手伝い料はバフ付きのブレスレットで
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討伐の余韻が冷めやらぬバローネの港街。
『タイラント・クラーケン』から得た膨大なドロップ素材と討伐証明をギルドへ提出した私は、ホクホクの金貨袋を手に、真っ先に高級武具店へと向かっていた。
「ちょっと、クラリス。どこへ行くつもりだ。宿に戻って休むのではなかったのか」
後ろを歩くジルベールが、いつもの冷ややかな声で問いかけてくる。
だが、その声にはどこか普段ほどの鋭さがない。心なしか歩幅を殺し、クラリスの歩調に静かに合わせているような違和感があった。
「何言ってるの! 攻略が終わったら即・装備更新! ガチ勢の基本中の基本でしょ!」
ガラガラと音を立てて武具店の重厚なドアを押し開ける。店内には重厚な金属の匂いと、高級な革製品の香りが漂っていた。
「いらっしゃい……おや、冒険者かい?」
「店主さん! この街で一番『斬撃・打撃耐性補正』が高くて、かつ【AGI】の補正値が一番伸びる最高の装飾品と大盾を見せて!」
クラリスが金貨袋をカウンターにドカンと置くと、店主とジルベールの目が丸くなった。
「おい、クラリス。一体何をする気だ」
「何って、あんたの装備強化よ! さっきのボス戦、最大火力技の後に攻撃硬直が長すぎてラストカウンターを食らいそうになったでしょ! AGIの補正値を上げればフレーム硬直も短くなって次の行動への復帰が早くなるの! だからこれは必要経費、完璧な先行投資よ!」
店主が重々しくカウンターへ並べた幾つかの護符のスペックを、クラリスは瞬時にブラウジングする。
(赤炎石はSTR寄り、青輝晶は重すぎて論外……よしっ、一番AGIの補正値が高くて硬直軽減が見込めるのはこれね!)
「これ! この紫水晶の護符がいいわ!」
クラリスが迷わず指差したのは、深みのある紫色の魔石があしらわれた装飾品だった。性能と硬直短縮の数値こそが全てだ。
「ほらジルベール、腕出して! 試着試着!」
クラリスが護符を持ってぐいぐい迫ると、ジルベールは一瞬だけ目を見開き、ごく自然な動作でわずかに半歩身を引いた。
「……自分でやる。気安く触れるな」
「何よ、減るもんじゃないでしょ! はい、これ装備してみて!」
強引に手渡すと、ジルベールは少し困惑したように紫色の魔石が綺麗に輝く腕輪を見つめた。
手袋を外し、その無骨で傷の多い手首に装着する。ぴたりとサイズが合い、妖艶で美しい紫の光が、彼の漆黒の甲冑と絶妙なコントラストを描いていた。
(よしっ……! これでジルベールの【DEF】の底上げに加えて、【AGI】補正までしっかり確保! これで大技の後の硬直リスクも最小限だし、次の『鉱山都市』の物理特化モンスター相手でも余裕でタンクが務まるわね!)
クラリスが一人でフフフと満足気に頷いていると、ジルベールは自分の手首にはめられた高価な装飾品と、クラリスの顔を交互に見つめていた。その紫紺の瞳には、いつもの警戒感とは違う、どこか落ち着かない静かな戸惑いが浮かんでいる。
「……なぜだ」
「ん? 何が?」
「……これほどの金貨を払ってまで、なぜ俺の装備を整える。俺はただの監視役だ。お前にとっては、王宮から遣わされた邪魔な存在のはずだろう」
低い声で、先ほどと同じような問いをするジルベール。
クラリスは呆れたように肩をすくめた。
「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってるの? あんたが途中でへばったり、攻撃後のスキに致命傷を受けたりしたら困るからに決まってるじゃない! 最高のパフォーマンスを出してもらうための環境整備よ! あんたにはこれからもガッツリ働いてもらわなきゃ困るんだから!」
「……」
ジルベールは静かに目を伏せ、手首で紫色の光を放つ腕輪に指先でそっと触れた。
「だが、やはりこれは受け取れない。俺はあくまで監視役だ。……今回は危険そうだったため手を貸したが、次からは——」
「えっ!! 手伝ってくれないの!? ……じゃあ、それを手伝い料としてならどう!?」
「手伝い料……?」
ジルベールは、呆れたような、しかしどこか毒気を抜かれたような表情で目を丸くした。
「そうよ! これはプレゼントでも何でもなくて、次の『鉱山都市』攻略の専属タンク契約料! もしくは高額な出張手当! ほら、それなら監視役のプライド的にも問題ないでしょ!?」
「……お前という奴は」
クラリスが真剣な顔でまくしたてる支離滅裂な屁理屈に、ジルベールは深く息を吐き出した。手首の紫水晶は、まるで二人を嘲笑うかのように妖艶な光を放ち続けている。
「……分かった。お前の用意したこの装備、ありがたく使わせてもらう」
「よっしゃ! 契約成立ね! じゃ、次は大盾のカスタマイズに行くわよー!」
上機嫌で次のコーナーへ向かう私の後ろで、ジルベールはいつになく静かな足取りでついてくる。
手首の紫の光と、クラリスの瞳をどこか不思議そうに交互に眺めながら、彼が一人で深く考え込んでいることには一切気づかないまま、私たちは次なる目的地・鉱山都市へ向けて着々と準備を整えていくのだった。




