4月 火花④
「なんてこった、ちくしょう」
幸輔は、何度目かわからないセリフを口にした。
パソコンを前にして、頭をかきむしる。
何度『もしも世界からロージンが消えたら』で検索しても、ブログはヒットしない。ほかのキーワードで検索しても、一向に出てこない。ブログは、たった一夜にして消えてしまったのである。
「昨日、家に帰ってからあのブログを見ようとしたんです。その時には、すでになくなっていて……」
「何時頃だ」
「えーと……11時過ぎですね」
「なんで、よりによって昨日でなくなっちゃうんだよ」
「分かりません……」
「お前、どんなコメントを送ったんだ」
幸輔は神戸を睨みつけた。
「え、あの……近所にうるさいババアがいて困っている、害虫退治してほしいって投稿したんです」
神戸はうろたえながら答えた。
「そのコメントに対する反応は」
「クジョレッドってヤツが、相談して後で連絡するってコメントで言ってました。怪しがられている雰囲気はなかったんですが……」
「じゃあ、なんでブログがなくなったんだ?」
「さっぱりわかりません」
「あー、もう」
幸輔は、そばにあったゴミ箱を蹴飛ばした。ゴミ箱が倒れて、中のゴミが散らばる。神戸が慌ててかき集めた。
「それで、どうしますか」
「どうもこうも、消えうせたんなら探しようがないだろ」
――警察功労賞は、もろくも消え去ったな。
幸輔は気持ちを切り替えるために、大きく息を吐いた。
「あそこに書いてあった案件を調べてみて、どうだった?」
「かなり量が多かったので、途中までなんですが……放火事件のほかに、一致するだろうと思われるコロシは、8件ありました」
神戸が資料を手渡した。
「でも、本当にカネが取引されていたかどうかまでは分かりません」
「そうだよな」
幸輔は資料をパラパラとめくり、ふと手を止めた。
「これ、隣の日の出町で起きてるな。2ヶ月前か」
幸輔は資料に目を通した後、担当者に話を聞くために受話器を取った。
***************
「おまわりさん」
子供の声に、直行は振り向いた。
見ると、4・5歳ぐらいの幼女が、折りたたみの傘を持って立っている。その後ろでは、幼女の母親らしい女が笑みを浮かべて見守っている。
「これ、落ちてたの」
幼女が折りたたみ傘を直行に差し出した。
「ありがとう、偉いね」
直行は腰をかがめて、両手で傘を受け取った。幼女の顔を見て、微笑みかける。
「横断歩道を渡ったところに、落ちてたんです」
母親が、拾った場所を指し示した。
「わかりました。こちらで預かります」
幼女は母親に手をひかれ、直行に手を振りながら去って行った。直行も笑顔で手を振る。
立川の住宅街近くの交番。直行は入口前に立ち、通行人を見張っていた。
直行は立番が好きだった。
制服を着ているだけで市民よりも格上のように扱われ、年配の人でも敬語を使って話しかけてくる。
なかには、直行と目が合うと、気まずそうな顔をする者もいる。直行が睨むと、こそこそと逃げるように立ち去るのだ。
自分の権威を実感できるので、直行は喜んで立っていた。
「森山、そろそろパトロールに行こうか」
先輩に呼びかけられ、直行は「ハイッ」と元気よく答えた。
「北小のあたりを見回ってくれる? 昨日の夕方、不審者がいたって通報があって行ってみたんだけど、誰も見つからなくてさ。今日もいるかもしれない」
「わかりました」
直行は自転車にまたがり、住宅地に向かって漕ぎだした。
住宅地の中には、小さな公園がある。幼稚園ぐらいの子供たちが5・6人、駆け回って遊んでいる。母親たちはベンチでおしゃべりに興じている。
直行は自転車を止め、周囲を見回した。とくに怪しそうな人物は見当たらない。
「あら、おまわりさんだ」
母親の一人が直行に気づき、指さした。直行は軽く会釈して公園に入り、母親たちに挨拶した。
「昨日、北小のあたりで不審人物を見たっていう通報があったんです。この辺で、不審人物は見かけませんでしたか」
「ええー、北小で?」
「うそお、やだあ」
「うちすぐ近くだよ、どうしよう」
直行の言葉に、母親たちは動揺した。直行はベンチ近くの砂場で遊んでいる少女二人をじっと見つめた。
「何作ってんの?」
少女たちに声をかけながら近寄った。
「えるさちゃんの家」
「まおちゃんはね、プール。けろちゃんとえるさちゃんが泳ぐの」
「ふうん」
一心不乱に砂の山を作っている二人の横に、少女の人形とカエルのぬいぐるみが転がっている。おそらく、それがえるさちゃんとけろちゃんなのだろう。
直行はしゃがみこみ、しばらく遊んでいる二人の様子を観察していた。
「おまわりさん、不審者ってどんなやつなんですか?」
母親の一人に尋ねられ、直行は腰を上げた。
「実は、まだよく分かってないんです。通報を受けて現場に行っても、誰もいなかったので」
「そうなんだ、怖いなあ」
「誰か見かけたら、警察に連絡をください」
「ハーイ、わかりました」
母親たちは声をそろえて答えた。
直行が公園から出ようとすると、
「ねえ、あのおまわりさん、結構イケメンだね」
と囁き合う母親たちの声が耳に届いた。
直行は苦笑し、自転車にまたがって公園から去った。
「醜いブタたち」
直行は自転車をこぎながら、つぶやいた。
――女ってのは、何でああも年をとると汚くなるんだろ。メイクでごまかしきれないほど肌が荒れていて、体型も崩れてて。女を捨ててるって感じ。人妻がいいっていう先輩もいるけど、俺はぜんっぜん興味ないね。気持ち悪ぃ。それに比べて、あの少女たちの可愛らしさときたら。母親がいなかったら、キスしたいぐらいだね。
小学校に着いた。
体育の授業をしている最中で、校庭では体操着姿の子供たちが並んでいる。
直行は自転車でゆっくりと学校のまわりを廻った。とくに不審者らしき人物は見当たらない。
そのとき、ポケットでスマホが震えた。
知らない女からLINEでメッセージが届いている。
ユカです 1ヶ月前に国分寺で会ったの、おぼえてる? また会いたいな
絵文字入りで読みづらい。
――こいつ、誰だっけ?
はじめは迷惑メールかと思ったが、1ヶ月前に国分寺で会ったというのがやけに具体的である。しばらくメールを見ながら考えているうちに、思い出した。
「なんだ、あの中坊か」
それは、出会い系サイトで知り合った少女だった。
おそらくにきびを隠しているのだろう、不自然なほどファンデーションを厚く塗っていた。
サイトには17歳と書いてあったが、体型的にはもっと下に見える。直行が問い詰めると、渋々「14歳」と白状した。
もちろん、少女はそれが初めてではなかった。
直行は中学生とセックスしたのは初めてだったが、感動も何もなかった。おそらく、肉やジャンクフードばかり食べているのだろう。肌は荒れているし、体臭がきつく、閉口した。
男の体に慣れているのも興ざめだった。途中で気持ちが萎え、3万円を渡して、さっさと別れた。
――また小遣い欲しさに援交かよ。二度と会う気はないけどね。
顔を上げると、校庭では子供たちが駆けっこをしている。直行はメールを打つふりをしながら、さりげなくそちらにスマホを向けた。
金網越しに、何回かシャッターを切る。撮った画像を、すぐにチェックした。
体操着姿で座り込んでいる少女、走っている少女、友達とじゃれている少女……どれも少女の姿が映っている。
直行は再び自転車にまたがり、パトロールに出かけた。
――やっぱり、今の女はダメだ。中学生でダメになってるんだから、いいのは小学生までだろうな。小学生とはまだやったことないけど、どんなんなんだろ。すっげえ、いいんだろうな。




