其の十四 死闘
苛烈な十数合の撃ち合いの末、得物を噛ませたまま睨み合う二人の武者。
「ねえ、あなた」
越智鶴は太刀へ力を込めながら、舵之丞の目を真っ直ぐに見据えて問いかけた。
舵之丞が睨み返して応える。
「なんだ」
「周防岩国の弘中――と言っていたね」
「岩国水軍、弘中舵之丞だ」
舵之丞は鉤槍の長柄で押し返しながら、改めて名乗る。
両者とも一歩も退かず、視線もまた決して外れなかった。
鶴の問いが重なる。
「隼の槍使い……とも言ってた。隼の槍とは何」
よくぞ訊いてくれたとばかりに、舵之丞の目が光った。
これまで勝手に散々名乗り続けていたが、まともに気にする者はいなかったのである。
「隼の槍ってのは……」
舵之丞が鼻を鳴らしながら、鉤槍を巧みに左に捻った。
「……!」
鶴の太刀が横へ流れ、均衡を崩した上半身がわずか傾く。
その隙へ、舵之丞の槍先が二度、鋭く衝く。
鶴は咄嗟に太刀を跳ね上げ、かろうじてその二撃を弾き返した。
だが舵之丞は止まらない。
波濤のごとく、さらに槍を繰り出す。
「確実に獲物を仕留めて、喰い破る槍ってことさ」
鶴は甲板に強く足を踏み込み、今度は確実に舵之丞の槍を太刀で芯から弾き返した。
「そんな荒ぶる隼に、この神力の鶴が仕留められるの」
鶴が舞いながら笑う。
神鳥の少女、そして猛禽の少年。
二人の凄絶な一騎討ちに、周囲の将兵――大内も三島も、思わず手を止めて見入ってしまっている。
この壮大なる海戦の帰趨すら、二人の刃へ収斂していくかのような気迫が、そこにはあった。
舵之丞が槍を構え直し、不敵に笑う。
「あんた、大山祇の大祝の妹だってな」
「ええ」
鶴の口元にも、つられるように笑みが浮かんだ。
舵之丞は鉤槍の刃先を、鶴の鼻先に突きつける。
「大宮司の妹だから神力があるっていうなら、このオレだって白崎八幡の大宮司の弟。神力なんて、別にあんたの専売特許じゃない」
「へえ。あなた、岩国の白崎の……」
鶴は俄然、目の前の少年への興味が湧いた。
周防岩国に鎮座する白崎八幡宮。
その大宮司は代々、岩国領主弘中家の当主が務めているという。
三年前、二十歳の若さで家督を継いだ弘中小太郎隆包が、大宮司の座も継承したこと。
その弘中小太郎が大内家の評定衆に名を連ね、さらには安芸国守護代職に抜擢されたこと。
その出世は、大国大内が若く大きく変わりつつある兆しであると、瀬戸内海の宮司家の間でも大きな話題となり、鶴も聞いていた。
(そうか、その弘中どのの弟が、この者――)
鶴が内心で感心していると、舵之丞がさらに言葉を継ぐ。
「先代の大宮司……まあオレの父上だが、その祈祷の際に、幼かったオレは神のお告げを聞いたんだよね」
「どんな?」
「岩国の隼が、瀬戸の鶴を射止める……と」
「……」
鶴は自分の名が出たのを聞き、なぜか心が跳ねる。
「へえ……。鶴は私。でも、隼はあなた?」
鶴が問うと、舵之丞が自慢げに返す。
「兄上の素早い剣技は『岩国の鷹』って呼ばれてる。だったら、『岩国の隼』と言えば、オレしかいないだろ?」
「妙な理屈ね。変な人」
鶴は笑みを浮かべて、まるで自分は隼よりも速いと言わんばかりに、太刀を鋭く振り下ろした。
またも舵之丞が長柄を両手で押し込み、鍔元でその刃を受け止める。
鶴は太刀へ力を込めながら、真っ直ぐに舵之丞を睨んだ。
「岩国の隼があなたかどうかは分からない。でも、そんな隼に喰らわれるようなか弱い鶴など、ここにはいないよ」
「オレとあんたのことだと思うけどね」
言うや否や、両者は再び激しく斬り結んだ。
太刀と鉤槍が幾度も火花を散らし、狭き甲板へ鋭い金属音が響き渡る。
どちらの顔にも、好敵手を見出した愉悦が浮かんでいる。
十合、二十合――。
なおも勝負はつかない。
そこへ、舵之丞の背後から声が飛んだ。
「鶴どの! 助太刀いたす」
若い男の声――越智左京であった。
囲み来る大内兵を相手に太刀を振るっていたが、鶴の死闘を見て身を案じ、駆けつけようとしていた。
だが、鶴の鋭い声がそれを制した。
「左京どの、助力無用!」
この少年は自分が討つ――。
鶴のその気迫に、左京の足が止まる。
ところが、舵之丞の動きもまた、不意に止まっていた。
「……?」
明らかな隙であったが、鶴もまた振り上げていた太刀を止める。
舵之丞は肩越しに一瞥する。
そして、大声で叫んだ。
「弥右衛門っ!」
「はっ、ここに」
若き主人の声に応じ、小山弥右衛門が即座に駆け寄って返答する。
舵之丞が鉤槍の柄から左手を離し、左京を指差して声を張り上げた。
「そいつが左京――越智左京だ!」
「えっ」
その名に、小山弥右衛門をはじめ、大内兵たちの視線が一気に左京へ集まる。
突然の殺気に晒され、左京は思わず顔を強張らせた。
「こいつが――-左京かぁ!!」
「この野郎っ!」
弥右衛門の怒号を皮切りに、大内兵たちから怒りの雄叫びが噴き上がる。
(なんだ……?)
左京は咄嗟に太刀を構えた。
(大内の水兵ごとき、全員まとめて斬り伏せてくれよう)
その顔には、大いなる自信が見える。
舵之丞は周囲の怒号を察し、大きく命じた。
「そいつは殺すな、生け捕れ!」
「……お、おおっ!」
一瞬の躊躇の後、大内兵たちは応じた。
弥右衛門を先頭に、岩国水軍の兵たちが左京を取り囲む。
左京の自信は変わらない。
瀬戸内随一の知略、瀬戸内屈指の武芸を誇る自分は、大内の水兵ごときが敵う相手ではないと。
だが――。
岩国水軍の兵たちは、いつしか刀を捨て、鉤縄を振り回し始めていた。
(しまった――!)
左京は全身の毛が逆立ち、冷汗が噴き出る。
瞬時に危険を感じ、その場から駆け逃れようとした。
だが、四方から鉤縄が投げられる。
鉄鉤は左京の甲冑に深々と食い込み、幾重もの縄はその身体へ絡みつく。
縄による生け捕りは、何も三島水軍だけの戦術ではない。
岩国水軍の連携もまた、海の戦に長けた精強なるものであった。
「くっ……!」
左京は身体の自由を失い、膝が甲板へと折れた。
「こいつが……、こいつが父上を……っ!」
左京の身を押さえつけた弥右衛門が、涙を滲ませながら歯を軋ませる。
岩国水軍の兵たちもまた、怒りに声を振るわせた。
「この野郎、弥太爺の仇……っ!」
海に投げ出された味方を救い上げる中で、彼らは助けた警固衆の水夫たちから仔細を聞いていた。
(越智左京という男に、小原中務丞どのと小山弥太次どのが斬られた)
その報に、左京への怒りが皆に募っている。
岩国水軍の面々にとって、小山弥太次は副頭領に等しき大先達であった。
そして、倅である弥右衛門の憤怒は、誰よりも深い。
「うおぉぉぉっ」
弥右衛門が逆手に持った太刀を、網の中の仇敵に目掛けて突き下そうとする。
「弥右衛門、そこまでだ! 殺すな」
舵之丞の一喝で、弥右衛門の太刀は止まる。
なおも怒りの止まらない弥右衛門を、岩国勢が押さえた。
「左京どの……!」
一瞬の出来事に唖然としていた鶴が、左京の危機を見て我へ返り、駆け出そうとする。
だがその前へ、舵之丞が鉤槍を構えて立ち塞がった。
「そいつは人質だ、命までは取らない。だが――」
舵之丞は槍先を鶴に向けて、獰猛に叫ぶ。
「オレとあんたの勝負は、終わってねえぞ!」
その声は、鶴の鼓膜を震わせた。
気づけば、闇に覆われていた空は、わずかに白み始めていた。
(つづく)




