60 異世界の道は修羅の道
ダンタン中将邸の地下、普段『リベルタドール』の拠点として利用している部屋のランプに明かりが灯った。
『では、この者たちを目覚めさせる』
アシュタロスがぱちん、と指を鳴らすと、佐賀中央工業高校の制服を纏った3人の高校生は一斉に身体をもぞもぞと動かし始める。
「彼らの状況が落ち着いたら、スキル診断の水晶で色々と調べなければいけませんね」
ヨシュアが思い出したように呟いた。仮に賢者のような強力な力を持つスキルを授かっていた場合は、その力の使い方を教え込まねばならない。
万が一にもその力を、コーネリアス大僧正やアーロン大僧都、さらにかつての聖騎士村上允恭のように、歪んだ独善や己の欲望のために使うようなことがあったとしたら。
人外とすら言えるほどの強大な力に振り回され、狂わされるようなことがあるとしたら。
「その時は、保護者として責任持って始末しないといけないわね……」
「綾子さん、大丈夫です。その時は、我々も一緒にその責任を背負いますよ」
何もかもお見通し、と言わんばかりの笑顔をヨシュアが綾子に向ける。
3人の若者が身体を起こし、綾子達の姿を確認するようにぐるりと室内を見回した。
「な、なに、何だよ、ここどこだよ」
長身な少年が最初に口を開く。
ポニーテールの少女とボブカットの少女は、いまだ事態を理解できないのか、ただキョロキョロと怯えた表情で首を動かしている。
「とりあえず深呼吸して、落ち着きなさい。分かるわ、ワケわからなくて怖いわよね。まずはゆっくり大きく息をしなさい。でないと死ぬわよ」
綾子の落ち着いた声のお陰か、3人の表情や呼吸は次第に穏やかになっていく。
まだまだ年若い、おそらくは高校1年生か2年生程度であろう。あどけなさの残る顔立ちだ。
「どう? 落ち着いた?」
「……あ、あの、俺達は、その……なんかさっき、雷が……」
少年が意を決したように、悠然と3人の正面に立つ小柄な綾子に声をかけてくる。
「私の言葉は分かるわね? 私は笹川綾子、あなた達と同じ日本人よ。あなた達に伝えないといけない、いいニュースが1つと悪いニュースが2つある。どっちから聞きたい?」
この言葉を口にする間に、綾子は覚悟を決めた。
もしもこの3人が、異世界に召喚されたという現実を受け入れられない場合、残念だが始末しなければならない。
そうでもなければ、良からぬ考えを持つ勢力に捕まって、こちら側の相手と子供を作らされて『道標』を作るための材料になってしまう。
現実というものは恐ろしく過酷だ。誰かが何かの悪事を働いた訳では無い。彼らは、ただただ運が悪かっただけだ。
「……こういうときは、悪いニュースからの方が良いのかな」
少年は、意外と肝が座っているようだった。こういう時、心が弱いものはすがるべき希望を求めて良いニュースだけを聞きたがる。
だが、まだ年若い少年は悪いニュース、現実を真っ先に求めてきた。綾子にとっては嬉しいニュースの一つだ。
「オッケー、分かった。じゃあ本当に悪いニュースだから、落ち着いて聞きなさい。いちいち取り乱したりパニック起こしたり、悲鳴あげて喚き散らしたりしないでちょうだい」
ごくり、と3人の若者、学生服とセーラー服の高校生達は生唾を飲み込んだ。
「まず、君たちは日本で死んだの。ここは日本や地球とはまったく別の世界、異世界ってやつよ。流行ってるんでしょ? 知らないけど」
「ま、まさかそんな……本当にそんな事あるなんて……」
「そしてここからが本当に悪いニュース。あなた達は、もう日本には帰れない。二度とね。家族とも会えないし、この世界で生きていくしか無い。その上で必要な事を教えるから、よく聞きなさい」
薄暗い、ランプで照らされた部屋で綾子が3人の若者に丁寧な説明を始める。途中からヨシュアも加わり、極めて穏やかな口調で、まだ幼いとすら言える3人を怯えさせないよう説明を加えた。
その最後に、綾子が少し険しい表情で3人の顔をじっと見つめる。
「君たちは、何らかの力を与えられている可能性がある。人外と言ってもいいレベルの、とんでもなく強い力かもしれない。でもね、力には責任が伴うの」
オトナとして、若者を教え導く言葉だった。
綾子が話す間、3人はまだ戸惑いを隠せない様子で言葉を返すこともあったが、受け入れがたくとも同仕様もない現実を悟ったのか、唖然とした表情でへたり込んでしまった。
そんな3人の若者の前に、ヨシュア王の指示で暖かい食事が運び込まれた。
3人の新たな来訪者と向かい合うように、ヨシュアは綾子と並んで達、優しく微笑んで優しく語りかけた。
「オトナとして忠告しとくわ。何か大事な決断をするときは、ご飯をちゃんと食べた後にしなさい。空腹の時と寝不足の時に決断すると、後で必ず後悔するわよ」
ボブカットの少女は、いかにも恐る恐るといった様子で綾子に尋ねる。
「あの、それは……笹川さん……の、経験からですか?」
綾子は苦笑とも喜びの笑みともつかない複雑な表情を浮かべ、鷹揚に頷いた。
「まぁね。オトナになるとね、色々あんのよ。こっちでも色々あったしね。ほら、良いから食べなさい。しばらく食べて無かったし、お腹空いてるでしょ。ここ、ゴルドベルク王国の料理は日本人の舌にも合うわよ」
「は、はい……あの、頂きます……」
3人の若者は礼儀正しく食事の載ったトレイに会釈をして、最初の一口は恐る恐るといった様子でスプーンを口に運ぶ。
二口目からは、相当空腹だったのであろうか、凄まじい勢いであっという間に料理を平らげていった。
「質問は色々あるだろうし、言いたいことも聞きたいこともたくさんあると思う。ただね、一番大事なことを先に言っとくわよ。ここにはあなた達を保護する大人がいる。私達の指示に従う限りあなた達に衣食住を提供する用意もあるし、ここで生きていくにあたって必要なことを教えてあげられる。正直言って選択肢はないと思った方が良いわね。このゴルドベルク王国は平和だけど、いきなり何も知らない、何もできないコドモが生きていけるほど甘い社会じゃないわ。ゲームとか漫画みたいに突然強くなってどうのこうの、ってのは期待しないほうが良いわよ。ヘタに希望を持つと絶望が大きいから」
綾子の容赦ない言葉は、食後の安心のひとときを無慈悲に吹き飛ばしていく。
「な、何だよそれ……俺達アレだろ? 召喚されたんだろ? 何かチートとかそう言うのがあるんだろ!?」
「あぁ、たしかそんな感じのこと言ってたやつがいたわね。勇者だっけ? 工藤だか加藤だか権藤だか忘れたけど、そういうやつ」
「勇者がいたんだ……あの、笹川さん? その武藤か佐藤か兵藤っていう人、やっぱりすごく強かったんですよね? 今どこにいるんですか?」
ボブカットの少女は、なぜか少しだけ期待を持っていそうな表情を綾子に向ける。
ちら、と綾子はサブとアシュタロスに視線を投げかけると、忌々しそうなため息を吐いて俯いた。
「死んだわ。酒と女におぼれて、最後はカマドウマみたいなバケモノと同化して、最後の言葉は『殺して』だったわね」
3人の高校生はひゅう、という変な音を立てて息を呑む。
「良い? どんな優れた素養とか才能があろうが、正しく鍛えなければ正しく使えない。力をは正しく使わないといずれ自分の身を滅ぼすわよ。私の経験上、中途半端才能におぼれて努力を怠ったやつが一番悲惨よ。それくらいなら何の才能もないほうがまだマシだわ」
日本という遠い世界からやって来たばかりの少年と二人の少女は俯いて黙り込んでしまった。
理不尽にも、戻ることの出来ない片道切符の旅の果へとたどり着いてしまった3人に、優しげな表情の少年王が歩み寄る。
「おそらく、みなさんは類稀な才に恵まれているはずです。それこそ、ここにいる綾子さんに菫さん、サブさんのように。だからこそ、皆さんの力は正しく伸ばして行けるよう、導かれなければなりません」
少年王は無造作に質素な椅子に腰掛けてテーブルに肘を付き、身を乗り出した。
「だからこそ、我々がその大役を担います。皆さんの力を正しく見定め、正しく鍛え、正しく導くという大役を。ですが、それは皆さんが同意すれば、の話です。同意していただけるなら、生活の場と、生活に必要な費用、それに然るべき指導者を、我々が責任もって手配します。いかがですか?」
3人の少年少女は互いに顔を見合わせる。
美味しい食事で腹は膨れた。充分に休息も取った。冷静に物事を判断できるだけの精神的な余裕もある。
決断のときだった。
「お願いします。私たちを導いてください」
真っ先に頭を下げたのは、ボブカットの少女である。
残りの二人、黒髪の少年に髪の長い少女も、ボブカットの少女に倣うかのように深々と頭を下げた。
「承知しました。では今日はこのままゆっくり休んでください。明日、スキル診断をするとしましょう。それまではダンタン中将、彼らをここで客人扱いで世話を頼みます。それから綾子さん、同郷のよしみで彼らに色々と教えてあげてもらえますか」
「分かったわ。まぁ教えなきゃいけないことって言ったら……うん、まぁそこそこ……結構? ……いや、かなりあるわね?」
綾子の極めて大雑把な言葉に、サブは苦笑を浮かべて『違いねぇ』とだけつぶやき、ヨシュア王と頷きあった。
少年のように見える王は、3人に向かって一歩歩み出る。
「それでは改めて、ようこそゴルドベルクへ、みなさんを歓迎します」
王の優しい声に同意するように、その場にいる『オトナ』が一斉に頷いた。
異世界修羅道2、このエピソードで完結となります
1ヶ月のあいだ、お付き合い頂きましてありがとうございます(`・(エ)・´)b




