二本(一時間分)ずつしか持ってきてないポーションの効果が切れる前に
「ギシャアァァァッ!!」
先陣を切ったのは、二頭の『サハギン・ソルジャー』だった。そのエラが赤く大きく膨らんだ瞬間、三叉槍を構えて弾丸のような速度で一直線に突進してくる。
「前兆モーション、いただき! ジルベール、左の三叉槍はそのまま受け流して! 右は私が処理する!」
「……指示するなと言っている!」
文句を口にしつつも、ジルベールの動作には微量の無駄すらなかった。
大盾をわずかに傾け、水流を切り裂いて迫るサハギンの槍先を完璧な角度で弾く。ガギィン! という重厚な金属音が水中に響き渡り、態勢を大きく崩したサハギンが宙に浮いた。
一方のクラリスは、指輪『疾風の微光』と特製ポーションのダブル補正を全開に発動。水圧を無視した滑らかなスライド移動で右のサハギンの懐へ潜り込む。
「弱点特効、エラの隙間に確定ヒット!」
銀の細身剣が疾風のごとく閃いた。
ズバッ!!
寸分の狂いもなく急所を穿たれたサハギンは、断末魔を上げる暇もなく光の粒子となって消滅。一撃確殺だ。
「よし、ドロップ回収は後回し! 次、シー・サーペントが来るわよ!」
前方の石柱の陰から、巨躯をうねらせた『シー・サーペント・アクア』が襲いかかる。その胴体が蒼く発光した直後、口から高圧の水流ブレス『ハイドロ・ブラスト』が放たれた。
「水流ブレスは直線判定! 横に一歩スライドすればノーダメージ!」
クラリスは軽やかに真横へと跳び、攻撃を回避。しかし、水流ブレスの真の狙いはその背後にいたジルベールだった。
「……甘い」
ジルベールは避ける素振りすら見せず、大盾を深く構えた。
ズドォォォンッ!!
水中で凄まじい衝撃波が弾ける。だが、クラリスのポーションによって「水圧デバフ100%カット」されたジルベールの【STR(筋力)】は一切衰えていない。大盾の魔導障壁が水流を完全に霧散させ、一歩も後退することなく耐え切ってみせた。
「うそ、ブレスを真っ正面から完封!? さすが最強タンク、固すぎる……!」
「無駄口を叩くな。隙だらけだぞ! あの巨蛇はどうすればいい。」
「そうだった! ダウン中の首元、確定クリティカル!」
ブレスを放ち切って硬直したシー・サーペントの隙を逃さず、クラリスが背後から急接近。喉元の青い鱗の隙間へ、連続刺突を叩き込む。
シュババババババッ!!
「ギギャァァァッ!?」
一秒間に数回繰り出される精密な攻撃に、シー・サーペントは苦悶の声を上げて崩れ去り、黒い煙となって消滅した。残った二頭のサハギンも、立ち直ったジルベールの一閃によって一瞬で真二つに両断される。
「ふぅ……! 弱点属性と立ち回りが分かってれば、水中戦もただの作業ね!」
クラリスはホクホク顔で、水中に漂う魔石と『サハギンの三叉槍』『サーペントの蒼鱗』を次々と回収していく。
「……信じがたい手際だな」
ジルベールは大剣を鞘に収めることなく、冷酷な眼差しでクラリスの手元を見つめていた。
ジルベールは溜息をつきつつも、その紫紺の瞳には警戒と、言葉にできない微かな困惑が色濃く宿っていた。王宮で見ていた高慢で無能な悪役令嬢の面影は、どこを探しても存在しない。目の前にいるのは、異常なまでの戦術知識と冷静さを併せ持つ、謎多き剣士だ。
「さ、どんどん奥へ行くわよ! このフロアの雑魚を散らしながら、ボス部屋の『潮騒の玉座』を目指すわ!」
「待て。調子に乗るなと言っているだろう」
◇ ◇ ◇
それから数分間。
二人は古代遺跡の複雑な回廊を突き進んだ。クラリスの迷いのないナビゲーションにより、行き止まりやトラップ部屋を完璧に回避し、現れるサハギンやクラゲ型の魔物を次々と撃破していく。
「右の回廊はスルー! あっちにはドロップのまずい『毒クラゲ』が大量湧きしてるから! 左の隠し通路からショートカットするわよ!」
「隠し通路……? 壁しか見えんぞ」
「この第三の石柱の裏にある小さなレバーを押すの! ほら、カチッて言った!」
ゴゴゴゴ……と音を立てて石壁がスライドし、奥へと続く最短ルートが現れる。
「……貴様、本当にこのダンジョンの構造をすべて把握しているのか……?」
「当たり前じゃない! 『ファンクロ』の恋愛イベント以外なら頭の中に全部入ってるんだから!」
完璧すぎる攻略ペース。本来なら数日かけて慎重に進むべきD〜Cランクダンジョンを、二人はわずか十数分で駆け抜けていた。
しかし——。
最深部へと続く巨大なアーチ状の扉をくぐり抜けた瞬間、周囲の空気が一変した。
グラグラグラ……ッ!!
突如として、海底全体を揺らす凄まじい震動と水圧の波が二人を襲う。
「っ、なになに!? ダンジョン障害!?」
「クソッ、上だ!!」
ジルベールが瞬時にクラリスの首根っこを掴み、強引に後方へと引きずり戻した。
「ウゲッ……首掴まないで! 窒息する!」
直後——ズドォォォォンッ!!
二人が数秒前まで立っていた石畳へ、太さ数メートルはあろうかという巨大な黒紫色の「触手」が、水圧を置き去りにする速度で叩きつけられた。
メリメリと崩れ去る白亜の石柱。あまりの威力を秘めた一撃に、水中全体に激しい気泡と濁流が巻き起こる。
「……なっ……!?」
クラリスの瞳が驚愕に見開かれた。
古代遺跡の広大な最深部エリア。その中央にそびえる巨大な台座の周りには、無数の船の残骸が転がり、海水が一際濃い黒紫色に染まっていた。
そして、その闇の奥から、ゆらりと現れた巨体。
八本の巨大な触手、表面を覆う無数の吸盤、そして中央で禍々しく赤く発光する、巨大な単眼——。
『変異種・タイラント・クラーケン(Bランク級モンスター)』
「グオオオオオオオオオオオッ……!!」
水振動を伴う凄まじい咆哮が、海底全体を激しく揺らした。
「おい、クラリス……」
ジルベールがクラリスを庇うように前に出で、漆黒の大剣を固く構える。その冷徹な横顔には、かつて見たことのないほどの緊張感が走っていた。
「これがギルドの言っていた『変異種』か……。規模が違う。Bランクどころか、Aランクが部隊を組んで挑むレベルの化け物だぞ」
「あはは……」
クラリスは頬をひきつらせながらも、その目にはガチ勢特有の怪しい光が宿っていた。
「本来なら中盤の大型イベントボス……! 噂通りのぶっ壊れグラフィックと威圧感ね……!」
「笑っている場合か! 引き返すぞ、ここまでの敵とは次元が違う!」
「ダメよ! 逃げたらレアドロップの『深海のエレメント』が手に入らないじゃない!」
クラリスは『銀の細身剣』を構え直し、鋭い視線を巨大な単眼へと向けた。
「大丈夫! どんなにデカくて強くても、ゲームの敵には必ず『確定パターン』と『ハメ手順』が存在するんだから! クラーケン完全討伐(ハメ殺し)作戦、開始よ!!」




