一方その頃、王宮では
港町バローネの酒場で二人がバチバチと火花を散らしていたその頃——王都の王宮では、全く別の意味での絶望が広がっていた。
「……マリア様、大変恐れ入りますが、こちらの『秋季治水事業の予算分配書』と『地方貴族からの税率調整申請書』へのご署名と裁可を……」
「え、ええと……? よ、予算……? 税率……?」
豪華絢爛な王太子妃の執務室。
積み上げられた書類の塔を前に、桃色の髪を揺らす少女——マリアは、真っ青な顔でフリーズしていた。
クラリスが華麗に(自作自演で)追放されてから、数日。
マリアは王太子の婚約者として「クラリス様の分まで私、頑張ります! クラウディオ様をお支えします!」と愛らしく意気込んでいた。
学園時代、クラリスがいかに簡単に書類を処理し、王子にマリアでも分かるような内政の報告をしていたかを見ていたからだ。
(クラリス様にできるお仕事ができるなら、私にだってできるはず……!)
そう思っていた時期が、彼女にもありました。
「ああの……マリア様? こちらの書類、本日中に裁可をいただけないと、西地区の水路工事が全てストップしてしまいまして……」
「ひ、ひえっ……! で、でも私、この『複式簿記の計算』とか『魔導インフラの維持コスト算出』とか、さっぱり分からなくて……っ!」
「なっ……!? これらは王立学園の高等内政課程で履修する基礎中の基礎だとクラリス様は……」
「私、そんなの習ってません……! クラリス様がいつも怖いくらい速いスピードで書いてたから、簡単なことだと思ってて……っ!」
官僚たちの顔から血の気が引いていく。
そうなのだ。クラリス・ヴァルハイトは【INT100】というバグ級の知力と、前世のゲーム知識・学力をフル活用し、本来なら十数名の専門官僚が束になって行うレベルの「王国全体の複雑な内政処理」を、お茶を飲みながら鼻歌まじりに爆速で処理していたのだ。
「クラウディオ殿下ぁ……っ!!」
耐えかねたマリアが半泣きで抱きついたのは、凛々しい顔に引きつった笑みを浮かべる第一王子クラウディオだった。
「だ、大丈夫だマリア! 俺が手伝う! あの悪女クラリスにできたことが、俺たちにできないはずがない!」
クラウディオは威風堂々と書類の山へ向かい、一番上の書類を手に取った。
……3分後。
「……なんだこの文書は!? 『関税の迂回防止に向けた港湾法改正案』!? なぜ関税を迂回する!? 素直に払えばいいだろう!!」
「殿下、それは経済の基本でして……!」
「黙れ! 読みにくい! 文字が多すぎる! 結論だけ出せ!!」
「結論を出すための審議書類でございます!!」
頭を抱える官僚たち、パニックを起こして泣き出すマリア、そして自身の知識不足を棚に上げて書類に怒鳴り散らすクラウディオ王子。
クラリスという「超優秀な内政・計算インフラ」を失った王宮の業務は、たった数日で完全に機能停止していた。
「あ、あの……殿下……。クラリス様は毎朝、これらの書類を1時間ほどで全て処理されておりましたが……」
「黙れッ! あの悪女の名を出すな! あれはただの嫌味な女だ! 内政が巧みだったわけではない!!」
「ですが殿下、このままでは来週の国境警備の予算が降りず、騎士団の糧食が尽きます……!」
「なにっ……!?」
書類の山を前にして、青ざめるクラウディオとマリア。
その頃、港町バローネの高級ホテルでフカフカのベッドに包まれ、「ふぁぁ……明日のクラーケン戦、どのスキル回しでハメようかな〜」と呑気に熟睡しているクラリスの知る由もない、王都の地獄絵図であった。
毎朝の日課である書類整理を行う数年前のクラリス
クラリス(前世で経済学習ってて良かった〜。余裕すぎ。)
官僚「クラリス様……こちらの書類は専門知識がないと難しいはずですが……」
クラリス(やべっ)
クラリス「あー。えーっと。これは……あ! そうよ! これは王立学園の高等内政課程で履修する基礎中の基礎なんだから! むしろなぜあなたができないのか教えて欲しいですわ!! お父様に行ってクビにしてもらおうかしら!」
官僚「い、いえ! 失礼な発言お許しください!」




