賑やかな酒場で乾杯
地下洞窟で手に入れたレアドロップアイテム『魔法のロープ』を使い、一瞬でダンジョン入口までショートカット(脱出)した二人。
そこから街道を歩くこと数時間。山あいの街道を抜けた瞬間、潮の香りを孕んだ湿り気のある風が二人の頬を撫でた。
「わあぁぁぁ……! すごい! 海だーーーっ!!」
視界が一気にひらけ、陽光を反射してキラキラと一面に輝く広大な青い海と、そこに広がる活気あふれる港町の全景が飛び込んできた。
無数の大型船が停泊する港、白壁と赤屋根の建物が所狭しと立ち並ぶ街並み。石畳の通りには、獲れたての魚介類を売る露天商の活気ある威勢の良い声が響き渡っている。
「ここが……『ファンクロ』の中盤攻略の拠点、海の玄関口『港町バローネ』……! 2Dのドット絵や3Dグラフィックじゃない、本物の潮風と活気……最高すぎる!」
瞳を爛々と輝かせ、両腕を大きく広げて全身で潮風を浴びるクラリス。
そのすぐ後ろで、漆黒の甲冑を纏ったジルベールは腕を組み、冷ややかな視線で周囲の気配を警戒していた。
「……はしゃぐな、浮浪者同然の格好から冒険者になったばかりの元令嬢。目立つ」
「浮浪者同然って言わないでよ! ちゃんと実用性抜群の『漆黒の軽装革鎧』を着てるでしょ!」
「見た目の問題ではない。なぜか王宮騎士を従えて港町を歩いている構図そのものが異常だと言っている」
「気にしない気にしない! 監視の業務、ご苦労様です! というか、監視はそっちの都合じゃん。」
「……チッ」
ジルベールは不快感を隠そうともせず、険しい顔で眉間を揉んだ。
クラリスはホクホク顔で腰のコイン袋を揺らした。
「さぁて! バローネに着いたら、まずは冒険者ギルドでダンジョン討伐の成果物を報告して、ランクアップ&大量の報酬金を回収! それから、この街の酒と、ファンクロ飯で有名な『海鮮パエリア』を食べるんだから!」
「……目的の順序が支離滅裂だ」
◇ ◇ ◇
活気あふれる大通りを抜け、二人が向かったのは港のすぐそばに佇む『冒険者ギルド・バローネ支部』。
王都のギルドよりも一回り大きく、船乗りや海賊上がりの荒くれ者たちが集う重厚な建物だ。
ギギィ……と重い木製扉を押し開けると、店内には酒と潮の匂い、そして独特の緊張感が立ち込めていた。
受付カウンターへ進み出たクラリスは、ギルドプレートと、地下洞窟で手に入れた『巨蜘蛛の紫毒腺』や『鋼鉄甲殻の欠片』、そしてボスのレアドロップである『敏捷のオーブ』をドン! とカウンターへ並べた。
「地下洞窟のボス討伐報告と、素材の買取をお願いします!」
受付の男性職員が、差し出された素材を一目見て、目を丸くして立ち上がった。
「な、なんだって……!? バローネ地下洞窟の主『アーマード・レック・スパイダー』の討伐素材……!? しかも、傷ひとつない極上品に、滅多に落ちない『敏捷のオーブ』だと!?」
職員の叫び声に、ギルド内の荒くれ冒険者たちが一斉に振り返った。
「おいおい……あの地下洞窟のボスを倒しただと!?」
「あんな華奢な女の子が……? いや、後ろにいるあの黒い甲冑の男、タダ者じゃねえぞ……!」
「王都から凄腕の討伐隊が来たのか!?」
ざわつく店内。職員は慌てて素材を査定し、金貨の詰まった革袋をクラリスへ差し出した。
「す、素晴らしい成果です! 買取額は金貨8枚! そして、この功績により、クラリス様の冒険者ランクはFから『Dランク』へと特例昇降格となります!」
「やったー! 一気にDランクまで飛び級! これで受注できるクエストの幅がぐっと広がるわ!」
飛び跳ねて喜ぶクラリス。
しかし、彼女の視線はすぐに受付横の『緊急特例掲示板』に貼り出された一枚の張り紙に吸い寄せられた。
【緊急指名依頼:『潮騒の魔宮』における変異クラーケンの討伐または撃退】
【報酬:金貨50枚+海の秘宝『深海のエレメント』】
(……きたぁぁぁぁぁぁッ!!!)
クラリスの脳内で、ファンクロガチ勢としての歓喜のファンファーレが鳴り響いた。
(『潮騒の魔宮』の変異クラーケンイベント! 本来ならストーリー中盤で受ける高難易度クエストだけど、ドロップ品の『深海のエレメント』は、INTとAGIを永久的に+20するぶっ壊れステータス強化アイテム……!!)
「すみません! この緊急依頼、私が受託します!」
クラリスが間髪いれずに指を指すと、ギルド内が静まり返った。
受付職員が顔を蒼白にする。
「お、お嬢さん、正気ですか!? いくらDランクに上がったばかりとはいえ、相手はBランク級の変異モンスターですよ!? 適正ランクのはずのBランクのパーティですら死にかけたんですよ!」
「大丈夫です! クラーケンの弱点属性と、触手の攻撃パターンは完全に把握してますから!」
後ろで控えていたジルベールが、一歩前へ踏み出し、低い声でクラリスの肩を掴む。
「……おい、クラリス。悪ノリも大概にしろ。相手はクラーケンだぞ。水中での戦闘はお前のような軽装剣士にとって圧倒的に不利だ。地上での蜘蛛討伐とはワケが違う。あのようなまぐれも通用するとは思えないし、死にたいのか」
「水中戦の不利? ふふん、大丈夫! 私に『策』があるから! それに……ジルベールだって、最強のアタッカーとして私の指示に従ってくれれば、被弾ゼロで勝てるわよ?」
「……できるわけがない」
ジルベールは吐き捨て、冷ややかな視線を向けたまま腕を組んだ。
「決まりね! 明日の朝、出撃するわ! 受注手続き、お願いします!」
◇ ◇ ◇
無事にDランク昇格と緊急依頼の受諾を済ませたクラリスは、ギルドに併設された賑やかな酒場エリアへと大威張りで足を運んだ。
「ふぅーっ! 今日はランクアップ祝勝会&出陣式! 豪勢にいくわよー!」
木製の大きなテーブルの上に、ドカドカと運ばれてくる料理の数々。獲れたての魚介類とニンニクの香りが鼻腔をくすぐる特製『海鮮パエリア』、大皿にどっさりと盛られた海老のフリッター、そして香ばしい魚の丸焼き。
クラリスは両手でドデカい木製ジョッキを引っ掴むと、なみなみと注がれた冷えたエール(麦酒)を勢いよく煽った。
「ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ……ぷはぁぁぁぁぁぁッッ!! 美味しいっ! 潮風を感じながら飲む安酒と海鮮料理……! これぞまさに『冒険者ライフ』の醍醐味よー!」
豪快に袖口で口元をバッと拭うクラリス。
その向かいに座るジルベールは、甲冑の兜を外したものの、心底嫌そうに整った眉間をギュッと寄せていた。冷徹で絵画のように美しすぎる顔立ちが、酒場の暖かなランプの光に照らし出されている。彼の手元にあるのは、チビチビと飲む小さなグラスの果実酒だけだ。
「……公爵令嬢が酒場でジョッキを煽り、袖で口を拭うとはな。学園の礼儀作法教官が見たら泡を吹いて卒倒し、そのまま永眠するぞ」
「もう公爵令嬢じゃないもーん! 今の私は自由で無職な新人冒険者クラリスだから、マナーなんて知ったこっちゃありませーん! ほらジルベールも飲みなさいよ、そんなお上品なグラスじゃなくてジョッキで!」
「断る。貴様と一緒にされるなど御免だ。……だいたい、監視対象の奢りで酒を飲む騎士がどこにいる」
「いいじゃないの! 今日は稼いだんだから! 固いこと言わないの!」
パエリアの大きな海老を豪快に手掴みでバリバリと噛み砕くクラリス。その姿を、ジルベールは「信じられないものを見る目」で観察していた。
クラリスは少し赤くなった頬を膨らませ、ジョッキをドンとテーブルに叩きつけると、ジルベールを指差した。
「ていうかさぁ、ジルベール! あんた学園にいた頃から私に対して厳しすぎじゃない!? 『可憐で素直なマリア〜』には、あんなに鼻の下伸ばして甘やかしてたくせに!」
「……伸ばしていない。冤罪だ」
「伸ばしてた! 確実に0.5ミリは伸びてた! マリアちゃんが『ジルベール様ぁ、私なんだか怖くってぇ……』とか言いながら袖をキュッ掴んだ時、ちょっと目元デロデロに緩んでたのを私は見逃さなかったんだからね!」
「くだらん観察をするな。あの場でお前が放っていた殺気が異常だっただけだ。……だいたい、マリアは平民上がりの男爵令嬢として、学園で常に肩身の狭い思いをされていたお方だ。素直で心優しく、守られるべき存在だった」
「出たわね! マリア様擁護論! 揃いも揃って『可憐で可愛いマリアちゃん』に夢中になってさぁ!」
ジルベールは冷ややかに紫紺の瞳を走らせ、冷酷な声で言い放つ。
「当然だろう。一方の貴様は公爵令嬢の身分を笠に着て、取り巻きを従え、陰でどれほどマリアを追い詰めた? 階段から突き落とそうとした件といい、貴様のやった悪行は数知れん。自分の胸に手を当ててみたらどうだ」
(まあ……追放(婚約破棄)を勝ち取るために、判定ギリギリの嫌味を言ったり、階段で転びそうになった彼女の裾を掴んで『ちょっと、危ないわよ!』って叫んだらなぜか『押し倒された!』って大騒ぎされたり、だけだけどね!? 色々自作自演と誤解をフル活用したのは事実だけど… 全ては自由な冒険者になるための計算通りのプロットよ!)
心の中では「ふふん、私の完璧な悪役プラン通りに追放してくれてありがとね!」とドヤ顔のクラリスだったが、わざわざそれを種明かししてやる義理など微塵もない。
クラリスは呆れたように肩をすくめ、パエリアのムール貝をパクリと口に運んだ。とても美味しい。
「はいはい、出たわね! 事情も背景も確認せずに『悪女クラリスがやりました!』って即断即決する雑な思考回路! あんたたち貴族の頭の中って、お花畑と単純二元論でできてるんじゃないの?」
「……雑だと? 現場の状況と被害者の証言から客観的に判断したまでだ」
「その被害者の証言が一番アテにならないって言ってるの! あんたはただの『冷酷思考停止男』よ! 氷みたいに冷たい顔して、相手の気持ちなんてこれっぽっちも分かってなさそうな顔しちゃってさぁ!」
「言わせておけば……。貴様のように裏でコソコソと卑劣な企みをする悪女より、素直で可憐なマリアの方が遥かに好感が持てるのは自然の摂理だ。俺は王命だからお前を監視しているだけで、お前のその冷酷で歪んだ本性を認めたわけではない」
「けっ! 言ってくれるじゃない! 私はね、そんな面倒くさくてドロドロした貴族社会から脱出して、自由になれたから、万々歳だわ! あんたみたいに頭がカチコチに凍りついた鉄仮面騎士と一緒にしないでよね!」
「……頭が凍りついているとは何だ」
「そのままの意味よ! 脳みそまで堅物って意味! ほら、エール飲んで柔らかくしていきましょ!」
クラリスが強引に新しいジョッキをドスンとジルベールの目の前に突きつける。
ジルベールはピクリと眉を動かし、そのジョッキを冷ややかな視線で見下ろすと、一切の感情を排した声で吐き捨てた。
「……断る。監視対象から渡された酒など、毒が入っているかもしれん」
「入ってないわよ!? てか、今更すぎない!? なんでこの大騒ぎの酒場で毒殺しなきゃいけないのよ! 効率悪すぎるでしょ!」
「効率の問題ではない。貴様の性格の問題だ」
「どこまでも人に可愛げがない男ね!!」
クラリスは悔しそうにジョッキのエールをゴクゴクと一気に飲み干すと、ぷはーっと息を吐いて不敵な笑みを浮かべた。
「いいわよ! そこまで私を『冷酷な悪女』扱いするなら、明日の海中ダンジョンで思い知りなさい! 私の完璧なコマンド指示と知識で、変異クラーケンをぐうの音も出ないほどボコボコにして、あんたにもギャフンと言わせてやるんだから!」
「ギャフンなどと言ったことはない。……明日は海中戦だ。酒を飲みすぎて足をもつれさせ、クラーケンの餌になるなよ、悪女」
「誰が悪女よ! あんたこそ、私の足引っ張ったら『盾役失格』でギルドの掲示板に晒してやるんだからね!」
「……言っていろ」
バチバチと視線から目に見えるほどの火花を散らす二人。
クラリスは過去の自分の「悪役ムーブ(という名の脱出作戦)」を弁明する気などさらさらなく、ただただジルベールの堅物な冷酷ぶりに軽口と煽りで返し、二人の意地の張り合いは夜が更けるまで賑やかに続くのだった。




