7.父というもの
人間が去ったあとの厩舎は、今日は少しだけ特別でやけに騒がしかった。
「はーい、みんなちゅうもーく! 僕からのお知らせだよー!」
朗らかな声を張り上げたのは、ガリレオだ。
馬は群れを作る生き物だがここにいる種牡馬たちは少し特殊だ。
上下関係はほとんどなく、力関係よりも“同僚”に近い。
友馬同士――そんな関係が多い。
だが人間の基準で言えばこのガリレオという馬は、
間違いなくこの中でも最上位の存在だった。
「なんだよぉ、リーディングサイアー様ぁ」
「なになに? また好みの牝馬でも見つけた?」
「いやいや、もう種付けの時期終わってるだろ」
「じゃあ何さ?」
「あいつのことだ、どうせくだらねぇ話だろ」
「また子供自慢か?」
「前に言ってた“最高傑作の娘”の続き?」
「あぁ、あの“貴婦人”な」
「引退したんじゃなかったっけ?」
「だったら俺様、嫁に欲しーい!」
「無理無理。血近すぎだし、人間が許すわけねぇだろ」
焦茶の馬、灰色がかった白い馬、黒茶の馬、体格もさまざまな馬たちが思い思いに騒ぐ。
……なにこのノリ。
思わず耳がぺたんと倒れる。
「って、みんな真面目に聞けー!
それと白いの! お前に僕の娘はやらん!」
即座にツッコミが飛び交う。
……自由すぎる。
なにこの集団。
「たくっ……もう。
ほら、お嬢さん。出ておいで」
ガリレオが、優しく声をかけてくる。
「この子はね、トーレの娘だよ」
そろそろと、厩舎の陰から顔を出す。
――視線。
たくさんの牡馬たちの視線が一斉にこちらを向いた。
「……っ!」
思わず身がすくんで私はガリレオの足元へ駆け寄った。
「こ、こんにちは……?」
「「「「「………………………………」」」」」
一瞬の沈黙。
「はーい! みんな、歓迎してあげてねー!」
「おーうってなるかぁ!!」
「どっから連れてきやがった、このあんぽんたん!」
「前から抜けてるとは思ってたが……」
「ついに誘拐か?」
「さっさと自首しろ!」
「……我の、娘……?」
「あ、トーレ魂抜けてるぞ」
わぁ。
すごい濡れ衣。
このお兄さん、思った以上に信用がない。
……え。
今、魂抜けてるって言われた馬。
あの――青い目の馬?
「しっつれいな!
もうっ! この子が自力で来たんだよ!
あ、お母さんはステラドルチェだってさ!」
「ステラドルチェ?!」
「マジもんの良血じゃねぇか!」
「……でも父親がトーレなら微妙?」
「勝てば誰だって良血だろ」
「それが難しいからブラッド・スポーツなんだよな」
「トーレだって突然変異扱いだぞ」
言葉の意味は、全部はわからない。
でも、空気はわかる。
評価。
期待。
好奇心。
そして、ほんの少しの警戒。
その中で――
私は、自然と一頭の馬を見つめていた。
栗毛。
脚先はすべて白くて、
額には菱形の模様。
そして――
澄んだ、青い瞳。
目が、合う。
その瞬間。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
理由なんて、わからない。
でも――
あぁ。
この馬が。
この馬が、私のお父さんだ。
そう、思った。
※ストックがある間は予約投稿で更新していきます。
週に1話から2話の更新頻度の予定です。
書き終わり次第、完結まで毎日更新に移行します。




