バローネまでの道のりで
王都の門を抜け、港町バローネへと続く街道へと踏み出す。
晴れ渡る秋空の下、クラリスは新調した『銀の細身剣』を腰に下げ、実用性重視の『漆黒の軽装革鎧』の感触を確かめるようにぴょんぴょんと跳ねていた。
「すごいすごい! 『疾風の微光』の効果、バッチリ出てるわ! 足が軽い! 移動速度+5%って想像以上に快適!」
「静かに歩け。鬱陶しい」
隣を歩くジルベールが、眉間に深いシワを寄せ、隠そうともしない嫌悪感を込めた声で言い放つ。
「そんな正体不明のガラクタに金を払うなど愚の骨頂だ。無駄な動きで体力を削るな。足を引っ張られたら迷惑だと言っている」
流石のクラリスでもムカッときた。
「ガラクタじゃないって言ってるでしょー! もう、この良さが分からないなんて損してるわよ。そんな知識量で騎士なんて笑わせてくれるわ。」
(ジルベールは、学園の時から騎士を貶されるのが嫌いって知ってるんだから。)
「……言わせておけば」
案の定ジルベールの紫紺の瞳に、氷のような冷ややかさが宿る。クラリスを鋭く見下ろすと、一切の感情を排した声で吐き捨てた。
「貴様のくだらない戯言に付き合う気はない。口を動かす暇があるなら足を動かせ。貴様はそんな騎士に守ってもらったのを忘れたのか。」
一切目を合わせようとせず、ぷいっと前に視線を戻すジルベール。全身から「関わりたくない不快な存在」というオーラを隠そうともしていない。
(ざまあみろ! ………まあ、理解されないのはガチ勢の宿命だし、守ってもらってるのは事実だし……なんかごめん。)
明らかに不機嫌になり始めたジルベールに少しばかりの罪悪感を感じたクラリスであった。
◇ ◇ ◇
陽が傾き、街道全体が橙色の夕闇に包まれ始めた頃。二人はギスギスとした雰囲気のまま、街道沿いの広大な森の入口付近に差し掛かっていた。
「野営の準備をする。街道から離れた見通しの良い高地へ向かう」
ジルベールが淡々と指示を出した、その時だった。
「待った! こっち、こっちにすごい良い野営スポットがあるの!」
クラリスが迷いのない足取りで、街道から外れた森の奥——小高くなった岩陰に囲まれた、ぽっかりと凹んだ地形の場所へと歩いていく。
「おい。勝手な行動をするな」
追いついてきたジルベールは、険しい顔で周囲を睨みつけると、不快感を露わにしてクラリスを見下ろした。
「四方が岩に囲まれた窪地など、上から攻撃されればひとたまりもない。これだから知識のない愚者は困る。撤退するぞ」
「大丈夫、ここ『安全地帯』だから!」
(マジでゲームと同じ立地なの感動!! ここは湧きスポットの隙間になるから、みんなにセーフエリアって利用されてたんだよね。)
「……安全地帯だと? 馬鹿馬鹿しい。くだらない世迷言を吐くな」
取り合おうとしないジルベールに対し、クラリスは手際よく焚き火の準備を始めてしまう。
「でたらめじゃないもん! 試してみればわかるよ!」
ジルベールは隠す気もない大きな舌打ちを漏らすと、クラリスから大きく距離を置き、一度も目を合わせようとせずに不機嫌そうに岩に背を預けた。
◇ ◇ ◇
夜が完全に訪れ、森の中は静寂に包まれた。
……1時間経過。
……2時間経過。
パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが、静かな夜に響いている。
魔物の遠吠えや足音すら、この凹地には一切近づいてこない。驚くほど平穏で、安全な時間が過ぎていく。
「……な、ぜだ……?」
漆黒の甲冑に身を包んだまま、ジルベールは紫紺の瞳を見開いて困惑していた。
「ほらね! 言っ通りの安全地帯でしょ!」
干し肉をかじりながらドヤ顔をするクラリスに対し、ジルベールは冷めきった声で切り捨てる。
「……たまたま運が良かっただけだ。図に乗るな」
「むぅ……頑固だなぁ」
夜が深まり、冷気が降りてくると、クラリスは「寒っ……」と身をすくませた。
「うぅ……耐寒補正がないから冷えるわね……」
寒さに震えるクラリスを見ても、ジルベールは指一本動かさなかった。助けの手を差し伸べるどころか、冷淡な眼差しで冷酷に言い放つ。
「自分の防具もまともに選べない者の自業自得だ。……声を出して寒さをアピールするな、不快だ」
「うぐ……相変わらず厳しいなぁ! まあ、これくらいでHPは減らないから平気だけどね!」
ジルベールの明確な嫌悪感や冷たさに対しても、クラリスは「高難易度NPCの厳しい判定」程度にしか受け取っておらず、焚き火の近くで丸くなると、ものの数分で「すやすや……」と眠りについた。
不機嫌そうに刀身に手を添えたまま佇むジルベールの横で、クラリスは呑気に朝まで熟睡するのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
二人は目的地であるバローネの途中にある『地下洞窟ダンジョン』の入口に到着していた。
「ついに来たわ……中級ダンジョン! レアドロップ厳選の始まりだー!」
不気味な黒い穴を前に、目を輝かせるクラリス。その横でジルベールは腕を組んだまま、冷淡な声で言った。
「馬鹿なのか? 俺はてっきりバローネに行くことが目的だと思っていたのだが。」
「うーん、でも効率重視的な。いざとなったらジルベールが私を守ってくれそうだし。」
するとジルベールは心底嫌そうな顔をした。
「勘違いするなよ。私はお前の護衛でも先導役でもない。お前が勝手に死んで報告書を書かされるような致命的な局面以外、手を貸すつもりはない」
「分かってるって! 監視役は後ろで黙って見ていてくれれば十分よ!」
「だいたい、装備も整っていないだろう。」
「は!? 何言っちゃってんの! せっかくさっき揃えたばっかじゃない!」
ジルベールの顔が嫌悪感を表すものから、バカを見るような目に変わる。
「……フン。精々死なない程度に足掻くことだな」
ジルベールは一歩下がり、後方からクラリスの後ろ姿を冷酷に見張る体制をとった。
「よーし! それじゃあガチ勢の完璧なソロ(+監視員)立ち回り、見せてあげるわ!」
銀の細身剣を抜き放ち、クラリスは自ら先頭に立って暗闇広がるダンジョンへと踏み込んでいくのだった。




