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陰陽の沫 〜瀬戸内鶴姫秘録〜  作者: 紘野 流
■第二幕 波乱の再戦
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其の十四 死闘


 苛烈な十数合の撃ち合いの末、得物を噛ませたまま睨み合う二人の武者。


「ねえ、あなた」


 越智鶴(おちのつる)は太刀へ力を込めながら、舵之丞の目を真っ直ぐに見据えて問いかけた。

 舵之丞が睨み返して応える。


「なんだ」

周防岩国(すおういわくに)弘中(ひろなか)――と言っていたね」

「岩国水軍、弘中舵之丞(かじのじょう)だ」


 舵之丞は鉤槍(かぎやり)の長柄で押し返しながら、改めて名乗る。

 両者とも一歩も退かず、視線もまた決して外れなかった。

 鶴の問いが重なる。


(はやぶさ)の槍使い……とも言ってた。隼の槍とは何」


 よくぞ訊いてくれたとばかりに、舵之丞の目が光った。

 これまで勝手に散々名乗り続けていたが、まともに気にする者はいなかったのである。


「隼の槍ってのは……」


 舵之丞が鼻を鳴らしながら、鉤槍を巧みに左に捻った。


「……!」


 鶴の太刀が横へ流れ、均衡を崩した上半身がわずか傾く。

 その隙へ、舵之丞の槍先が二度、鋭く衝く。

 鶴は咄嗟に太刀を跳ね上げ、かろうじてその二撃を弾き返した。

 だが舵之丞は止まらない。

 波濤のごとく、さらに槍を繰り出す。


「確実に獲物を仕留めて、喰い破る槍ってことさ」


 鶴は甲板に強く足を踏み込み、今度は確実に舵之丞の槍を太刀で芯から弾き返した。


「そんな荒ぶる隼に、この神力の鶴が仕留められるの」


 鶴が舞いながら笑う。

 神鳥の少女、そして猛禽の少年。

 二人の凄絶な一騎討ちに、周囲の将兵――大内(おおうち)三島(みしま)も、思わず手を止めて見入ってしまっている。

 この壮大なる海戦の帰趨すら、二人の刃へ収斂していくかのような気迫が、そこにはあった。

 舵之丞が槍を構え直し、不敵に笑う。


「あんた、大山祇(おおやまづみ)大祝(おおほうり)の妹だってな」

「ええ」


 鶴の口元にも、つられるように笑みが浮かんだ。

 舵之丞は鉤槍の刃先を、鶴の鼻先に突きつける。


「大宮司の妹だから神力があるっていうなら、このオレだって白崎八幡(しらさきはちまん)の大宮司の弟。神力なんて、別にあんたの専売特許じゃない」

「へえ。あなた、岩国の白崎の……」


 鶴は俄然、目の前の少年への興味が湧いた。

 周防岩国に鎮座する白崎八幡宮。

 その大宮司は代々、岩国領主弘中家の当主が務めているという。

 三年前、二十歳の若さで家督を継いだ弘中小太郎隆包(こたろうたかかね)が、大宮司の座も継承したこと。

 その弘中小太郎が大内家の評定衆(ひょうじょうしゅう)に名を連ね、さらには安芸国(あきのくに)守護代職に抜擢されたこと。

 その出世は、大国大内が若く大きく変わりつつある兆しであると、瀬戸内海の宮司家の間でも大きな話題となり、鶴も聞いていた。


(そうか、その弘中どのの弟が、この者――)


 鶴が内心で感心していると、舵之丞がさらに言葉を継ぐ。


「先代の大宮司……まあオレの父上だが、その祈祷の際に、幼かったオレは神のお告げを聞いたんだよね」

「どんな?」

「岩国の隼が、瀬戸の鶴を射止める……と」

「……」


 鶴は自分の名が出たのを聞き、なぜか心が跳ねる。


「へえ……。鶴は私。でも、隼はあなた?」


 鶴が問うと、舵之丞が自慢げに返す。


「兄上の素早い剣技は『岩国の鷹』って呼ばれてる。だったら、『岩国の隼』と言えば、オレしかいないだろ?」

「妙な理屈ね。変な人」


 鶴は笑みを浮かべて、まるで自分は隼よりも速いと言わんばかりに、太刀を鋭く振り下ろした。

 またも舵之丞が長柄を両手で押し込み、鍔元でその刃を受け止める。

 鶴は太刀へ力を込めながら、真っ直ぐに舵之丞を睨んだ。


「岩国の隼があなたかどうかは分からない。でも、そんな隼に喰らわれるようなか弱い鶴など、ここにはいないよ」

「オレとあんたのことだと思うけどね」


 言うや否や、両者は再び激しく斬り結んだ。

 太刀と鉤槍が幾度も火花を散らし、狭き甲板へ鋭い金属音が響き渡る。

 どちらの顔にも、好敵手を見出した愉悦が浮かんでいる。

 十合、二十合――。

 なおも勝負はつかない。

 そこへ、舵之丞の背後から声が飛んだ。


「鶴どの! 助太刀いたす」


 若い男の声――越智左京(おちさきょう)であった。

 囲み来る大内兵を相手に太刀を振るっていたが、鶴の死闘を見て身を案じ、駆けつけようとしていた。

 だが、鶴の鋭い声がそれを制した。


「左京どの、助力無用!」


 この少年は自分が討つ――。

 鶴のその気迫に、左京の足が止まる。

 ところが、舵之丞の動きもまた、不意に止まっていた。


「……?」


 明らかな隙であったが、鶴もまた振り上げていた太刀を止める。

 舵之丞は肩越しに一瞥する。

 そして、大声で叫んだ。


弥右衛門(やえもん)っ!」

「はっ、ここに」


 若き主人の声に応じ、小山(こやま)弥右衛門が即座に駆け寄って返答する。

 舵之丞が鉤槍の柄から左手を離し、左京を指差して声を張り上げた。


「そいつが左京――越智左京だ!」

「えっ」


 その名に、小山弥右衛門をはじめ、大内兵たちの視線が一気に左京へ集まる。

 突然の殺気に晒され、左京は思わず顔を強張らせた。


「こいつが――-左京かぁ!!」

「この野郎っ!」


 弥右衛門の怒号を皮切りに、大内兵たちから怒りの雄叫びが噴き上がる。


(なんだ……?)


 左京は咄嗟に太刀を構えた。


(大内の水兵ごとき、全員まとめて斬り伏せてくれよう)


 その顔には、大いなる自信が見える。

 舵之丞は周囲の怒号を察し、大きく命じた。


「そいつは殺すな、生け捕れ!」

「……お、おおっ!」


 一瞬の躊躇の後、大内兵たちは応じた。

 弥右衛門を先頭に、岩国水軍の兵たちが左京を取り囲む。

 左京の自信は変わらない。

 瀬戸内随一の知略、瀬戸内屈指の武芸を誇る自分は、大内の水兵ごときが敵う相手ではないと。

 だが――。

 岩国水軍の兵たちは、いつしか刀を捨て、鉤縄を振り回し始めていた。


(しまった――!)


 左京は全身の毛が逆立ち、冷汗が噴き出る。

 瞬時に危険を感じ、その場から駆け逃れようとした。

 だが、四方から鉤縄が投げられる。

 鉄鉤は左京の甲冑に深々と食い込み、幾重もの縄はその身体へ絡みつく。

 縄による生け捕りは、何も三島水軍だけの戦術ではない。

 岩国水軍の連携もまた、海の戦に長けた精強なるものであった。


「くっ……!」


 左京は身体の自由を失い、膝が甲板へと折れた。


「こいつが……、こいつが父上を……っ!」


 左京の身を押さえつけた弥右衛門が、涙を滲ませながら歯を軋ませる。

 岩国水軍の兵たちもまた、怒りに声を振るわせた。


「この野郎、弥太爺の仇……っ!」


 海に投げ出された味方を救い上げる中で、彼らは助けた警固衆の水夫たちから仔細を聞いていた。


(越智左京という男に、小原中務丞おはらなかつかさのじょうどのと小山弥太次(やたじ)どのが斬られた)


 その報に、左京への怒りが皆に募っている。

 岩国水軍の面々にとって、小山弥太次は副頭領に等しき大先達であった。

 そして、倅である弥右衛門の憤怒は、誰よりも深い。


「うおぉぉぉっ」


 弥右衛門が逆手に持った太刀を、網の中の仇敵に目掛けて突き下そうとする。


「弥右衛門、そこまでだ! 殺すな」


 舵之丞の一喝で、弥右衛門の太刀は止まる。

 なおも怒りの止まらない弥右衛門を、岩国勢が押さえた。


「左京どの……!」


 一瞬の出来事に唖然としていた鶴が、左京の危機を見て我へ返り、駆け出そうとする。

 だがその前へ、舵之丞が鉤槍を構えて立ち塞がった。


「そいつは人質だ、命までは取らない。だが――」


 舵之丞は槍先を鶴に向けて、獰猛に叫ぶ。


「オレとあんたの勝負は、終わってねえぞ!」


 その声は、鶴の鼓膜を震わせた。 

 気づけば、闇に覆われていた空は、わずかに白み始めていた。



(つづく)

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