6.おじさんでお兄さん
てこてこ、ぽてぽて。
たぶん、私の足音はそんな感じだ。
子馬の短い脚で一生懸命進んでいるのだから、まあ仕方がない。
青い屋根の厩舎は――
見えてはいる。
見えては、いるのだが。
……全然、近づいた気がしない。
じわじわとやる気が削られていく。
かといって、のんびりし過ぎれば目的は果たせないし、うっかり人間に見つかったら大騒動だ。
そして、そのあとに待っているのは――
間違いなく、お母さんのお小言フルコース。
倍々どころか、指数関数的に増えるやつ。
想像しただけで、身体がぶるりと震えた。
……それは、ヤベーな。
よし。
走ろう。
子馬の脚で、迷いながら走ることおよそ三十分。
――この牧場、広すぎじゃない?
目的地は見えているのにあんまり進んだ気がしない。
自動車なんて見たこともないけど、ここの人間たち、どうやって移動してるんだろう。
あ、馬か。
そもそも、ここが本当に地球なのかどうかも怪しい。
おじいだって派手派手なオレンジの髪をしているんだ。
普通、あり得ないだろう。
馬の目線で見ても、なかなかに変な世界である。
てってこ走ってようやくたどり着いた、青い屋根の厩舎。
周囲にはいくつかに区切られた放牧場があり、そこでは立派な体格の種牡馬たちが、悠々と草を食んでいた。
……でかい。
近づくのは少し怖いがここまで来て引き返すわけにもいかない。
一番近くの放牧場にそっと寄り、人間に気づかれない程度に小さく鳴き声をかける。
その中の一頭。
優しげでほかの牡馬より少し小柄な鹿毛の馬。
――見覚えがあった。
たった一度だけ見たことがある。
あの時、確か――
お母さんの背の上に彼がいた。
名前は、たしか……。
「……ガリレオ?」
声をかけると鹿毛の牡馬がゆっくりと顔を上げた。
「僕の名前を知っているのかい?
こんにちは。ちいさなお嬢さん」
「こ、こんにちは?」
落ち着いた声。
でも、どこか楽しそうだ。
「うん? 君は……見たことがある気がするな。
あぁ! 思い出したよ!
ステラドルチェの子供だね? そうだろう?」
「おじさん、お母さんを知ってるの?」
――その瞬間。
彼の耳がしゅん、と下がった。
あ。
……やっちゃった?
「お兄さん!
それよりも、教えてほしいの!」
「ん?
はは、なんだい?
わかることなら、教えてあげようじゃないか」
あからさまに、機嫌が良くなった。
……現金である。
「青い目の馬を探してるの。
私のお父さんが、そうらしいから……知らない?」
「あぁ、いるよ。
インペラトーレという馬だ」
「いるの?! 本当に?!」
「いるさ。ここからは、少し遠いけれどね。
それに――」
彼は、じっと私の顔を見つめる。
「お嬢さんの目も少しわかりにくいけど……
僕には、青く見える。
トーレからちゃんと受け継いでいるんだね」
……え?
青い目?
私も?
そんなの、今まで気にしたことなかった。
「お嬢さん。
もうすぐ人間が来る。だから、隠れていなさい」
声が、少しだけ低くなる。
「少し離れて、僕についておいで。
お父さんに、会わせてあげよう」
そして、念を押すように続けた。
「でもね。
僕が呼ぶまで、絶対に出てきちゃダメだよ?」
その言い方は、まるで本当のお兄さんみたいで、
胸の奥がじんわり温かくなった。
このおじさん思ったより優しいじゃないか!
お兄さんに格上げだ!
「ありがとう! お兄さん!」
そう言って、私は大急ぎで茂みに身を隠した。
※ストックがある間は予約投稿で更新していきます。
週に1話から2話の更新頻度の予定です。
書き終わり次第、完結まで毎日更新に移行します。




