断罪されにいきました!
「――クラリス・ヴァルハイト! 貴様のような悪毒な女との婚約など、今この瞬間をもって破棄する!」
絢爛豪華な王立学園の大夜会。天井に吊り下げられた巨大な魔導水晶のシャンデリアが眩い光を放ち、金の刺繍が施されたカーテンが夜風に揺れる大広間で、第一王子クラウディオ・ウォーカーの怒声が朗々と響き渡った。
黄金の髪を完璧に整え、輝くような青い瞳を怒りに燃やすクラウディオ王子は、誰もが見惚れる完璧な男性だ。仕立ての良い漆黒の礼服に身を包んだその姿は、まるで物語から飛び出してきた騎士のように絵になっている。
そして、その隣にぴったりと寄り添う少女の姿があった。
桃色のふわふわとした髪を揺らし、小動物のように潤んだ瞳で王子を見上げる少女——マリア・ラミレスは小柄で守ってあげたくなるような愛くるしい容姿をしていた。
彼女はクラウディオの袖をキュッと掴み、怯えたように肩を震わせている。
「クラウディオ様……もうやめてください……。私、クラリス様を追い詰めるつもりなんて……ッ」
「いいんだ、マリア。君の優しさに付け込み、裏で卑劣な嫌がらせを繰り返してきたこの悪女を、俺は絶対に許さない!」
クラウディオはマリアの肩を抱き寄せ、フロアの中央に立つ一人の女性へ向け、氷のように冷たい視線を射抜いた。
そこに立っていたのは、クラリス・ヴァルハイト。
艶やかな銀糸のような髪を高く結い上げ、すらりと伸びた背筋、涼やかで知性あふれる切れ長の紫の瞳。流れるようなシルクの深いエメラルドグリーンのドレスを纏った彼女は、誰もが圧倒される美女であった。立っているだけで絵になるその気品と美貌は、隣の可憐なマリアとは対照的な、息をのむような気高く冷ややかな美しさを放っている。
王子に激しく睨みつけられ、周囲の貴族たちから刺すような蔑視と嘲笑の視線を浴びるクラリス。
「私の愛するマリアを陰でなじり、階段から突き落とそうとしたその浅ましい本性……! もはや公爵令嬢の資格すらない! 貴様からヴァルハイトの身分を剥奪とする!」
王子の言い渡したあまりにも重い決断に、会場全体が息をのむ。
「まあ、追放だなんて……」「公爵家のお嬢様が、これで終わりね」「あんなに美しいのに、心が醜かったのね」と、嘲笑と哀れみが入り交じったコソコソ噂話が広がっていく。
しかし。次の瞬間ドレスの裾を強く握りしめ、俯き、軽く震えはじめたクラリスに、皆、思わず哀れみの感情をむけてしまう。
しかも、ゆっくりと顔を上げた、クラリスの知的な紫の瞳には、涙が溜まっていた。
「そんな……クラウディオ様……! 私は、私はただ、あなたをお慕いしていただけで……ッ! マリア様へのことも、すべては私の嫉妬が狂わせた過ちでした……!」
周囲の貴族たちが「あら……」「少し可哀想かも」と一瞬毒気を抜かれる。マリアも「えっ」と目を見開いた。だが、頭に血が上ったクラウディオ王子には通用しない。
「しらじらしい嘘を吐くな! 衛兵、この女を引っ立てよ!」
「――っく、うう……! さようなら、クラウディオ様! 私のことは、どうかお忘れくださいませ……!」
劇的な捨て台詞を残すと同時に、クラリスは「もう耐えられません!」と言わんばかりにエメラルドグリーンのドレスの裾を両手で豪快に持ち上げた。ヒールを踏み鳴らし、突風のような速度で大広間の扉に向かって激走する。
「え……? あ、待て! 衛兵、追え!」
「は、はいっ! ……って、は、速い!? 令嬢の速度じゃないです!!」
綺麗な顔を歪ませることもなく、完璧なフォームで廊下を駆け抜けていくクラリス。重いドレスを着ているとは思えない軽やかな脚力に、追おうとした鎧姿の衛兵たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。
華麗に夜会会場を抜け出したクラリスは、風を切って学園の広大な庭園へと飛び込んでいった。夜風が肌をくすぐる庭園の奥深く、人影のない巨大なガゼボの影に滑り込んだ瞬間。
「よっしゃあああーーーーッ!! 計画通り!!」
クラリスはハンカチで涙をバッとぬぐい去り、どこかで聞いたことのあるようなセリフを叫びながら、夜空に向かって両拳を高く突き上げた。綺麗な顔立ちに、隠しきれない満面の笑みが弾ける。
「見た!? 見た今の!? 完璧な逃走ルート! 衛兵の初期配置から計算した通りの見事な脱出!!……まあちょっと笑いかけて肩震えたり涙目になっちゃったけど……。」
胸中で躍り上がる歓喜。面倒なお辞儀の角度も、退屈なお茶会も、気取った貴族たちの顔色を伺う日々も、すべて今日で終わりだ。
「これで晴れて身軽な無職! ドレスもマナーもぜんぶポイ! 明日からは念願の冒険者ギルドに直行して、まずは初心者クエストで初期資金を稼いで……それから初期街周辺のレベル上げ効率最高のスポットへ行くんだから!」
前世でやり込んだ大好きなゲームである『ファンタジア・クロニクル』。世間一般では「乙女ゲーム」として売り出されていた作品だが、クラリスにとってそんなことはどうでもよかった。イケメン攻略対象たちとの甘い恋愛イベントなんて全てスキップ連打。クラリスがこの作品に情熱を注ぎ込んだ唯一の理由。それは、『ファンクロ』は乙女ゲームがメインとは思えないほど、緻密に作り込まれた本格ハクスラRPGシステムだったからだ!
属性相性を考慮したスキルビルド、隠しダンジョンの凶悪なギミック、超低確率でドロップする神級装備の厳選……。そんなゲーマー魂を揺さぶる最高のRPG世界に転生したというのに、よりによって乙女ゲーム方面の悪役令嬢クラリスになってしまったと気づいたあの日から、どれほどの月日が流れただろう。
前世では重度のゲーマーで、画面の向こうの広大なフィールドやギルド、魔物討伐に血を沸かせていた。この世界に生まれ変わったとき、せっかくの魔法と剣の世界なのに「お茶会とマナー教育」に追われる日々に絶望したものだ。
(冒険者になりたい! なんなら自分の足で世界を旅して、隠しダンジョンを制覇して、伝説の魔獣をソロ討伐してギルドで一発当てて大金持ちになりたい!!)
その野望を叶えるための唯一にして最大の障害が「公爵令嬢」という身分と「王子との婚約」だった。だからこそ、クラリスはこの日のために徹底的な準備を進めてきたのだ。
ゲームの知識(乙女ゲーム方面はほとんど覚えていない)をフル活用し、ヒロインのマリアを嫌味っぽく煽り(ただし判定に引っかかる最低限の言動で、ダメージはゼロ)、王子に「悪役」として認知されるよう裏でコソコソフラグを立て続け、ついに今日、最高の形で回収されたのである!
(追放! 身分剥奪! 素晴らしい! これで私はただの「一般人」! 自由だーーー!!)
あのゲームで見た広大なマップ、攻略Wikiでしか見たことがなかった隠しエリア、そして激レアなドロップアイテムたち……!
(まずは初心者用の鉄の剣を買って、軽甲冑を装備して、野宿用の耐久度の高いテントも選ばなきゃ! ああ、でも初期街の鍛冶屋にいる頑固親父のイベントをこなせば、序盤最強の『銀の細身剣』が手に入るんだっけ!? 楽しみすぎて胸のバクバクが止まらない……!)
ただひたすらにRPGを愛し抜いたオタクの血が騒ぎまくる。頭の中で効率的な攻略チャートを高速展開しながら、クラリスはドレスの裾をたくし上げ、軽やかな足取りで夜の街へと駆け出していった。
◇ ◇ ◇
そのガゼボの近くで、気配を完全に消した黒い影——報告書を持った王直属の騎士のジルベール・ミラーが、冷や汗を流しながら潜んでいた。
「……あれは本当にクラリス・ヴァルハイトか?」




