07 護るべきもの
サンサルバシオン王国南方、海に面した小さな漁村に見上げるような大男が降り立ったのは、もうすぐ陽が落ちようかという時刻だった。
男たちは船の上で網の手入れ、女たちは忙しく魚を捌いて鍋に放り込んでいる。
「ニイさん、随分良いガタイしてるが……この辺のモンじゃねぇな? どっから来た」
「王都からだ。調べ物でな、この村の村長はどこだ」
「……役人かよ。なんだ、お国が戦争に負けたら随分足繁く通うじゃねぇか。でもな、役人だろうと貴族様だろうと、タダでくれてやる魚は一匹もねぇよ。大体なぁ、手前ぇらが勝手に戦争なんかおっぱじめて、勝手に負けやがったお陰でこの国は――」
「ま、待て! 待ちなさい!」
サブに絡んできた威勢のいい漁師の男を慌てて止めたのは、長い白髪頭の初老の男だった。
「すみません! こいつの無礼はこの通り、お詫びします! どうかご容赦を!」
「村長! こんな役人にペコペコしたって俺等の暮らしはちっとも良くなりゃしねえだろ! どうせこいつだって袖の下せびりに来たに決まってる! 役人なんて皆そうだ、ここに来るのは税金の取り立てか女漁りに来る時くらいだろ!」
「馬鹿野郎! おい! こいつを連れてけ! ……重ね重ね、ご無礼をお詫びします……何分貧しい漁村で学のないものばかりなもので」
「構わねぇ。あいつが言ってた事ぁ間違っちゃいねぇ」
サブは落ち着いた声で初老の男に答えると、屈強な漁師2人に脇を抱えられ、引きずられながらも喚き散らす中年の男に視線を送る。
「不満があるのは仕方ねぇが、お前らの国王はよく働いてる。それこそ食わず眠らずでな。理解しろとは言わねぇが、そのくらいのことは覚えておいてやれ。それで、村長は」
「村長は俺ですが、その、お役人様は一体どんな御用向きで……? このところの冷え込みと時化で、なかなか船も出せませんで、お出し出来るものはありませんが」
「別に何かが欲しくて来たワケじゃねぇ。ちょっと話を聞かせてもらいたい。場所移すか」
村長を名乗った男とサブは、村にある小高い丘の上にある村長の家へと歩み居る。
粗末な椅子はサブが腰掛けただけで『ぎぃ』と悲鳴を上げ、村長の妻と思しき初老の女は、無言で沸かしただけの白湯を差し出した。
「それで、俺に聞きたいことというのは……」
「このところ、シンカー王国の鉄砲玉がこの辺をうろついてると聞いたが、本当か」
「……シンカー王国かどうかはわかりませんが……このところ、見慣れないものが多く村の周辺をうろついているのは見かけます。村の男達もそれで気が立っておりまして」
「その見慣れない奴らの特徴はわかるか?」
「そうですな、俺も何度か見かけはしましたが……言われてみれば、確かに南側の国で良く見る染め物を着けていましたな。こう、青く染めた布に白糸で刺繍をした……あぁそうだ、おい、こないだ海で拾ったアレがあったろ」
村長に声をかけられた初老の女は、一度家の奥へと引っ込んでからところどころ破れた上着のようなものを持ち出してきた。
青く染められた布地に白い糸で刺繍が施され、独特な意匠の文様がそこかしこに見られる珍しいものだ。
「こいつなんですが」
「コレで足りるか」
村長が差し出してくるが早いか、サブは革袋をテーブルにぽんと乗せる。
小さな革袋の中には、なんと金貨が数十枚。小さな漁村の冬支度を整えるには十分な額のものだ。
「こ…………こ、この、あの、これは」
「足りるか? 足りるなら釣りは要らねェ。もらっていくぜ」
「そ、それはもちろん! コレだけあれば、これだけの金貨があれば村が冬を越せます!」
「そうか、ならそうしな。で? この上着はお前が拾ったのか」
「いえ、これは教会のシスターが拾って、それで俺に届けてくれたもので……」
「分かった。じゃそのシスターに話を聞くとしようか。あとわかってると思うが、その金を独り占めしようとか思うんじゃねぇぞ」
「それはもちろんです! この金貨は、村のために使わせていただきます!」
「なら良い。教会ってなどこだ」
「あああ案内させて頂きます!」
やたら低姿勢になった村長が巨漢サブを連れて村の丘を上る。
寂れた教会の窓は吹き付ける風でガタガタと音を立てており、静謐で神聖な教会、といった雰囲気は全く感じられない。
むしろ不気味でおどろおどろしい、それこそアンデッドの魔物でも出てきそうなほどの建物である。
建物の奥からは、まだ赤子と言えるくらいの小さな子供がなく声が聞こえてくる。
「シスター! シスターいるか、村長のペドロだ。シスター!」
教会のドアを乱暴に叩く村長の手を止めたサブは、ただ黙ってじっとドアの前に立ち腕を組んで仁王立ちの姿勢で待つ。
しばらくの後ドアを開けたのは、かなり傷んだ修道服をまとった若い女で、その腕には赤ん坊が抱かれていた。
「あぁシスターアイコ、いたのか」
「村長、子供が泣きますからもっとお静かに願いま――」
言葉を途中で切った若いシスターは目を見開いて眼の前の大男を仰ぎ見る。
見たことが無いわけではなかった。
もう2年近く前になるだろうか。突然見知らぬ場所に『召喚された』藍子は、ほんの短い時間だけ、この大男を見たことがある。
明らかにカタギの職業についていない事がわかる風貌に、城の騎士たちを軽々と殴り飛ばし、蹴り倒して突進していったあの大男。
「あなた……あなたは——」
シスターアイコこと、元女子大生にして大魔道士、中西藍子は呆然とサブを見上げた。




