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曇天。  作者: 凪


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3月 埋み火⑥

 好美から元の自宅の住所を教わり、京子はすぐさま昭島に向かった。

 元の家は、昭島駅からバスで20分ほどの、畑に囲まれたのどかな住宅地にあった。いつの間にか風が強くなり、京子は目に砂埃が入らないよう、俯いて歩いた。


『山本』という表札を見つけ、チャイムを押すと、出迎えてくれたのは美園ホームの入居者の児玉みつだった。


「あらあ、京子ちゃん、お久しぶり」

 みつは顔をほころばせて、杖をつきながら門まで出てきた。


「児玉さん、お久しぶりです」

 京子は軽く頭を下げた。


「お葬式のお手伝いに来られたんですか?」

「違うのよ。私たち、ここの家に住まわせてもらってるのよ」

「ええ!?」


 とりあえず中に入るよう促され、玄関で靴を脱いでいると、みつは「京子ちゃんが来たわよ」と中に声をかけた。すると、好美と、同じく入居者だった横村三郎が奥から顔を出した。


「いらっしゃい」

「元気そうだねえ。少し痩せたんじゃないか」


 事情が分からずに戸惑っている京子を、好美が「詳しいことを話すから」と招き入れた。

 好美は最後に会った時より白髪が増え、顔の艶がなくなり、目元のしわが増えて一気に老けこんだように感じた。


 ――やっぱり、ホームが閉鎖されるのがショックだったんだ。


 京子は心中を察した。

 和室に入り、京子は腰を下ろした。みんなで昼食を食べていたらしく、テーブルの上には煮物や漬物、茶碗やみそ汁が入った椀などが並んでいた。


「京子ちゃん、お昼まだでしょ? 今、京子ちゃんの分も持ってくるからね」

 みつが台所に立った。


「あの、元さんの奥様は」

「今、二階で横になっているの。とても起き上がれるような状態じゃなくて」


 好美が声をひそめて言った。


「息子さんはNPOの活動でアフリカに行ってるし、娘さんは四国に嫁いでて、小さいお子さんが二人もいるから、こっちに出てくるまで時間がかかるらしいの。だから、私達で通夜やお葬式の準備をしようと思って」


「恩返しにね」

 三郎がポツリとつぶやいた。


「あの、児玉さんがここに住んでるって」

「みつさんだけじゃなく、三郎さんもね。今、二人のご家族が、一緒に住むかどうかで話し合ってるの。最初は都の施設に入ってたんだけど、ずっとは面倒見られないって追い出されちゃって。ほかのホームに入居しようにもお金がないし。それで、元さんが、行先が決まるまで自分の家にいてくださいって提案したんだって」


 好美が事情を説明している時、みつが京子の分の料理を運んできた。


「うちらはまだ元気なほうで、つきっきりで介護しなくていいからね。元さんはね、子供がいなくなって部屋はあいてるから、うちに来ませんかって言ってくれたの。自分たちが2階に移って、私たちには1階のこの部屋を使わせてくれて。自分の部屋のようにくつろいでくれって、言ってくれてねえ」


「まさかこんなことになろうとはねえ」

 みつと三郎は深いため息をついた。


「一昨日の夜、散歩に行ってくるって出かけたきり、帰ってこなかったのよ。だから、昨日、警察に捜索願を出したらね、森で首をくくっているのを見つけて」

 みつはそこで辛そうに言葉を切った。


「私達も、ここを出て行かなきゃね。奥さんしかいないのに、私達が居座っていたら余計に心労がかさんじゃうし」

「とはいうものの、どこに行けばいいんだか。息子も、本当に引き取ってくれるのか分からないしねえ。それにしても、実の子供に引き取ってもらうなんて考えること自体、めげるよねえ。犬や猫じゃないんだからさ」


 三郎は長いため息を吐いた。重い沈黙が部屋を覆う。

 京子はとよの最期の言葉を思い出していた。


 ――私には帰る場所がない。


 涙ながらに訴えていたとよ。


 ――とよさんは、こうなることがわかっていたんだ。やっぱり、あの火事で亡くなってよかったのかもしれない。ううん、そうするしかなかったんだ。


 京子は箸に手をつけられなかった。

 風が窓を激しく叩く。その音が静まり返った部屋に高く響いた。



 元の通夜は、自宅でひっそりと行われた。本人が遺書でそうしてほしいと書き残したのだという。

 近所の人がちらほらと焼香に訪れた以外は、元の妻とみつと三郎、京子と好美とで老僧が読み上げるお経を聴いていた。

 元の妻は見るからに憔悴しきっていて、痛々しい。声をかけるのも憚られるほどだった。


「私、北海道に帰るわ」

 好美は通夜が始まる前に、ポツリとつぶやいた。


「東京では働く場所がないからね。私ぐらいの年になったら、普通の企業に就職するのは無理だし、コンビニでバイトするのも、今更だしねえ。お母さんは兄ちゃんの家族と一緒に暮らしてるんだけど、戻って来いって兄ちゃんも言ってくれたから。北海道で畑仕事でもするわ。まあ、田舎では40代の独身女性は肩身が狭い思いをするんだろうけど、仕方ない。こうなっちゃね」


 京子は何も返せずに黙って聞いていた。

 お経を聞きながら、京子は元の遺影に向かってひたすら祈っていた。


 ――お願いします。もうこれ以上、ここにいる人達が苦しまないように、天国から見守ってあげてください。もうこれ以上、誰も苦しまないように。



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