28.私が結納品?!
引退が決まった。
……らしい。
らしい、というのは。
私はその場にいなかったからだ。
教えてくれたのは、厩務員のお兄さんたちだった。
「よく頑張ったな」
「もう、走らせないってさ」
首を撫でながら、
やたら優しい声で言われた。
あぁ。
これは。
そういうやつだ。
走れなくなった馬に向ける――あの声。
私は、静かに鼻を鳴らした。
――引退。
分かってる。
薄々、分かってた。
脚はもう前みたいには言うことを聞かない。
それでも。
思ったより早かったな……とは思う。
「でもさ」
厩務員のお兄さんがちょっと言いにくそうに続けた。
「次の行き先ももう決まってるらしい」
……ん?
「行き先?」
私は、耳を向けた。
「なんでも――皇太子妃殿下への“贈り物”になるんだと」
…………は?
今、何て?
私はもう一度、耳を立てた。
「ほら、結納ってあるだろ。あれの一部」
あれ。
あれって何?
私の脳内で情報が一斉に衝突した。
引退。
次の行き先。
贈り物。
結納。
全部が理解できるわけじゃない、でも断片ならわかる。
結納品? ……私が?
思わず鼻で息が出た。
いや。
違うな。
違うだろ。
私は、物じゃねぇぞ。
厩務員のお兄さんたちは苦笑いを浮かべていた。
「まぁ……皇太子殿下はあの婚約者のご令嬢にご執心だしな」
「でもまぁそれなら悪い話じゃないだろ?」
「アクアファーナが将来はあの白馬の嫁か」
「きっと大事にされるだろ」
お兄さんたちはお喋りしながら丁寧にブラッシングをしてくれた。
大事にねぇ。
……方向性が怖い。
◇
その夜。
私は、いつもの友馬のところに顔を寄せた。
芦毛の喧嘩友達だ。
「ねぇ灰色の」
低く言う。
「聞いて」
芦毛がもぐもぐしながら答える。
「なに」
「私さ」
一拍。
「結納品になるらしい」
……間。
芦毛がゆっくり顔を上げた。
「……は?」
「私、物扱い……」
灰色のは数秒くらい固まってから言った。
「……走れなくなったと思ったら。次それ?」
「急にも程があるよね?」
「ある」
即答だった。
「いやさ」
私は藁を踏みしめる。
「分かってるよ? 馬は経済動物だし。でもさ――」
声が少しだけ荒くなる。
「私は、走って勝って負けて脚壊して」
「それで――結納品?」
芦毛は、鼻を鳴らした。
「……お前、波乱万丈すぎ」
「でしょ?」
私は、天井を見る。
「せめて、私に説明してからにしてほしいよね」
馬に権利がないのはわかってるけどさとぶつぶつ言う。
芦毛がぼそっと言った。
「でもさ」
「なに」
「お前、嫌じゃないの?」
少しだけ考えた。
白い馬。
あの背中。
走り。
銀髪の女。
あの視線。
「……嫌かどうかは」
正直、まだ分からない。
「でも」
私は、はっきり言った。
「私は、物じゃねぇ」
芦毛がくっと笑った。
「それはそう」
「馬だけどな」
「馬でも言う権利あるでしょ」
「あるな」
私たちは、しばらく黙って草を食べた。
走れなくなった私は、今度は――
“使われる”側なんだ。
静かに。
丁寧に。
価値あるものとして。
私は、そっと息を吐いた。
笑う気にも怒る気にもならない。
ただ一つだけ思った。
――私の人生(馬生?)レースよりハードじゃない?!
◇
拝啓、お父さん。
約束は果たしたよ。
でもさ。
結納品になる未来までは、聞いてないんだけど…………
※完結まで毎日投稿です。




