3月 埋み火⑧
「はあ? テレビ?」
電話の向こうで、しばらく大吾は考え込んでいるようだった。
「それって、京子が出るってこと?」
「そう」
「なんで、急にそんな話が出るわけ?」
「だから、安藤さんの知り合いがね、テレビの制作会社に勤めてるんだって。介護の番組をつくることになって、現場で働いている若い人で、インタビューできる人を探してるんだって」
「でも、京子は今、働いてないじゃん」
「うん、私もそう言ったんだけど。二か月前までは働いてたから、大丈夫だろうって」
「よく分かんないな。ほかにも、介護の仕事してる若い人はいるのに。なんで、京子なんだろ」
「それは、私も分からないけど……」
京子は次第にイライラしてきた。てっきり大吾は、「すげえ、テレビに出んの?」と驚いて喜んでくれるのかと思っていたのだ。喜ぶどころか、大吾の声は訝しげである。
「その人、大丈夫なの?」
「え?」
「その、安藤って人。本の企画もその人が持ち込んだんでしょ? テレビの話だってさ、何で京子を推薦したのか、怪しいんだけど」
「別に、怪しい人じゃないよ。テレビは本の宣伝になるからって」
「だとしたら、そいつは自分が儲けるために京子を利用してるんじゃないの? そいつにも印税が入るんでしょ? 宣伝して、本が売れれば自分も儲かるからって、勝手に京子を売り込んでんじゃないの?」
「そんなひどい人じゃないよ」
思わず京子は声を荒げた。
「大吾は会ってないから、わかんないかもしれないけど。人の話をよく聴いてくれるし、私の印税の半分を前払いしてくれるよう、出版社の人に相談してくれたんだから」
「はあ? そんなことまで頼んだの? まずいよ、そういうの」
「なんで?」
「たいして親しくもない人に金銭的なことを頼むなんてさ」
「別に、安藤さんがお金を貸してくれるわけじゃないよ? 出版社の人に頼んでくれただけだから」
「でもさ、出版社の人と契約してるのは京子でしょ? だったら、自分で頼むべきなのに。なんで、そいつにそんなことをお願いするんだよ」
「私から頼んだわけじゃないよ。生活が大変だったら、僕から相談してみましょうかって言ってくれたから、それならお願いしますって言っただけで」
「そいつ、怪しいよ、なんか。下心があるんじゃないか?」
大吾の声が大きくなった。
「そんなことないよ」
「話を聞いてる限り、怪しい臭いがプンプンするんだけど」
「勝手に決めつけないでよ。大吾は会ってないから、そう感じるだけだってば。ホントに、いい人なんだから」
「京子は、そうやってすぐ騙されちゃうんだから。肩書きに弱いんだよな」
「何よ、それ」
京子の声がとんがった。
「テレビ見てても、この人はテレビに出てるから、偉い人なんだっていつも言ってるよね。料理番組見てて、俺がこの料理人の料理はまずそうだって言っても、そんなことない、NHKに出てるぐらいだから、おいしい料理を作るから選ばれたんだって、よく言うじゃないか。俺が、そばにキムチを入れちゃ、そばの風味がまったくしなくなるって言っても、そういう食べ方もアリなんだとか言ってさ」
「それと安藤さんのこととは、関係ないじゃない」
「いや、関係あるよ。京子は、そいつがマスコミの人間ってだけで、騙されてるんだよ」
「騙されてないっ」
「とにかく、そいつの話は聞かないほうがいいよ。本の取材だけで、後は適当に受け流しといたほうが安全だって」
「大吾には関係ないよ、これは私の仕事なんだからっ」
最後は叫ぶように言って、電話を切った。
――最近、ケンカしてばっかだから、久しぶりに明るい話ができると思ったのに。台無しになるようなことばっか言って、信じらんない。
スマホをベッドに放り投げ、自分も身を投げ出した。
――もう、終わりなのかな。
こういう場面になると、いつもそんなセリフが胸に浮かぶ。分かり合えない、もどかしさや寂しさ。それは、今まで付き合ってきた人にも感じていた。
――大吾とは、分かり合えると思ったのに……でも、今は一人になりたくない。仕事がないのに、別れて一人ぼっちになったら、立ち直れなくなりそう。
京子は目を閉じた。
大吾から電話がかかってくる気配はない。
以前は、ケンカをして京子が一方的に電話を切ると大吾はすぐに電話をかけてきて、「話し合おう」と提案してくれた。それから意見をぶつけあい、最後には仲直りするのだった。
最近は、ケンカの後に大吾から電話がかかってこなくなっていた。
かといって、京子から電話をかける気にもなれない。それは大吾の役割だ、と心の底で京子は思っていた。
――テレビの仕事は引き受けよう。大吾が何と言おうと。
京子は天井をにらみながら、そう決意した。
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「ハイ、お疲れ様でした」
プロデューサーの声に、京子は我に帰った。
テレビの取材を承諾した翌日に邦雄から電話があり、制作会社はすぐに取材をしたがっていると伝えられた。そして、三日後の今、制作会社のオフィスにある会議室で、京子はカメラの前に座っている。
ライトを当てられ、カメラが京子に向けられている。
最初は緊張して顔がこわばり、声も震えてしまった。
プロデューサーは気さくな性格で、京子の緊張をほぐそうと冗談を言ったり、答えやすい質問を投げかけてくれたので、撮り始めて10分もすると、自然に話せるようになった。
「最初はどうなることかと思ったけど、途中からすっごくいいインタビューになったねえ」
プロデューサーは禿げあがった頭を手で何度もなでた。
「桂木さんは美人だから、テレビ映えもするし。もしも興味があるなら、今後もちょくちょく出てみませんか。うち、今この手の高齢者関係の番組を任されることが多くて。桂木さんのようにしっかりと意見を持った人なら、安心してインタビューを頼めるなあ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
京子は頭を下げた。部屋の隅では、満足そうに邦雄が微笑んでいる。
急な取材に応じたことに何度も感謝しながら、
「放映日が決まったら、お知らせしますね」
とプロデューサーはにこやかに言った。
京子と邦雄は制作会社を後にした。
「私、ちゃんとしゃべれてました? もう、もう、頭の中、真っ白で」
京子は興奮冷めやらぬまま、何度も邦雄に尋ねた。
「しゃべれてましたって。大丈夫ですよ」
邦雄は、そのつど笑いながら答えていた。
駅に向かう途中、「ちょっとお茶していきませんか」と、邦雄は喫茶店の前で立ち止まった。京子は頷き、邦雄の後について古びた喫茶店に入った。
喫茶店に入ってからも、しばらくは今日の撮影についての感想を言い合っていた。
「彼も言ってたけど、桂木さんはテレビ向きですよ。自分の思いを伝えるのが上手だし」
「そんなことないですよ。大吾からは……あっ、大吾は彼氏なんですけど、よく落ち着いて話せって言われます。パニックになると、単語しか出てこなくて」
「それじゃあ、今日の撮影は、冷静だったんじゃないですか」
「そんな、編集するのが大変ですよ、きっと」
頼んでいたコーヒーが運ばれてきたので、二人はしばし口を閉じた。
ややあって、邦雄は急にマジメな顔つきになり、
「桂木さん、一緒に事務所を始めませんか」
と切り出した。
突然の話に、京子は「は?」と返してしまった。
「介護の分野にいる若い人を、多くのメディアで探してるんじゃないかっていうのが、僕の読みで。今後、取材が増えていくなら、きちんとした事務所を構えるべきじゃないかって思って。今は桂木さんには連絡をとる窓口がないでしょ。僕は、今はフリーランスで活動していて個人事業主みたいなもんなんだけど、仕事が増えてきたから、きちんと事務所を開いてバイトでも雇おうかと考えてて。せっかくだから、一人より二人で事務所を開いたほうが、色々と便利なんじゃないかって考えてるんです」
「急にそんなことを言われても……」
「もちろん、すぐに返事が欲しいわけではないから。考えておいてください」
「でも、取材とか、そんな来るとは思えないし」
「そんなことないですよ。事務所をつくってホームページも作って公開したら、あちこちから取材が来ますよ。みんな、桂木さんのような人にコメントをもらいたいんですよ」
「私、そんなに話せないし……」
「さっき、彼が美人だからテレビ映えするって言ってたでしょ。その通りだって思いますよ。桂木さんのように清楚な美人は、絶対に人気が出ますから。だって、ネットでも話題になったんでしょ?」
「ええと……」
邦雄から顔を誉められて、京子はどう反応すればいいのかわからなかった。
――もしかして、この人、私のことを好きなのかな。
そう思い至ったら、体中が熱くなった。
男から好意を寄せられるのは、大吾とつきあってから、ほとんどなかった。久しぶりで、こそばゆい感じがする。
「ごめん、ちょっと、先走りすぎちゃったかな」
邦雄がトーンダウンしたので、「あ、いえ、ちょっと考えてみます」と京子は微笑んだ。




