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陰陽の沫 〜瀬戸内鶴姫秘録〜  作者: 紘野 流
■第一幕 瀬戸の女神
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其の三 威信


 西国随一の版図を誇る守護大名・大内(おおうち)家にとって、大三島(おおみしま)における一度の敗走など局地の一戦に過ぎず、本来ならば大局を左右するほどのことではない。

 (すえ)五郎隆房(たかふさ)という男もまた、その程度で眉を曇らせる(たち)ではなかった。

 豪放にして剛毅。

 敗北の一つや二つで歩みを止めぬ胆力こそ、若くして西国に名を轟かせる所以であった。

 だが此度の敗報には、さしもの五郎もわずかに思案の色を滲ませた。

 軽く舌打ちする。


「うちの水軍では、まだ荷が重かったか。まあいい」


 だが、その声色に悔恨はない。

 次の瞬間には、すでに次の戦さへと思考が向いていた。

 過ぎた敗戦をいちいち噛み締めるより先に、次の手を考えている。


(さすが五郎どのだ)


 舵之丞(かじのじょう)は内心で唸った。

 五郎は兄の無二の友であり、幼い頃から舵之丞のこともよく気に掛けてくれた。

 鍛錬に連れ出されたことも一度や二度ではない。

 兄と五郎は舵之丞にとって武芸の師であり、憧れの目標でもある。

 三浦(みうら)宮川(みやがわ)ら五郎の近習たちとは今も折り合いが悪いが、それでも五郎の優しさは変わらなかった。

 五郎は心友の弟である舵之丞の肩を抱き寄せる。


(かじ)ィ。冷泉(れいぜい)んとこに行くんだろ。俺も共に行こう」

「え、なんで」

「次の戦さに、警固衆(けごしゅう)を借りるんだよ」

「……!」


 舵之丞だけでなく、若山党(わかやまとう)の連中も目を見開いた。

 警固衆とは、大内本家直属の水軍である。

 交易船の護衛を本務としたことからその名があり、その名は西海で広く知られていた。

 その警固衆を率いる提督が、いま舵之丞が師事している冷泉判官隆豊れいぜいはんがんたかとよという将である。

 かつて弘中家がかつて有していた岩国(いわくに)水軍も、今はこの警固衆の一軍として組み込まれていた。

 舵之丞が冷泉のもとで学ぶのも、いつの日かその岩国水軍を弘中へ取り戻すためである。


「お、お待ちください、殿」


 三浦十兵衛(みうらじゅうべえ)が思わず身を乗り出した。


「それでは我らが陶は、冷泉に大きな借りを作ることになりますぞ」

「その通りです。殿の威に関わりましょう」


 宮川佐之助(みやがわさのすけ)も口を添える。


(あんたら自身の威厳だろ)


 舵之丞は胸中でつぶやいた。

 五郎は眉ひとつ動かさない。


「家中の貸し借りなど些細なことだ。後で何倍でも返してやればいい。それよりも今は、(ぬい)ィに立ち直ってもらわねえとな」


 敗走した富田(とんだ)水軍を率いる、白井縫殿助(しらいぬいのすけ)の名が出る。


(ほんと、五郎どのは面倒見がいいなあ)


 舵之丞は改めて思った。

 五郎は伯父の陶興房(すえおきふさ)に養嗣子として迎えられた少年の頃から、若山(わかやま)城下の陶家臣の子弟たちの中から腕のある者を集め、若山党と名付けて引き連れていた。

 江良鬼丸房栄(えらおにまるふさひで)、三浦十兵衛房清(ふさきよ)、宮川佐之助房頼(ふさより)伊香賀壱次郎房明いかがいちじろうふさあき、白井縫殿助(ぬいのすけ)房胤(ふさたね)

 とりわけこの五人には同時に元服を許し、自らの「房」の一字を与えて「若山の五房(ごぼう)」と称した。

 舵之丞の目から彼らを見れば、江良鬼丸だけは別格である。

 知勇を兼ね備え、常に冷静。

 戦場でも城下でも、感情に流される姿を見たことがない。

 残る四人も武芸には秀でていた。

 だが舵之丞には、主君五郎の威を借りて猛る武辺者にしか見えない。

 それでも五郎は、彼らを見捨てず育てる。

 敗れた者には再び働く場を与え、失敗した者には次の機会を用意する。

 今もまた、大三島で敗れた縫殿助を責めることもなく、立ち直らせることを先に考えていた。


「それに、警固衆と戦えば——」


 五郎はそう言って、舵之丞の肩を軽く二度叩く。


「舵ィも陶と一緒に戦えるんだ。面白そうだろ?」


 舵之丞も思わず笑った。

 今は警固衆の見習いに過ぎない。

 それでも、次の海戦には何としても出て、武功を立てたい。

 そして——戦況を覆したという十六の女将を、この目で見てみたい。

 できることなら、手合わせをしてみたい。

 筆頭家老たる五郎の口添えがあれば、堅物で知られる冷泉判官も舵之丞の従軍を認めるに違いない。

 舵之丞の心が躍る。


「面白そう。次は絶対にオレも海戦(うみいく)さに出たい」

「だよな。よし、そうと決まれば——」


 笑みは次の瞬間、すっと消えた。

 大内筆頭家老・陶隆房の顔に戻っている


「冷泉の屋敷に向かう。(おに)ィも舵ィと共に来い。(じゅう)ゥ、佐之(さの)ォ、(いち)ィはすぐに(ぬい)ィのもとへ行け。女相手に不覚を取ったとあっては、縫ィの奴、切腹しかねんからな」


 いつもの独特の呼び名で指示が下るや、若山党は一斉に動き出した。

 五郎は迷いなく冷泉邸へ向かう。


(よし)


 舵之丞は槍を強く握る。


(オレも必ず大きな戦功を上げて、岩国水軍を弘中へ取り戻すぞ)


 強く心に誓うと、先導するように軽やかに駆け出した。

 その後ろを、五郎と鬼丸の大きな影が続いていく。



 応仁の大乱より後、京の都は荒れ果て、足利将軍家の権威は地に堕ちた。

 諸国の大名たちはそれぞれに刃を交わし覇を競う。

 群雄割拠の時代である。

 その中にあって、大内家だけは別格の権勢を誇った。

 先代当主・大内義興(よしおき)は、京を追われた足利義稙(あしかがよしたね)を奉じて上洛し、その復職を果たした功により、幕府より日明貿易の独占権を与えられた。

 莫大な富が海を越えて流れ込み、大内の庫を満たす。


 子の大内義隆(よしたか)の代になると、周防(すおう)長門(ながと)石見(いわみ)豊前(ぶぜん)筑前(ちくぜん)の五国の守護となり、その勢威はさらに広がった。

 義隆はまた、文化や芸術を愛した。

 戦乱を避けて京を離れた公家や芸術家たちは次々と周防へ集まり、山口はやがて「西京(さいきょう)」と称されるまでに発展する。

 戦乱の世にあって、山口だけが別の時を生きる桃源郷であった。

 富は富を呼び、名は名を招く。

 山口は西国随一の文化経済都市となり、大内家の威は空前の広がりを見せた。


 先代の大内を軍事面から支えたのが、「周防の虎」と称された名将・陶興房である。

 その興房が病没すると、陶の家督を継いだのが、その甥にして養嗣子の五郎隆房であった。

 当主となった時、わずか二十歳。

 だがその武威は、すでに養父を凌ぐ。

 出雲(いずも)の梟雄・尼子(あまこ)が安芸へと侵攻した折には、大内軍を率いて吉田郡山城よしだこおりやまじょう毛利元就(もうりもとなり)を救い、尼子軍を撃退した。

 その一戦によって、「周防の虎」の名を継ぐ者として、山陽山陰にその名を轟かせる。


 だが、その勢いのまま進めた一年がかりの出雲遠征は、失敗に終わった。

 主君大内義隆を総大将に戴いて尼子本領へ攻め込み、本拠の月山富田城(がっさんとだじょう)を包囲したものの、天下の堅城は最後まで落ちなかった。

 攻城戦は長引き、同盟国衆が次々に離反したことで、ついには総退却を余儀なくされた。

 日明貿易の富を有し、交易の要衝である関門海峡を押さえている大内にとっては、それは国を揺るがすほどの損失ではない。

 だが、撤退時に義隆最愛の後継者・晴持(はるもち)を失うなど、武門の威に深い影を落とす結果となった。


 ゆえに五郎は、次を急いだ。

 尼子が再び力を取り戻す前に、芸備(げいび)安芸(あき)備後(びんご))を押さえる。

 そして、瀬戸内を制し、大内の威を山陽へと示す。

 その緒戦こそが、大三島であった。

 ゆえに今回の敗報は、決して軽いものではない。

 だが、五郎は立ち止まらない。

 敗を悔いるより先に、次の勝ち筋を探す。


 次にどう勝つか。

 五郎の心は、すでに次の海へと向いていた。



(つづく)

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