52 頼りになるヨメ
豪快な『バルトークの聖女』の癒しの一撃を背中に喰らい、じんじんと続く背中の痛みに耐えながら、体調が劇的に改善したバルザックは立ち上がって大きく伸びをする。
「あぁいたたたた……本当になんというかこう……よく効くんですが、もう少し優しくはなりませんか」
「何言ってんの、あなたがギリギリまでやるからでしょうが。甘ったれんじゃないわよ。アレクサンドラさん、だっけ? 次この人が無理しそうになったら腹殴るなり何なりして気絶させた方が良いわ。万が一死んだら私が生き返らせるから」
「頼りにしてます。聖女様」
「やめてよ、あんたが聖女なんて、気色悪いわね」
アレクサンドラと綾子の、仲が良いのか悪いのかわからないやり取りを聞きながらも、
「バルザック」
低い声で話しかけた拳王サブもこの上なく無礼な物言いだ。だが彼らはゴルドベルク王直轄の組織である。バルザック自ら、リベルタドールの者たちには一切の無礼を問わないと明言している。
「はい、何でしょうか」
「良かったじゃねぇか。この国にゃ足りないモンがまだまだあるが、もうここに有るモンも多い」
「…………そうですね……確かに、足りないものばかりに目が向いてしまって、今あるものに気づいていなかったのかも知れません」
サンサルバシオン王国の行政の状況は、シンカー王国よりもかなりマシと言える。
ベルナデッタ女王の時代の大臣や高位貴族、さらに汚職を繰り返していた役人らは更迭されているものの、官僚や真面目に業務に励んでいた末端の役場の職員らはそのまま業務を続けている。そのお陰で市民生活への影響は最小限におさえられた。
最下位となる騎士や兵士の待遇を改善したお陰で、街区の治安はかなり改善している。以前は王都のメインストリートですら強盗や人さらいが発生していたが、今では路地裏や貧民区でも夜に女性が独り歩きをして、何事もなく家に帰れる程度にはなっている。
事実上の王朝交代となった、女王からバルザックへの代替わりをきっかけにして、サンサルバシオンの治安と経済はむしろ好転していると言って良い。
「そうでしたね、今も国民が……官僚も大臣も、それにツァイスもアレクサンドラも頑張ってくれているんでしたね」
「あぁそうだ。お前がそれに気付けただけでも、俺達が寄った甲斐がある」
「ありがとうございます、サブさん。それに菫さんも」
「ん」
菫はちいさくこくりと頷き、綾子や藍子に隠れるようにこっそりと精力剤の瓶を何本かバルザックに手渡す。
「こ、こ、これ、これ、あの、た、た、た、多分、使う、かも」
「……あ、ありがとうございます……一応、隠しておきますね」
苦笑しながら受け取ったバルザックの肩をばしばしと乱暴に叩いてサブがにやりと笑みを浮かべた。
「頼りになるヨメは一生の宝だ。大事にしろよ。俺もヨメのとこに帰らねぇとな」
「そうでした、サブさんの奥様はエミリア・ダンタン中将でしたね。あの豪傑が奥様ともなれば、それは頼りになるでしょう」
「あぁ。安心して背中を預けられる、可愛いヨメだ。まぁ今は身重だからな、ムリはさせられねぇ」
「身重……奥様が懐妊なさったんですか? これは、おめでとうございます」
「あぁ」
珍しくサブが嬉しそうに、少し照れた様子で笑みを浮かべる。
普段は人に決して見せることがない顔だが、エミリアの妊娠がわかって以降、サブはエミリアに対して少しばかり過保護になっている。
貴重な魔道伝書を使って毎日のように『体調に変わりはないか』『腹の子は大丈夫か』と、まるで単身赴任の夫が妻を気遣うようなメッセージのやり取りを続けている。
「エミリアが言うには、子供が生まれるのはまだまだ先らしいがな」
「そうでしたか……あのバルトーク大橋の守護神と、拳王サブさんの子供ですか……いや、これは強い子が生まれるにちがいありませんね」
「そうなってくれりゃ良いがな。まぁ息子か娘かまだ分からんが、どっちにしろ教える事は山ほどある。……そういや子供で思い出したが、前の女王の子供はどうなってる」
サブの言葉に、藍子や綾子、菫も振り向いた。
バルザックの妹に当たるベルナデッタは、現在サンサルバシオン国内の修道院で幽閉されている。ベルナデッタが産んだ勇者須藤誠の子供も一緒にいるはずだ。
「私の甥に当たる子供ですが……正直どう扱うべきか迷います。私に子供が出来なければ、王位継承権を主張してくるかも知れません。そうなった場合はまた国が混乱することに――」
「心配ないわよ、バル」
不安げなバルザックと対照的に、まったく心配すらしていないという口調で呼びかけたのはアレクサンドラだ。
「何のために私がいると思ってるの。私があなたの子供を産むわよ。できるだけ早く。そうすれば、王位の継承に前王朝の連中がどうこう言ってくることもないわ」
アレクサンドラの顔は、既に護衛隊長の引き締まった緊張感の有るものではなく、自信と威厳に満ちた王妃のそれであった。




