3月 埋み火⑤
「今日で2回目の取材ですね。少しは慣れましたか?」
邦雄はやわらかく微笑みかけた。
「ええ、少しは。この間はボロボロでしたよね、私。原稿にするのが大変ですよね」
「そんなことないですよ。桂木さんの言いたいことは、よく分かりました。ただ、一緒にいた田口さんの質問が、ちょっと答えづらいようなのばっかりだったでしょ。日本の福祉の問題点についてどう思っているのかなんて、いきなり大きなことを聞かれても、すぐには答えられないだろうし」
「そうなんです」
「田口さんは今まで政治関係の硬い本を担当していたから、ああいう聞き方になっちゃうみたいなんだな。ま、今日からは僕一人で取材することになったんで、気楽にいきましょう」
「ハイ」
京子は邦雄と話しているうちに、心が和んでくるのを感じた。邦雄はすぐに打ち解けて話せるような独特の雰囲気がある。
――こういう人柄の人って、いいな。
京子は初対面の時から、邦雄に好印象を抱いていた。
「実は、昨日、面接だったんです。秩父の老人ホームまで行ってたんです」
「へえ、秩父まで。桂木さんなら楽勝でしょう」
「それが、そうでもなくて。一週間前も長野で老人ホームの放火がありましたよね」
「ありましたね。これで老人ホームの放火は8件目でしょ、確か」
「ええ。それで、警備員を24時間配置しようって話が出てるそうなんです。それだと人件費にお金をかけられないから、正社員では雇えないって言われて……しばらくバイトで通ってほしいって言われたんです。それだと電話で聞いた話と違うから、断るしかなくて」
「せっかく秩父まで行ったのに。大変でしたね」
先月末の大山での老人ホームの放火事件の後、上信越で1件、関西で2件、東北で1件、九州で1件老人ホームが襲われ、全国に飛び火している状態だった。
入居を取りやめる老人や、契約を解除して家に戻ろうとする老人が相次ぎ、各地の老人ホームはパニックになっているという。京子が職探しのために電話をしても、「それどころじゃない」と即座に断られることが相次いだ。
邦雄は腕組みをして考え込んだ。
「どこのホームも元々人手不足なんでしょう? それなのに、訳のわからんやつに放火されるから、警備員を雇わなきゃいけない。それじゃあ、入居している人たちは満足なサービスを受けられない。かといって、警備員を雇わなきゃ安心して眠れない。なんのために高額のお金を払って老人ホームに入ったのか、ってなりますよね」
「でも、家に戻れない人も多いんです。子供に同居を拒まれている人は、家に戻るとつらい立場になってしまうし。それに、痴呆が進んでいる人は、やはり家でも引き取りづらいし。そんなに簡単な問題ではないんですよね」
「今の時代、歳をとるって、こんなに不幸なことなのかなって思っちゃいますよ。老老介護で絶望して心中する親子とかもいるでしょ。今まで一生懸命生きてきた老人に未来のない国って、こんなに残酷な話はないですよ。まともに生きられるのはせいぜい60代まで。それ以降は国にも子供にも見捨てられ、世間の隅の隅に追いやられてしまう。これじゃあ、早く死ねって言ってるようなもんですよね。やっぱり、政治が劣化してるんだろうなあ。与党は高齢者寄りの政策ばっかり考えてるって言われてるけど、実際は老人の生活って苦しくなるばかりだし」
京子は邦雄の言葉を少々驚きながら聞いていた。
「おっと、ちょっとしゃべりすぎちゃったかな」
邦雄が慌ててカバンの中から取材道具を取り出した。
「いえ、あの、私の周りにはなかなかこういう話をする人っていなくて。老人ホームでは、園長とかはそういう話をしていたんですけど」
「まあ、取材で色々な人に会ってますからね。受け売りです」
邦雄は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「それじゃあ、今日は会社を勤めながら専門学校に通っていた話から始めましょうか」
京子は「ハイ」と微笑んだ。
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元に会って2週間ほど過ぎたころ、好美から電話がかかってきた。
好美は沈んだ声で、「元さんがね、自殺したの」と切り出した。
「ええ!?」
「入居者を別の施設に移すのに、かなり苦労してんのよね。元さんや理事長の昔からの知り合いがいるところに、何とか頼み込んで何人か入れてもらったんだけど、なかなか引き受けてくれる施設がなくて。引き取りたくないっていう家族も多くて、話し合いをしようにもできない状態でね。自治体からも『いつまでも施設で預かってられない』って言われて、相当悩んでいたみたい」
「そんな……」
京子は絶句した。最後に会った時の元の後ろ姿が脳裏をよぎる。
――あの時も、かなり思いつめていたのかもしれない。
「自宅に電話したら、奥様も相当取り乱してるのよね。で、お葬式のお手伝いをしようかって思ってるんだけど、京子ちゃんはどうする?」
「行きます、私もお手伝いします」
京子は即座に答えた。




