05 剣の派閥、盾の派閥
久々に、いつもより2時間遅い時刻まで熟睡したためか、目の下のクマがだいぶ薄くなったバルザックは、執務机に積まれた書類の山のいくつかをかなりの速度で片付け、昼にはようやく机の天板がまともに使えるようになった。
机がかなり片付いて、皿やコップを置く余地が確保できるようになってようやく、バルザックはこの日最初の食事となる昼食に手を伸ばした。
王の昼食としてはあまりにも粗末な、サンドイッチをいくつかとすっかりぬるくなったコーヒーで、その食事も片手に書類を掲げながら摂る有り様だ。
「バルザック、あなたほんとに死ぬわよ? 過労死って知ってる?」
「いえ、大丈夫です。ひとまず昨日はしっかり眠りましたし、お陰でほら、仕事がかなり捗ります」
「今のその働き方は、魂の削り売りみたいなものよ? 悪いこと言わないから、仕事の量半分くらいにして、どうしても王の決裁がいるものだけにしたら?」
「まぁ……そうですね、できれば考えておきます」
「あー、ダメだわ。やんないわねコレは」
呆れたように声を上げた綾子は、新たに淹れられた暖かいコーヒーを飲んで、カゴに山盛りにされたバタークッキーを手に取った。
「我が国の立て直しには、最低でもあと10年。現実的な事を考えれば20年は必要です。まぁ僕は好き好んで火中の栗を拾いに来たわけですからね。誰よりも働かないと」
「あなたの仕事量が基準になったら、部下が大勢死ぬでしょうが。上に立つなら下のモンを信頼しなさい。手下を信じて金をだして、結果については責任とるのが上のモンの役目ってやつじゃないの? 家臣を信じない王は、家臣からも信用してもらえないわよ」
「綾子さんの仰ることは分かります。僕もちゃんと考えてはいますよ」
「そう、じゃさっさとやんなさいよ。とりあえずヨシュア陛下からの書状は、その手に持ってるサンドイッチ食べて、コーヒーを飲み干してからね」
綾子がマジックバッグから書状を1通取り出したのを見ると、バルザックはわずか2口でサンドイッチを食べてコーヒーを一気に飲み干した。
「だから、そういうとこだって言ってんじゃないの」
「ヨシュア陛下からの書状は」
「……あぁもう、わかったわよ。はい」
王への書状の渡し方としては甚だ無礼で甚だ不適切ではあるが、この執務室内にそんな事を咎めるものは誰一人いない。
護衛長のアレクサンドラですら、バルザックを見て肩を竦める始末だ。
そんな女性陣からの視線に気付くこともなく、バルザックは封を切って書状を手に取った。
「……追加の食料支援のお申し出に、資金供与についての全権委任公使をこのサンサルバシオンに派遣される、と?」
「ふぅん、そうなのね。私はその書状を渡しに来ただけだから、中身までは知らないわよ。ま、私のメインの目的はバルザック、あなたの回復の手助けなんだけどね?」
「ははは……あの背中を叩く回復は、できればもう少し加減して頂きたかったですが……」
バルザックの脳裏に、昨日盛大に背中を叩かれた衝撃が蘇る。
重傷者であってもビンタ一発で完全に回復させる『バルトークの聖女』の噂は、アレクサンドラもバルザックも耳にしていた。
伝え聞く噂では、半身をえぐり取られ呼吸も止まりかけていた戦士が救護用のテントに運び込まれてからほんの数分後、なんと笑いながら自分の脚で歩いて出てきた上、武器を持って走って戦場へ戻って行ったというのだ。
さらにその能力は外傷だけでなく、頭痛ならば頭を殴り、腹痛ならば腹を殴る。おまけに肺病に侵された者に至っては、胸と背中を数発殴っただけでほぼ全快という状態に回復させたという。
「あれでも加減したわよ。まぁ万が一死んでも2日以内なら何とか出来るけど、72時間経ったら私でもムリだから、そう簡単に死なないでよ? あと、蘇生直後は死んだほうがマシなくらいキツいらしいから」
「それは……死なないように心がけないといけませんね」
極めつけは『死後2日以内なら蘇生させることが出来る』などというデタラメもここに極まれりというような能力である。
死者の蘇生など、法術を極めた頂点の聖職者であっても不可能だというのが通説だ。が、このデタラメな聖女は、そのデタラメな能力をデタラメな手段で発揮し、通説をあっさりとひっくり返してしまっている。
「ヨシュア陛下も心配なさってたのよ。アレ……あれ……えっと、あなた。そう、そこのあなた」
「……アレクサンドラ・ライツです」
「そうそう、アレクサンドラさん。くれぐれも無理させないように見張っといたほうが良いわ。多分この人、目を離すと死ぬまで働くから」
「心得ました」
「あとね、ヨシュア陛下の心配事はもう1つ。ゴルドベルクとバチバチにやり合う前から、何王国だっけ、南の国と険悪だったんでしょ?」
「あぁ、シンカー王国ですね。確かにかの国とはお世辞も友好的な関係とは言えません。それは現状でも同じ……いや、今のほうがより深刻かもしれません。表向きは紛争は起きていませんが、水面下では諜報員が複数国境を超えたようです」
「なるほど。そいつらの目的は?」
バルザックはようやく書類を机において、アレクサンドラが注いだ暖かいコーヒーとバタークッキーを口に含む。
「正直なところわかりません……シンカー王国では、国内が大きく2つに割れている、という情報が入っています。シンカー王国でも勇者召喚を積極的に行うべき、という『剣の派閥』に、勇者召喚は邪法であり手を出すべきではないと主張する『盾の派閥』です」
「へぇ、そんな派閥に別れてんのね」
「あぁ、その情報は我々も掴んでいる。一応な。だが……事態はあまり良くはないかもしれんな」
巨体で優雅にコーヒーカップを傾けるエミリアは静かにカップをテーブルに置いて腕を組み、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。




