59 新たな来訪者
「なるほど、これは……大変でしたね」
ゴルドベルク王国のヨシュア王の傍らには、大将軍エアリアと、その弟子となっている藍子が並んでいる。
薄暗い部屋の床には、彼らには見慣れない装束を身にまとった3人の若者が横たえられていた。
詰め襟の黒い上着を来た若い少年に、特徴的な大きな襟のおそろいの衣服の二人の少女だ。
「間違いなく、私たちと同郷だと思う。ただ、同じ国ではあっても別の土地じゃないかしら。少なくとも、私たちが暮らしていた土地じゃ、この手の制服は見なかったわ」
「制服? 彼らは軍人ですか? ヒト族としてはまだ子供と言える歳に見えますが」
「そうね、彼らは間違いなく未成年、子供よ。間違っても軍人じゃないわね。まぁスミレちゃんと同じくらいの世代かしら。……気の毒にね、何もわけもわからないうちにこんなことに巻き込まれて」
「ねぇ笹川さん、この子達……帰してあげる事はできないのよね?」
赤ん坊のリサを抱いた藍子も、不安そうな表情で、眠る3人の若者を見下ろしている。
「ムリね。召喚術っていうのは完璧に一方通行。こっちから向こう側に戻してあげる事はできないのよ。こっちに召喚されてしまったからには、こっちで生きてくしかない」
エアリアはただ黙って、横たわって静かに目を閉じている三人を見下ろしている。
「おそらくは、これからもこうして別の世界から召喚される者は現れるでしょうね」
穏やかなエアリアの声に、ヨシュアと綾子が同時に頷いた。
「このベスタ・プラデッラ大陸の南はほぼ平和な状態になりつつあります。ですが完全に平和かと問われれば首を横に振らざるを得ません。彼らが綾子さんやスミレさんと同じ世界から来られたとしたら、おそらくはこの世界は生きてくのも過酷なものでしょう」
「間違いなくそうね。私たちが暮らしていた日本っていう国は、それは豊かな国よ。このゴルドベルク王都のように平和で治安もいい、魔法こそないけど、科学というものが発展して豊かな社会だった。飲み水にも、明日食べるものの心配をする必要もなかった。そんな社会からこちらの世界に、何の説明もなく連れて来られるなんて……控えめに言って自殺を考えるレベルで過酷になると思うわ」
菫が横たわる少年の学生服の胸ポケットから一冊の小さな帳面を取り出した。今時珍しい、生徒手帳と呼ばれるものだ。
「さ、さ、さが、佐賀ち、ちゅ、ちゅう、中央、こ、こう、ぎょう、高校……?」
「佐賀中央工業高校……聞いたことはないけど、佐賀っていうからには九州の佐賀みたいね。ってことは、距離は離れてるけど間違いなく私たちの同郷だわ。ヨシュア陛下、お願いしたいことがあるですけど……」
「はい、予測は出来ていますが、どんなことでしょう?」
「この子達、リベルタドールで保護しても良いかしら」
「もちろんです」
意外なほどにあっさりと許可を出したヨシュアは、眠ったままの3人のそばにしゃがみ込み、優しく髪を撫でる。
「綾子さんやサブさん、スミレさんに、それに藍子さんは彼らの同郷、となれば、彼らの気持ちをちゃんと理解してあげられるのは皆さんだけでしょう。それに、異世界から召喚された身となれば、私たちとまったく次元の違うスキルを見に宿している可能性が高いです」
綾子こそ『法術士』という一般的なスキルであったが、その能力の強度は一般的な法術士とは比較にならないほど強いものだ。
さらに、サブは拳王、藍子は大魔道士、そして菫は史上初の『賢者』である。この3人が何らかの特別なスキルを授かっていることはほぼ確実だろう。
「私は……保護するべきだと思う。彼らはまだ子供だし、それに私みたいに力を持て余して、コントロール出来ずに混乱して、その挙げ句道具みたいに利用される……なんて事態になったら、誰も幸せにはならない」
藍子の言葉は、自らの経験をもとにしているだけに説得力があった。
「彼らを目覚めさせるのは、もうしばらく待って下さい。彼らの扱いについて、サンサルバシオンのバルザック王と、シンカーのアルター王とも話し合う必要がありますね。アシュタロス大公爵、彼らの状態の維持をお願いできますか」
『よかろう。とりあえずこいつらは、夢も見ずに眠った状態にしておく。だが食事も水も摂っていないからな、あまり長い期間留めおいたら死ぬぞ』
「分かりました。では大公爵、シンカーとサンサルバシオンに連絡を取って頂けますか。大至急話をする必要があります」
『ふむ。ではそれぞれの場にいる吾輩の配下どもに知らせる。それから綾子、ひとまずは日に一度程度、こいつらの腹を撫でてやると良い。貴様の癒やしの力があれば、飢餓と渇水の影響を小さく抑えられよう』
「あぁ、なるほど。了解」
『それから、吾輩のしもべを通じてと現地と連絡がついた。バルザックもアルターも、ゴルドベルクの意向に従う、何事かの確認が必要なことがあっても追認するということだ。念の為王のサイン入りの文書を送ると言っていたぞ』
サンサルバシオンのバルザック王も、シンカーのアルター王も、あまりにも多忙な状況だ。何日も国を離れることは、それは国家の危機に直結しかねない。
両国共にゴルドベルクからの支援に頼る状況である、原則としてヨシュア王の意向に逆らうという選択肢は存在しなかった。
「なるほど、承知しました。こちらからも、迅速な決断と協力に感謝を、と伝えて下さい」
『良かろう』
思いがけず早く同意が得られたことで、方針は固まった。
いざ3人を起こそうとしたタイミングで、藍子が申し訳なさそうに手を挙げた。
「あの、ごめんなさい……私、笹川さんたちとは、常には一緒に行動は出来ないと思う」
全員の視線が、藍子に向けられた。
「リサがまだ小さいし、当面の間は母親の保護が必要だと思うの。私は……できればこの子のそばにいてあげたい。それに魔法だってまだまだだし、エアリア様のもとでちゃんと学んで、この子から少し目を離せるようになってから、手伝わせて欲しい」
「なるほどね。わかった、そうしてあげなさい。考えてみたらこの子自身、道標にされそうになったんだしね。確かに保護が必要だわ」
綾子は少し安心したような笑みを浮かべ、エアリアへと顔を向けた。
「エアリアさん、お願いしていいかしら」
「えぇ、もちろん。さぁリサ、こちらへいらっしゃい。おばあちゃんですよ?」
おばあちゃん、という言葉がこれほど似合わない美女はいないだろう、と誰もが思ったが、その言葉を口にするものはいない。
「では陛下、私と藍子、それにリサは御前を下がらせて頂きます。わたくしの力が必要になりましたら、いつでもお呼びつけ下さい」
「わかりました、大将軍。頼りにしていますよ」
ヨシュアは頷いて3人を送り出すと、大きく深呼吸をして綾子とアシュタロスに向き直る。
「では、綾子さん。お願いできますか」
「わかったわ……この子達にとってこの世界が天国になるか、それとも修羅道に堕ちた世界になるか……考えても仕方ないわね。アシュさん、この子達を起こしてちょうだい」
綾子が視線を向けたアシュタロスは、ふんぞり返って腕を組み、傲然と頷いた。




