いごとがございます」
説明を始めると、乗客のほとんどは理美の話を聞こうとせず、菓子をつまんだり、おしゃべりに興じている。理美は心の中でため息をつきながらも、にこやかに説明をした。
その最中、無線で事務所とやりとりをしていたらしい運転手の顔が、みるみる険しくなっていく。
「えー、次はトイレ休憩についてですが」
「爆弾ってどういうこと」
「ハイ?」
理美は運転手のほうを向いた。
「このバスに? 爆弾が? 本当に?」
運転手の緊迫した声が、前の座席に座っていた乗客の耳に届いた。
「え、何? 何?」
「何だって?」
「ちょっと、聞こえないから、静かにして!」
ただならぬ雰囲気に、乗客がようやく話をやめたとき、運転手は立ち上がり、
「今、事務所から無線で連絡があって、このバスに爆弾をしかけたという電話がかかってきたそうです。皆さん、落ち着いて、バスから降りてください」
と車内に響き渡る声で伝えた。
車内は水を打ったように静まり返る。理美は、突然の出来事にマイクを握ったままフリーズしていた。
数秒後、ひきつった顔の乗客が乗車口に殺到した。
運転手は突き飛ばされて運転席に転がり、階段の近くに立っていた理美は押されて、悲鳴をあげながら階段を転がり落ちた。
道路に転がり落ち、うめいている理美の上を、乗客たちは踏みつけながら通っていく。なかには、理美の体につまずいて転ぶ乗客もいた。
「皆さんっ、落ち着いてっ、押さないでっ」
運転手が必死に叫んでも、「どけっ」「早く降りろよっ」「やめて押さないでっ」という怒号にかき消されてしまう。
「ちょっと、押さないで、押さないで……あーっ」
悲鳴とともに階段にいた乗客が将棋倒しになり、道路に頭から落ちる乗客もいた。
「た・大変だっ」
運転手は、慌てて無線を取り上げた。
クジョイエロー
蒲田駅前で、スター観光の日帰り旅行に行くバスに爆弾をしかけたと電話した。
ジジババがウジャウジャいて、いつもウザいんだよね。
ちょっと脅かすつもりだったんだけど、なんだかすごい騒ぎになっちまった。
救急車が何台も来てるよ。
もしかして、ネンキン案件かも。
胸焼け
ニュースを見ました。
どうやら、大田区の職員のOB達の団体旅行だったみたいですね。
バスガイドさんが巻き添えにあってるのが残念ですね。
ただ、不可抗力ですから、ネンキンはお支払いしますよ。
クジョイエロー
そうなんです。
まさか、バスガイドさんまで巻き込まれるとは思ってなくて。
逃げようとするジジババに押されて階段から落ちちゃったみたいで。
ジジババが、女の子を踏んで逃げてた。
あの子、助かるといいんだけど。
クジョブルー
ロージンが女の子を踏んで逃げたあ?
そりゃあ、許せん。
老先短い自分より、未来ある若者を先に逃がせよ。
かわいそうに。
胸焼け
速報が出ましたね。
乗客の女性、2名が死亡と出ています。
バスガイドさんは生きてるみたいですね。
とりあえず、2ネンキン確定です。




