冷徹騎士はおせっかい
夜の帳がすっかり下りた頃、クラリスとジルベールの二人は冒険者ギルドの重厚な木の扉を押し開けた。
ギルド内は、一日の探索を終えて酒を飲み交わす荒くれ者の冒険者たちでごった返していた。むせ返るような熱気と、安酒とロースト肉の匂いが入り混じる喧騒の中へ、クラリスはずんずんと迷いなく進んでいく。そして、ずっしりと重い革袋をカウンターに「どっこいしょ!」と気合とともに乗せると、受付嬢が目を丸くした。
「えっと……そちらは?」
「Fランクのスライム討伐の成果です! 換金お願いします!」
元気いっぱいにニコニコと笑うクラリス。しかし、その背後には漆黒の甲冑を隙なく着こなしたジルベールが腕を組み、周囲を鋭く睥睨して立っていた。
その洗練された無駄のない佇まいと、隠しきれない凄まじいまでの威圧感。柄に添えられた手と、紫紺の瞳が放つ冷気のようなプレッシャーのせいで、つい数秒前までどんちゃん騒ぎをしていた冒険者たちが「ひっ」「おい、あんなヤバそうな騎士、ギルドにいたか……?」と息を呑み、一瞬にして蜘蛛の子を散らすように道を空け、静まり返ってしまった。
(うわぁ、ジルベールのスキル『威圧』が広範囲(AoE)で効きすぎてる……。ちょっとはオーラ抑えてよね……。)
クラリスは心の中で突っ込みつつも、すっかり怯えて呆然としている受付嬢に手続きを促した。
「あ、はい! ただいま査定いたしますね。……えっ!?」
袋を開けた受付嬢が、素っ頓狂な声を上げた。
「スライムの魔石が、こ、こんなに!? しかも、どれも傷一つない最高品質……Fランク登録したばかりの冒険者が、一体どうやってこんな数を!?」
「ひたすら核だけをピンポイントで正確に穿ち続けたからね〜。弱点特効で一撃確殺!」
「……お前は途中で息も絶え絶えになって、魔物の前で無防備にへたり込んでいたのを忘れたのか」
得意げにピースサインを作るクラリスの頭上から、ジルベールの冷ややかな声が降ってくる。
「あはは、あれはちょっとスタミナのゲージ管理を見誤っただけだって!」
「言い訳をするな」
クラリスらの言い合いを見て、何を勘違いしたのか「こちらの方が手伝ってくれたのですね」と勝手に納得している。
(いや、命は助けてもらったけど、それは私が倒したんだからね!?)
数分後、査定を終えたクラリスの手に渡されたのは、Fランクの初心者とは思えないほどパンパンに膨らんだ銀貨の小袋だった。チャリン、と景気の良い音を鳴らして、クラリスは目をキラキラと輝かせる。
「やったー! 今世で初めて自分で稼いだお金だー! 初期村のクエストにしては上出来すぎる!」
「……お前、本気で冒険者を続けるつもりか?」
背後から、信じられないものを見るような声が降ってきた。呆れ果てたジルベールだ。
「もちろん! これからレベルを上げて、適正レベルのダンジョンに潜って、レアアイテムをドロップさせて……やることいっぱいあるんだから!」
「……少し前まで最高級のドレスを着て、取り巻きを連れて歩いていた貴族令嬢の矜持はどこへ捨てた」
「王城のゴミ箱に置いてきたよ。今は自由な冒険者・クラリスだからね! 泥臭くファーム(稼ぎ)作業もこなすよ!」
「ハァ……」
深々と天を仰いでため息をつくジルベールをよそに、クラリスは足早にギルドを後にした。
ドレス代と今回の報酬で(ほぼドレス代で)だいぶ稼いだが、後々のこと考えれば無駄遣いはできない。昨日泊まった、『月光の木かげ亭』へ足を踏み出そうとした、その時だった。
ぐいっ、と後ろから首根っこを掴まれた。
「ぶふっ!? なに!?」
「どこへ行くつもりだ」
「え、昨日の宿だけど? 稼いだとはいえ、まだ資金は温存しないと」
「却下だ」
ジルベールは無言でクラリスの腕を引き、そのまま王都の中心部にある、いかにも高級そうなレンガ造りのホテルへと強引に連れ込んだ。シャンデリアが輝き、ふかふかの絨毯が敷かれたロビーに、クラリスは目をパチクリとさせる。
ジルベールはフロントデスクに進み出ると、金貨を一枚、ターンとカウンターに叩きつけた。
「一部屋頼む。セキュリティが万全で、一番まともな個室を用意しろ」
「? どういうこと?」
「お前は今日からここで寝泊まりするんだ。」
「ええっ!? ジルベールさん? これ経費で落ちるの!?」
「黙れ。監視対象がセキュリティのセの字もない安宿で、ゴロツキどもと不要なトラブルを起こすほうが私の手間だ。お前は自分の容姿がどう見られているか、少しは自覚しろ」
「お〜、さすが高レベル護衛NPC。福利厚生が手厚い! さすが王宮騎士様は太っ腹だね!」
「……お前は馬鹿なのか…」
こめかみを押さえ、これ以上ないほど深い深いため息をつきながらも、ジルベールはクラリスを三階の奥、最も安全な部屋の前までしっかりと送り届けた。
「じゃ、明日は朝から武器屋と防具屋を巡って買い出しだからね! エスコートよろしく!」
「……勝手にしろ」
バタン、と扉が閉まる直前、小さく「チッ」と舌打ちする音が聞こえたが、クラリスの優秀な脳内翻訳機能はそれを「明日もちゃんと付き合ってあげるよ、仕方ないな」という都合の良いボイスに変換していた。
部屋に入るなり、クラリスは最高級の柔らかなベッドに思い切りダイブした。
ぽふっ、と沈み込むマットレスの上で、銀貨の袋を抱きしめてゴロゴロと歓喜の寝返りを打つ。
頭の中で空想のステータス画面を開き、装備シミュレーターをあれこれと組み合わせて妄想しているうちに、クラリスの意識は急速にまどろんできた。慣れない森での立ち回りと、スタミナ限界までの連戦による疲労が、今になって一気に押し寄せてきたのだ。
クラリスは銀貨を握りしめたまま、泥のように深く、幸せな眠りへと落ちていった。
彼女の『監視』を務めるハメになった不憫な凄腕の騎士様が、昨晩とまったく同じように一晩中、部屋の外で冷たい壁に背を預け、腕を組んだまま周囲の気配を警戒して立ち尽くしていることなど——呑気な元公爵令嬢は、知る由もなかった。




