↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/14

不敗の聖女~前編~

前編 不敗の聖女が生まれるまで


序章 教科書


ずっと後の時代の歴史の教科書に、その反乱のことは三行だけ書かれている。

転生者による改革によって様々な税が撤廃され、民衆の暮らしは大きく改善された。 しかし改革を利用し、その名をかたって私腹を肥やす者がいた。 民衆はこれに反抗し、多くが犠牲となった。不正を働いた者は、のちに転生者によって残らず処罰された。

書かれていることに、間違いはない。


一 麦畑の娘


村の娘の朝は、パンを切るところから始まる。

厚く三枚。父の分と、弟二人の分。自分の分は端を薄く。それから梯子を半分上って、屋根裏の毛布を剥ぐ。

「ほら、二人とも。起きなさい」

「あと少し」

「少しって言って、昼まで寝てたのは誰」

二人を井戸へ追い立て、父と畑へ出る。夏の終わりで、麦は重く垂れていた。刈り入れの日には村じゅうが同じ畑に出て、同じ歌を歌う。麦刈り歌である。誰が作ったのかは誰も知らない。家ごとに少しずつ歌詞が違い、毎年どこかで言い争いになる。

日曜日には教会へ行く。神父は、娘が洗礼を受けたときから同じ人だった。説教は長く、ときどき同じ話を二度する。

説教のあとで、神父が言った。

「ちゃんと毎晩、祈っていますか」

「昨日は寝ちゃいました」

「正直でよろしい」

神父は笑った。

「弟たちは、今日も居眠りをしていましたね」

「すみません。あとで叱っておきます」

「叱らなくてよろしい。私の説教が長いのです」

「……それは、そうかもしれません」

「そこは、否定するところです」

転生者が来る前、村は税を二度払っていた。王に納める税と、教会に納める十分の一である。転生者はそれを一つにした。国が集め、その中から神父に給金を払う。神父は国に登録され、役人と同じ扱いになった。

払う額は、目に見えて減った。

「転生者様になってから、楽になったな」

夕食のとき、父が言った。娘もそう思っていた。

上の弟が、パンを頰張りながら聞いた。

「転生者様って、どんな人?」

「知らん。会ったこともない」

父は言った。

「山を割るらしい」

「山を割って、何するの」

「さあな。畑にでもするんだろう」

「ぼくも山、割りたい」

下の弟が言った。

「その前に、自分の皿を片づけなさい」

父は笑って、窓の外の暗い畑を見た。

「来年は、もう少し種籾を残せるな」


二 自称・転生者


男が村に来たのは、刈り入れの少し前だった。

四十をいくつか過ぎた、痩せた男だった。上着は肘が抜けていて、靴は左右で色が違った。村の誰にでも気安く話しかけ、誰の家の軒先にも平気で座った。そのくせ、妙に堂々としていた。

三日目に、井戸端で言った。

「俺、転生者なんだ」

誰も信じなかった。転生者は山を割ると聞いていた。男は山を割らなかった。火も出さなかった。便利な道具も作らなかった。娘の家の壊れた桶を直そうとして、もっと壊した。

ただ、男は妙なことをよく知っていた。あちこちを歩いてきたらしかった。

東の郡では、行政官が戦争を口実に、中央の知らない税を取っている。神父の任免が国の仕事になったのを使って、気に入らない神父を外し、自分の親族を据えている。抗議した村長が牢に入れられた村もある。

娘は桶に水を汲みながら聞いた。

「でも、転生者様が知れば、何とかしてくださるでしょう?」

「ああ。たぶんな」

「なら大丈夫ですよ」

「知ればな」

男は柄杓から水を一口飲んだ。

「転生者様は、王都にいるんでしょう?」

「今は北だ。戦をしてる」

「じゃあ、終わったら」

「終わったらな」

娘は桶を下ろして、男を見た。

「……あなた、本当に転生者なんですか」

「本当だとも」

「じゃあ、何ができるんです」

男は少し考えた。

「歩ける。いくらでも歩ける。それと、話を聞ける」

「それ、誰でもできますよ」

「そうなんだよなあ」

男は笑った。笑うと、前歯が一本なかった。

「一緒に来ないか。あちこち見て回ってるんだ」

「行きません。刈り入れがあるし、弟たちもいるし」

「そうか」

男は翌朝、村を出ていった。


三 村にも来た


徴税隊が来たのは、刈り入れの十日後だった。

役人が一人と、銃を持った兵が八人。役人は広場で紙を読み上げた。対魔王軍戦時特別負担金。一戸につき、穀物で三俵。

男たちが顔を見合わせた。

「税は一本になったはずだ」

「先月納めたぞ」

役人は紙から目を上げなかった。

「アレン様の戦争である」

父が前に出た。

「その紙を、見せてもらえませんか。中央の判は――」

兵が二人、父の腕を取った。納得しなかった男たちが、ほかに四人連れていかれた。

「お父さん!」

駆け寄ろうとする娘に、父は首を振った。

「弟たちを頼む」

「でも」

「すぐ戻る。紙を見せてもらうだけだ」

役人が、初めて顔を上げた。

「見せる紙はない。郡庁で聞け」

それきりだった。

翌日、神父も連れていかれた。民を行政の命に背かせた、という罪だった。日曜の説教で、払う前に確かめなさいと言っただけだった。

次の日曜日、教会には知らない神父がいた。郡の行政官の甥だという。説教は短かった。

「戦時に税を惜しむ者は、転生者様の敵である」

新しい神父は、説教の終わりにそう言った。誰も頷かなかった。

娘は弟二人を両脇に座らせ、最後まで聞いた。帰り道、初めて口に出した。

「……おかしい」

上の弟が見上げた。

「転生者様が、こんなこと命じるはずないもん」

自分に言い聞かせるように、娘は言った。


四 どういうこと


男が戻ってきたのは、その週の終わりだった。広場の様子を見て、だいたいのことは察したらしかった。

「一緒に行こう」

今度は、娘は頷いた。

反乱を起こすつもりはなかった。父と神父を返してほしい。それから郡の役所へ行って、聞きたかった。どういうことなんですか、と。

弟二人は隣の家に預けた。下の弟が泣いた。すぐ帰るから、と娘は言った。

村を出たのは十四人だった。

隣村でも、同じことが起きていた。三十人になった。次の村では神父が追い出されていた。百人になった。その先の村では、種籾まで戦費として持っていかれていた。五百人になり、千人になった。

隣村の女が言った。

「うちの人も連れていかれた。郡に聞きに行くなら、あたしも行く」

種籾を取られた村の老人は、黙って鍬を担いで列に加わった。

「爺さん、聞きに行くだけですよ」

「分かっとる。来年の種を、返してもらいに行くだけだ」

娘は男の袖を引いた。

「……多すぎません?」

「俺もそう思ってる」

「どうするんですか、これ」

「どうもしない。郡庁の前で、みんなで聞く。どういうことですか、ってな」

「こんなにいたら、怖がられませんか」

男は少し黙った。

「……怖がられるだろうな」

郡都の見える丘に着いたとき、もう誰も数えていなかった。三千とも、五千とも言われた。

鍬を担いだ者がいた。猟銃を持った者がいた。棒を持った者がいた。どこかの教会から持ってきた旗が、先頭で揺れていた。

誰も、自分たちを軍だとは思っていなかった。請願に来たのだと思っていた。人数が多いだけだった。


五 反乱だ


郡の行政官は、役所の窓からそれを見て青くなった。

数千の請願を受けてしまえば、中央から調べが来る。調べが来れば、全部出る。存在しない税。消えた金。親族ばかりの人事。神父のすげ替え。中央へ送った、嘘の報告。

行政官は机に戻り、書記を呼んだ。

「反乱だ」

その日のうちに、中央へ早馬が出た。転生者を自称する男が、農民数千を煽動し、郡都へ進撃中。郡の守備隊が門を出た。

丘の上で、娘は守備隊が横に並ぶのを見ていた。意味が分からなかった。

馬上の士官が叫んだ。

「解散せよ! 解散しなければ撃つ!」

「何もしてないだろう!」

「話を聞いてくれ!」

「父ちゃんを返せ!」

声が重なって、どれが誰の声か分からなかった。

「待ってください!」

娘は前に出て、両手を広げた。

「私たちは、話を――」

銃声がした。

娘の隣にいた男が倒れた。名前も知らなかった。昨日の夜、焚き火で芋を分けてくれた人だった。

二発目が来る前に、後ろの誰かが猟銃を撃ち返した。

それで、決まった。

役所が反乱軍と名づけた人々は、その日の昼、本当に反乱軍になった。


六 男の最期


戦いは夕方まで続いた。

男は強くなかった。剣も使えなかった。その代わり、ずっと走り回っていた。怪我人を後ろへ運ばせた。この辺りの道を知っている者を集めて、どこへ回り込めるかを聞いた。泣いている若者の肩を叩いて、いいからそこにいろ、と言った。

娘は、その後ろを走りながら叫んだ。

「どうして、こんな!」

「知らん! 俺が聞きたい!」

「逃げましょう!」

「どこへだよ!」

男は振り返って、娘の肩をつかんだ。

「怪我人を見てやれ。お前、パンを切るのが器用だからな」

「パンを切るのと一緒にしないでください!」

「一緒だ。やれ」

日が沈むころ、男は撃たれた。

娘が見つけたとき、男は畑の畦に座っていた。腹を押さえた手の下から、血が止まらなかった。娘は男の頭を膝に抱えた。

「なんで……」

声が震えた。

「私たち、聞きに来ただけなのに……」

男は笑った。歯に血がついていた。

「お前に、俺の能力をやる」

「……え?」

「決して、戦に負けない運だ」

男は娘の手を握った。

「それが、お前の力だ」

手から力が抜けた。

男が本当に転生者だったのかどうかも、娘は最後まで分からなかった。


七 不敗の聖女


だが、周りにいた者たちは聞いていた。

「転生者が、力を譲った」

「負けない力だ」

「聖女様だ」

声は畦から畦へ、焚き火から焚き火へと渡っていった。

翌朝、守備隊が崩れた。

理由はいくつもあった。指揮官が夜のうちに二人逃げていた。兵の半分は、去年まで同じ郡の百姓だった。反乱の側には、この辺りの畦道を一本残らず知っている者がいた。行政官は、援軍を待たずに打って出ろと命じていた。

それでも、群衆には一つしか見えなかった。

「本当に勝った!」

娘は首を振った。

「違います! 私には何も――」

誰も聞いていなかった。

「聖女様!」

昼前に郡都の門が開いた。役所の地下牢から、父と神父が出てきた。父は痩せていた。神父は片足を引きずっていた。

娘は神父に抱きついて泣いた。子供のように声を上げて泣いた。父が、その背中に手を置いた。

「……弟たちは」

父が言った。

「隣のおばさんのところ」

「そうか」

神父が、娘の頭に手を置いた。

「祈っていましたか」

「……昨日は、寝てません」

「そうでしょうね」

その後ろで、何千という声が叫んでいた。

「不敗の聖女!」

「不敗の聖女!」

娘は涙を拭いて、困った顔で振り返った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。