腕の立つフリーの冒険者
「よしっ! 雑魚散らし完了! ジルベール、ヘイト維持バッチリだったわよ!」
「……当たり前だ」
ゴルゾの街で一日しっかり静養したクラリスは、すっかり全快していた。
体調が戻った途端、待ってましたとばかりに『黄昏の廃坑』へ繰り出し、完璧な立ち回りでダンジョンの中層から深部へと一気に突き進んでいたのだ。
(やっぱり全回復した後のハクスラは最高ね! 経験値もドロップ素材もウハウハだわ! 昨日は高熱で丸一日潰しちゃったから、その分の遅れを取り戻さないとね!)
ご機嫌で『銀の細身剣』の血振りをし、鞘に収めたクラリス。
だが、そのすぐ隣で大剣を担ぐジルベールは、どこか口数が少なく、真面目な顔つきを崩していない。
(まったく、ジルベールったら何を気にしてるのかしら。まあ、タンクとしての立ち回りは満点だから文句はないんだけど!)
クラリスがそんなことを考えていた、その時だった。
洞窟の奥から、金属が重なり合う軽快な打撃音と、どこか緊張感のない男の明るい声が響いてきた。
助けを求めているわけでもなさそうだが、なんだか楽しげな声だ。
気になって岩の角からそっと覗き込んだクラリスは、思わず紫の瞳を限界まで丸くした。
広場のような空間の真ん中で、数体の大型モンスター『岩石ゴーレム』の群れを相手に、まるで舞踊でも踊るかのようにひらりと身をかわしている一人の青年がいた。
その手には二本の短剣——双剣が握られており、ゴーレムの関節部分や弱点を的確かつ高速で切り刻んでいる。
整った顔立ちに、わざと着崩した高級感のある軽甲冑。耳元には揺れる銀のピアス、そしてチャラついた笑みを浮かべた琥珀色の瞳。
(うそ……! うそでしょ!? あいつって、乙女ゲーム『ファンクロ』の攻略対象の一人……フリーの天才冒険者『レオン』じゃないの!?)
クラリスの脳内で、前世のゲーマー知識が爆速で駆け巡る。
原作におけるレオンは、一見すると女好きで口の軽いチャラ男だ。しかしその正体は、他国の元流浪騎士であり、戦闘センスとダンジョン知識、さらにはトラップ解除やバフスキルに至るまで、あらゆる能力が高水準でまとまっている『隠れハイスペック・万能アタッカー』なのだ。
「はーい、おしまいっ!」
あっという間にゴーレムの群れを撃破したレオンは、双剣をサッと背中の鞘に収めると、軽やかな足取りでクラリスたちの隠れている岩陰へと向かって歩いてきた。
「やあ、お二人さん。隠れて見てないで出ておいでよ。」
このまま隠れていてもしょうがないと踏んだ二人は、そのまま姿を現した。
レオンはクラリスを見て、目を見開いた。なんといっても、クラリスは黙っていれば女神と見紛うような美少女なのだ。
けれど、次の瞬間には気を取り戻すようにレオンは慣れた手つきでクラリスの手を取り、指先に軽くキスをするような仕草を見せた。
「やあ、女神のようなお嬢さん。こんな暗い廃坑で君みたいな美少女に会えるなんて……俺はレオン。見ての通り、腕の立つフリーの冒険者さ。良ければお名前、教えてくれない?」
「あ、私はクラリス! で、こっちの厳ついのが——」
「おい、初対面の淑女に向かってその態度は紳士と言えるのか?」
氷のように冷ややかな声が落ちた。
「え? 私は大丈夫よ?」
クラリスが首をかしげてあっけらかんと返すと、ジルベールはわずかに眉をひそめ、ため息を漏らした。
「お前が大丈夫でも俺が看過できん。見るからに不審で軽い男だ」
「ちょっとジルベール! 失礼でしょ!」
「ははは! いやぁ、厳しいお兄さんだねぇ。でもまあ、いきなり怪しまれるのも無理はないか」
レオンは苦笑いしながらヒラヒラと両手を上げてみせたが、その琥珀色の瞳はしっかりとジルベールの立ち姿と大剣の重みを見抜き、只者ではないと察しているようだ。
(……待って。待ちなさい私……! これって、千載一遇のビッグチャンスじゃない!?)
クラリスのゲーマー脳が、高速で最適解を弾き出し始めた。
(レオンは双剣使いの近接アタッカー兼、トラップ解除や範囲バフのスキルも持ってる! この次の目的地である『極寒の雪山ダンジョン』は、視界不良と寒さデバフ、さらには複雑なギミックが多い難所……! タンクのジルベールとメイン火力の私、そしてサポート&サブアタッカーのレオンが揃えば、パーティの安定性と攻略速度が跳ね上がるわ……!!)
「ねえ、レオン! あなた、これから予定ってあるの!?」
「ん? いや、特に決まった依頼はないけど……」
「本当!? 私たち、ここを攻略したら次は『雪山ダンジョン』に行こうと思ってるんだけど……もし良かったら、一緒に行かない!?」
「……なっ!? クラリス!?」
後ろでジルベールが驚愕と困惑の声をあげたが、クラリスは一切構わずにレオンへと身を乗り出した。
「雪山は寒さデバフもきついし、パーティ推奨の難所でしょ? レオンみたいな腕利きがいてくれたらすごく助かるの! 報酬のドロップ素材や宝箱のナカミも山分けでどう!?」
「へえ……雪山ダンジョンか。いいねぇ、面白そうじゃないか」
レオンは興味深そうに眉を上げ、楽しげに笑った。
「いいよ、乗った! 君みたいな威勢のいい可愛い子と一緒なら、雪山の寒さも吹き飛びそうだしね。現地での合流でいいかい?」
「本当!? やったー! 交渉成立ね!」
「ま、待て、クラリス! 危険人物かもしれん男を安易に引き入れるなど……!」
ジルベールは渋い顔をして止めようとしたが、クラリスは「大丈夫!」と聞く耳を持たない。
「あはは、なんだか面白そうなパーティになりそうだね。じゃあ、俺は先に出口へ向かってるよ。クラリスちゃん、雪山の麓の街で待ってるからね〜!」
レオンは軽やかに手を振ると、すばやい身こなしで洞窟の奥へと消えて行った。
「あ、待ってレオン! ……もう、ジルベールが変に警戒するから行っちゃったじゃない!」
「……俺はただ、お前の安全を思って……」
ため息をつくジルベールだったが、クラリスはすでに「次の準備をしなきゃ!」と一人で先へ歩き出してしまっていた。




