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断罪されたのでウッキウキで冒険者に転職したら、監視役の騎士様にめちゃくちゃ愛されています!  作者: 夜空 つばめ


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2/21

ギルドへレッツゴー!!

「ふっふっふ……まずは『変装』! これぞRPG冒険者の基本であり、最高に高まる醍醐味だよね!」


 王立学園の広大な敷地を脱出し、夜の城下町の暗い路地裏へ滑り込んだクラリスは、フリルとシルクが豪奢に重なるエメラルドグリーンのドレスを何の躊躇もなく脱ぎ捨てていた。


 この日のために、彼女は数ヶ月前から綿密な計画を立てていたのだ。お茶会や夜会の準備の際、侍女たちの目を盗んではドレスの下に仕込み続けてきたのは、あらかじめあつらえておいた革の胸当てと、動きやすい布製のショートパンツ、そして頑丈な革の乗馬ブーツである。


「ふぅぅーっ! 軽〜い! 息が吸える! ちゃんと肺が膨らむー!」


 重厚なコルセットの締め付けから解放された瞬間、クラリスは深く息を吸い込み、その場に屈伸運動をした。


 公爵令嬢としての17年間は、まさに息苦しさとの戦いだった。背筋を真っ直ぐに保つための鋼鉄の骨組みが入った下着、何層にも重なった布地、一歩歩くごとに裾を踏まないよう神経をすり減らす歩行マナー。それら全てから解き放たれた肉体は、まるで羽が生えたかのように軽い。


「はぁ……自由の空気ってこんなに美味しいんだ。ドレスって、一体なんの試練だったんだろう」


 豪豪しく結い上げられていた銀髪のピンをバババッと抜き去ると、流れるような銀糸が夜風に揺れた。手早く指先で髪を整え、低い位置でサッと紐で一つ結びにする。


「よしっ、完成! これでどこからどう見ても『ちょっと威勢のいい新人冒険者』!」


 脱ぎ捨てた高級シルクのドレスは小さく丸め、後で下町の質屋に売り払って初期資金に変換するため、用意しておいた大きめの布袋へ丁寧に押し込んだ。前世で「無駄なドロップアイテムなど一つもない」と叩き込まれたガチ勢ゲーマー精神は、1コッパーすら無駄にはしない。


 ズシッと重い布袋を担ぎ、路地裏の影から抜け出すと、そこには貴族街の静寂とは対照的な、泥臭くも圧倒的な熱量に満ちた下町の夜が広がっていた。


「わぁ……! 本当にゲームの『初期街・首都ルミナ』の下町エリアに来ちゃったんだ……!」


 石畳の道沿いに所狭しと立ち並ぶ石造りの建物、建物の窓から漏れ出す暖かいランプの光、どこかから漂ってくる香ばしい肉の焦げる匂いとニンニクの香り、遠くの酒場から響いてくる酔っ払いたちの賑やかな笑い声とアコーディオンの音色。


 貴族街の無菌室のような清潔さと静寂にはなかった、生々しい人間たちの「生活の匂い」がそこにはあった。馬糞の匂いすらも、冒険の始まりを告げるスパイスのように思えてくる。


「画面の向こうの2Dグラフィックや3Dモデルじゃない……テクスチャが立体だよ! 風が肌に当たるし、匂いがある! グラフィックの再現度、神すぎるでしょ……!」


 一人で興奮のあまりブツブツと呟くやばいやつになりながら歩いていると、ぐうぅぅぅ、とクラリスのお腹が派手な音を立てた。


 考えてみれば当然だ。あの夜会では、王子やマリアとの「断罪イベント」を完璧に発生させるため、緊張感と演技に没頭していて一口も料理に手を付けていなかったのだから。


「そういえばお腹空いたなぁ。ポケットの底に残ってた端金で、何か食べられるかな?」


 公爵家の財産はすべて置いてきたが、万が一のためにドレスの隠しポケットに忍ばせておいた数枚の銅貨をジャラリと取り出す。


 視線を泳がせると、大通りの角でモクモクと香ばしい煙を上げている一軒の屋台が目に入った。豪快に薪を燃やし、網の上で分厚い肉の塊がジュージューと音を立てて焼かれている。


「おじさん! その肉の串焼き、一本ちょうだい!」


「へい毎度! お嬢ちゃん、そんな綺麗な顔してこんな夜更けに一人でお出かけかい? 銅貨3枚だよ!」


 クラリスは銅貨を渡し、焼き立て熱々の串焼きを受け取った。木の串に刺さった肉は、ラグビーボールのようにゴロッと大きく、濃厚なタレが垂れ落ちている。


 公爵家のお食事マナーであれば、まずはナイフとフォークを正しく持ち、一口大に上品に切り分け、口元を布で隠しながら静かに噛み締めなければならない。


 しかし、今のクラリスは「無職の新人冒険者」だ。


「いただきまーす!」


 口を大きく開け、串焼き肉に豪快にガブリと噛み付いた。


「っ……!! んんんん〜〜〜〜ッッ!! 美味しいっっ!!」


 皮はパリッと香ばしく、噛んだ瞬間に熱々の肉汁とコクのある甘辛いタレが口いっぱいに弾け飛ぶ。野生的な肉の旨味がダイレクトに舌を刺激した。


(なにこれ!? マナー教育で習った『上品な子羊のロースト(正式にはジコ・ダニョー)』の100倍美味しいんだけど!? ナイフとフォークで小さく切り分ける一口じゃ味わえない、このワイルドな満足感……! これぞまさに、冒険者飯だよ!!)


 熱さにハフハフと息を吐きながら、夢中で肉を喰らう。タレが頬につきそうになるのも構わず、あっという間に一本を平らげてしまった。最後は口元を袖でバッと拭う。


「ふはぁ……生き返ったぁ……! HPが全回復した気分!」


 串をゴミ箱に投げ入れると、クラリスは自分の両手をじっと見つめた。


(そういえば……私の現在の『ステータス』ってどうなってるんだろう?)


 この世界には、冒険者ギルドで登録した時に発行される「ギルドプレート」を通して、自分のレベルやステータス数値を視覚的に確認できるシステムが存在する。


(公爵令嬢として暮らしていた17年間、一度もギルド登録なんてさせてもらえなかったから、自分のレベルを見たことがないんだよね。でも……フフフ、私には自信がある!)


 お屋敷の広大な庭園で、侍女たちの目を盗んでは木刀を振るい続けた日々。ドレスの下で脚力を鍛えるために重りをつけてスクワットを重ねた隠れた努力。


(マナー教育の合間にこっそりこなしてきたあのアクション訓練……! あれはゲーム内で言うところの『日常アクティビティによる経験値稼ぎ』に他ならない! いくら実戦未経験の令嬢体質とはいえ、初期レベルのレベル1ってことは絶対にないはず。きっとレベル5……いや、ワンチャンレベル8くらいには達してるんじゃないかな!?)


 自分の内に秘められた数値を想像するだけで、ゲーマーの血が滾ってくる。


(レベルが上がればステータスポイントが振り分けられる! ファンクロの基本ビルドは、序盤はとにかく『筋力(STR)』と『敏捷(AGI)』に極振りするのが最適解! 魔法系スキルは後回しにして、まずは近接攻撃の威力を上げてサクサク雑魚狩りをするんだから!)


 脳内で妄想しながら、クラリスはほくほく顔で独り歩く。


(初期レベル帯での効率的なレベル上げルートも完璧に頭に入ってる。レベル1〜3は街の周辺で薬草採取をしつつスライム狩り。レベル5を超えたら『東の森』の湿地帯に移動してジャイアントスライムとゴブリン。レベル10に達したら初期街を抜けて『港町バローネ』へのダンジョンルートを開放する……! ああ、完璧すぎる攻略チャート!)


 前世では画面越しにキーボードとマウスを叩きながら眺めていた世界。設定資料集でしか知らなかった「レベルシステム」と「世界の細部」。それが今、自分の足で踏みしめる石畳として、自分の身体能力として、五感のすべてに存在している。


(私は……本当に『ファンクロ』の世界に来たんだ。あの息苦しいお屋敷からも、決められた令嬢の運命からも逃げ切れたんだ……!)


 込み上げてくる圧倒的な自由のカタルシスに、胸が熱くなる。


(よし、現在の所持金は質屋にドレスを入れれば銀貨数枚にはなるはず。まずは冒険者ギルドでFランク登録! 自分のレベルとステータスを拝んでから、受注できる『薬草採取』と『スライム討伐』を同時並行でこなして、爆速で経験値を稼ぐ!)


 やる気とハクスラ欲に満ち溢れたクラリスの歩調は、自然と早くなっていく。


「待っててね、私のレベル上げライフ……! 待ちに待った冒険者ギルドへ、いざ突撃ー!」


 夜の城下町の大通りを抜け、クラリスが向かったのは街の中央にどっしりと佇む『冒険者ギルド』。


 深夜近くにもかかわらず、荒くれ者たちの怒号と酒杯のぶつかる音が響く重厚な木造の扉を、クラリスは思い切り勢いよく押し開けた。


 ギギィ……と不快な音を立てて開いた扉。その瞬間、店内の空気が一瞬で凍りつき、安酒をあおっていた厳つい男たちの視線が一斉に注がれる。店内を満たす安酒と汗の匂い、そして刺すような品定めする視線。普通の公爵令嬢なら悲鳴を上げて卒倒するようなシチュエーションだ。


 しかし、クラリスの紫の瞳は感動のあまりキラキラと輝いていた。


(うわあぁぁぁ! 本物の冒険者ギルドだ! 荒くれ者の『新人洗礼』イベントだー!! 画面の向こうで何百回も見ただ円卓と酒樽が実在してる!!)


 ゾクゾクとする興奮を抑えきれず、クラリスは胸を張って受付カウンターへと直進した。


「すみません! 新規の冒険者登録をお願いします!」


 受付の女性職員は、クラリスの透き通るような肌と整いすぎた顔立ちを見て、引きつった笑みを浮かべた。


「あの……お嬢さん、ここは遊び場じゃないのよ? 冒険者は命がけの仕事だし、最初はFランクからのスタートで――」


「はい! 大丈夫です! 登録手続き、爆速でお願いします!」


 圧倒的な勢いに押された受付嬢は「は、はい……」と頷き、魔力を測定してステータスを刻印するための透明な水晶板――『ギルドプレート』を取り出した。


「じゃあ、このプレートに両手をかざして、少しだけ魔力を流してみて」


(きたきたきたー! 自分のステータス確認イベント!)


 クラリスは胸を高鳴らせながら、両手でしっかりとプレートを握りしめた。


(17年間、お屋敷で侍女たちの目を盗んで積み重ねてきた筋トレと素振りの成果を見せる時……! さあ、私のレベルは幾つだー!?)


 ふんっ、と気合を入れると、プレートが淡い青色に発光し、表面に文字が浮かび上がった。


【名前】クラリス

【職業】無職

【レベル】3

【STR(筋力)】13

【AGI(敏捷)】22

【VIT(体力)】15

【INT(知力)】100

【DEX(器用)】25


「「……嘘でしょ?」」


 クラリスと受付嬢の声が重なった。


 受付嬢はただの令嬢ではない数値への感心だったが、クラリスの胸中は真逆だった。


(レベル3!? やっぱり日々の隠れ筋トレと素振りじゃダメだったの!? 確かに未登録の一般人ならレベル1だけど、最初から鍛錬しておいてレベル3なんて完全に出遅れてるじゃない!)


 自分の鍛錬の成果に不満しかないクラリスだったが、ふと一番下の項目に目をやって思わず二度見した。


(……待って。筋力も敏捷もレベル相応なのに……【INT(知力)】の数値だけ異常じゃない!?)


 レベル3の平均的な数値が20前後であるのに対し、クラリスのINTは驚異の100。桁が一つ違っていた。


(あ、そっか……前世の学力とゲーム知識と、公爵令嬢としての英才教育のせいで知力だけ初期段階でカンスト近くまで跳ね上がってるんだ……。近接物理の脳筋ビルドを目指したいのに、完全に魔法職か超知識型のステータスじゃないの……!)


 クラリスが一人で頭を抱えていると、後ろからドスンと大きな音が響いた。


「おいおいおい! 小娘が一人で何やってやがる!」


 振り返ると、そこにはクマのように巨漢の男冒険者が立ち塞がっていた。背中には大きな大剣を背負い、酒の匂いを撒き散らしている。


「そんな細腕で冒険者ごっこかい? 武器は力がないと振れないんだよ! 痛い目にあいたくねえなら、俺たちのお世話がかりにしてやってもいいぜ!」


 周りの男たちがギャハハと下品に笑う。定番の『荒くれ者からの絡まれイベント』だ。


 クラリスはショックから素早く立ち直ると、じーっと巨漢の男の身体と大剣を観察した。レベル3のスペックに加え、跳ね上がった【INT】による見切りと知識が、瞬時に最適解を弾き出す。


「おじさん……大剣って一見ロマンがあって強く見えますけど、隙が大きすぎて狩り効率めちゃくちゃ悪いですよ?」


「あぁ!?」


「ファンクロの基本ですよ! 序盤の雑魚狩りなら、断然『双剣』の方が出力ダメージの効率が良いんです! 双剣なら高い【AGI(敏捷)】を活かして手数で圧倒できますし、一発あたりの硬直時間が短いから敵の反撃も回避しやすくて圧倒的に倒しやすいんです。大剣の一撃を振り下ろしてる間に、双剣なら3回は弱点を刻めますよ!」


「な、なにをワケの分からん呪文みたいなことを……ッ! 講釈垂れてんじゃねえぞ小娘ぇ!!」


 ロマン武器である大剣のロジックを理論武装で全否定された巨漢の男は、顔を真っ赤にして拳を振り上げた。


 だが、レベル3の敏捷性と高INTによる未来予測を発動したクラリスは、男の振り下ろした大振りの拳を紙一重でかわすと、双剣使いのステップを踏むような最小限の動きで懐にスッと滑り込んだ。そして相手の肘の関節を軽くトンと突く。


「ぐおっ!?」


 腕の力が抜け、巨漢の身体がバランスを崩してグラリと傾く。クラリスは男の巨体が床に倒れ込む直前、そっと背中を支えて座椅子へ収めてあげた。


「ちなみに、足元の重心が左に偏ってますね。右膝を痛めてるなら、大剣の振り回しは膝への負荷が大きすぎるので余計に双剣への乗り換えをおすすめします。怪我はしっかり治してからダンジョンに入った方が良いですよ。レベリングの効率落ちますから!」


 ……店内が、シーンと静まり返った。


 荒くれ者たちが全員ポカンと口を開けている。見た目はおしとやかな、お忍び貴族にしか見えない少女が、Dランクのベテラン大剣使いを一切の無駄がない立ち回りで論破(プラス暴力)でいなしたのだ。


「と、いうわけで! 登録手続きと依頼の受注をお願いします!」


「は、はいぃぃっ!!」


 圧倒された受付嬢は爆速で書類を処理し、無事にFランクのギルドプレートが発行された。

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