48 重荷を分かち合うふたり
バルザックを抱きかかえたままアレクサンドラが部屋に入ると、成人男性を抱えているとは思えないほど機敏に振り返り、若き門衛二人に小声で指示を出す。
「朝まで鍵をかけなさい。それから、夜が明けたらツァイス宰相に『アレクサンドラが王の寝所に入って、朝まで出てこなかった』と伝えなさい」
「え、あ、あの、閣下? それはその……」
「あなたに許された返事は! 『はい』か『わかりました』か『了解しました』のどれかよ!」
「は、はい! 分かりました! 了解であります!」
「じゃあさっさと鍵を締めなさい。良いわね? 他の誰が来ても取り次がないこと。私が朝になってここから出るまで、ネズミ一匹通したらその首が物理的に飛ぶと思いなさい」
「は、はひぃ……」
アレクサンドラの気迫に気圧された若き門衛二人は顔を見合わせる。
ドアを閉めて上官の指示通りにカギをかけると、一人はツァイス宰相の元へと駆け出した。
部屋の中では、足音が遠ざかっていくのを確認したアレクサンドラが、バルザックをそっとベッドの上に下ろす。
「サーシャ、一体何を――」
何かを言おうとした王の口を、強引にアレクサンドラが唇で塞いだ。
顔を密着させたままアレクサンドラは自分の衣服を強引に剥ぎ取るように脱いで、それこそ『男にベッドで襲われている女』のような装いになると、そのままベッドに潜り込む。
「バル、この前の言葉、覚えてるわよね?」
「こ、この前?」
「私に、また婚約者になってくれるかって、そう言ったわよね? あのときは冗談じゃないって言ったけど……気が変わったわ。婚約者になるわよ」
「え、ちょ」
「何ならこの状態で大声出しましょうか? 服が乱れた半裸の女が王の寝所でベッドの上に、それも王と一緒にいるとなれば、これはもう大スキャンダルよ」
「あ、あの、サーシャ、少し落ち着いて」
「これが落ち着いてられるもんですか! あなた本当に死ぬ気なの? 止めても止まらないなら、せめて一緒に突っ走ってあげるわよ! 止めなきゃいけないときには、私が身体張って止めてやるから! せめてあなたが背負ってる重荷の半分くらい、私に背負わせなさいよ!」
アレクサンドラは、寒い寝室のなかで鍛えられた肢体をあらわにしたまま、王をベッドに押し付ける。
護衛騎士が王を見下ろすなど不敬極まる状態だが、バルザックにはすでにこの時、女性であるアレクサンドラを跳ね除けるだけの力すら残されていなかった。
数日喰わず眠らずの状態が続いたため、今こうして押し倒されている間にも、意識を失ってしまいそうだった。
寒さは既に身体の芯まで達していたものの、体温を上げるために身体を震わせるだけの力も失せかけている。
「こんなに冷たくなって……あなたが死んだら私はどうすればいいのよ!」
「……サーシャ、風邪を引いてしまいますよ」
「だまりなさい! 私はちゃんと食べてるし鍛えてるから良いのよ! ほらバル、あなたも脱いで!」
毛布の下で、器用にアレクサンドラはバルザックの服を剥ぎ取っていく。
まだ三十代のバルザックと、二十代半ばのアレクサンドラがベッドの上で裸で抱き合うとなると、通常ならその後やることはひとつしかない。
が、今の二人は『通常』ではなかった。
少し大柄なアレクサンドラは力強く、痩せた王の冷たい身体を抱きしめる。
皮膚は潤いもなくガサガサで、唇はひび割れている。ここ数ヶ月に限って言えば、スラムの貧しい子供の方がまだ健康的だ。
「こんなに冷たい身体で、こんなに痩せて、こんなに無理をして……」
自分の体温を分け与えるように身体を密着させ、肋骨の浮き出た王の身体を傷つけないよう細心の注意を払いながら、できるだけ肌と肌を密着させた。
「私がこんなに心配してるのに……こんなにあなたを愛してるのに! どうしてあなたがあなた自身を大切にしないのよ! 私が大切にしてるものを粗末にするなんて、バルでも許さないわよ!」
手でバルザックの身体をさすり、少しでも冷えた身体を温めようとする。
やや筋肉質な体つきで、控えめな大きさの乳房ではあっても、アレクサンドラの身体はバルザックに比べて柔らかい女の身体だ。健康な三十代の男なら欲情して然るべきところである。
残念なことに、極めて不健康な状態のバルザックの手が、アレクサンドラの引き締まった背中と腰に回される。
「あぁ……暖かい……サーシャ、あなたはこんなに暖かかったんですね」
「そうよ。明日からはもう一人で寝させないわ、バルが凍えるなら、私がこうして温める。あなたの伴侶として、あなたの重荷を半分背負う。だから一人で何もかも抱え込まないで。お願いよバル……愛してるのよ……だからお願い、死ぬような真似しないで……」
粗末な寝所の粗末な狭いベッドの中、かつて幼馴染であった二人は抱き合ったまま眠りにつく。
敏腕宰相のツァイスから、長く独り身であったバルザックの婚約が公式発表されたのは、翌々日のことだった。




