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46 摂政と関白

 現在、サンサルバシオン王国の前女王ベルナデッタは王籍を剥奪され、サンサルバシオン王国内の修道院に幽閉されている。

 これはすなわち、新たな『道標』がサンサルバシオン国内にいるということを意味する。

 となると、剣の派閥の残党がいた場合、次に狙うのはサンサルバシオン王国ということになりかねない。

 

「今のサンサルバシオンがシンカー王国と戦争になったとしたら、ゴルドベルクにも火の粉が飛ぶことは確実です。となれば、シンカー王国の政情を親ゴルドベルクにかたむけておく必要があります。幸いゴルドベルクではヨシュア陛下が親政を行っておられますし、私一人が国を離れたとしても安定は揺らがないでしょう。サンサルバシオンも正常安定とは言えないものの、私が長期間不在であってもバルザック陛下の親政で乗り切れるはず。この状況で政治顧問としてゴルドベルクから出すとなれば、私が最適解ということになります」

 

 一同が呆気に取られるなか、しきりに頷いているのは菫1人である。

 突如菫のそばにアシュタロスが現れる。

 

『ふむ、どうやら我が主スミレも語りたいことがあるようだな。吾輩が代弁しよう』

 

 ティベリウスは妹弟子に譲るように、背もたれに身体を預け優雅にワインとチーズを楽しみ始める。

 

『ヨシュア王ならば、シンカー王国を属国にはするまいよ。サンサルバシオン同様、後ろ盾として援助をしつつ影響力を高める、ということだろう。だが、ゴルドベルク王国、サンサルバシオン王国、シンカー王国を押さえれば、事実上ベスタ・プラデッラ大陸の南半分はほぼゴルドベルクの影響下に入れられる。かなり世界の安定に寄与できるであろうな。腹心の大将軍を派遣するだけの価値はあるだろう。……というのが我が主スミレの考えだ』

 

 ティベリウスは満足下のように優しげな笑みを浮かべると、妹弟子の細い髪の毛を優しく撫でる。

 

「なるほど、私から追加で語るべきことは何もなさそうだ。明日には権中僧正と協議をして、最終的にはアルター陛下の承認を取り付ける必要があるが、私の読みでは恐らく彼らは乗ってくるはずだ」

 

 ワインを飲み干すと、ティベリウスは優雅に立ち上がり、優秀極まる妹弟子にやさしい笑みを見せた。

 

「では、私は先に休ませてもらう。良い仕事は良い睡眠の上に成り立つものだからね」

 

 翌朝のアルター王との会談は、ほぼティベリウスの読み通りに進んだ。

 同席したのは、シンカー王国側からは百八龍の代表である浩二と一ツ目のホセ、ゴルドベルク側からはリベルタドール首魁の綾子、それに菫だ。

 

「では、今回の私の摂政就任について、アルター王の最終承認が得られた、と考えて良いですね?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 この日、言葉を返したのはネイオミではなく、アルター王本人である。

 

「では……此処から先はヨシュア陛下の全権委任公使ではなく、アルター陛下の摂政ティベリウス・ネストリウスとしての発言となります。よろしいですか? アルター陛下」

「はい」

「私はあくまで『一時的』な摂政であることをお心に置いて頂く必要があります。いずれ陛下が親政を行われるにあたり、経験を積むための、いわば踏み台に過ぎません。私を存分に利用されることです。外交の場での腹のさぐりあいに駆け引き、国内において面従腹背の家臣のあしらい方など、学ぶべきことは限りなくあります。それから、早速摂政としての権限をひとつ、使わせて頂きます。権中僧正ネイオミ殿を王の補佐役である『関白』として任命しましょう」

 

 あまりにも意外な申し出であったのか、ネイオミとアルターは思わず顔を見合わせる。

 現状ネイオミは政治的な実験は何も持ち合わせていない。が、関白ともなれば事実上、王と摂政に次ぐ国政のナンバー3の地位となり、決裁権もかなりの範囲に及ぶ。

 

「摂政と関白は互いに協力して王の務めをお扶(たす)け奉(たてまつ)るもの。それに、互いが権力を持ち過ぎぬよう牽制する必要もあります。それからもう一つ。現在シンカー僧院では大僧正コーネリアス・ギキが生死不明の状態です。大僧正不在は、信者の多いシンカー国民の不安の材料になるでしょう。政治的実権も関白として十分ですし、ネイオミ殿に3階級特進して頂き、大僧正に就任されるよう、アルター陛下に進言いたします」

「わ、私が? 私が、だ、大僧正ですか?」

「はい。ネイオミ殿、貴方がです。貴方は現状、権中僧正という位階におられますが、これは中僧正、権大僧正、大僧正が剣の派閥で占められていたためです。剣の派閥を排除する動きを止めないためにも、盾の派閥の中で最も高い位階におられるネイオミ殿に、僧院の頂点に立っていただきたいのです」

「で、ですが私は……大僧正になるためのイニシエーションは……緋色の法衣の継承を受けておりません。そのような状態では、私が大僧正を名乗ったところで——」

「緋色の法衣というのは、こちらのことですか?」

 

 ティベリウスは傍らから包を取り出し、テーブルの上で広げる。

 美しい刺繍が施された緋色の法衣、代々の大僧正に受け継がれてきた、大僧正だけが身にまとう事を許される法衣である。シンカー僧院において、この緋色の法衣をまとう者の言葉は王の言葉と同じ重さを持つ、とまで言われたものである。

 

「私はシンカー僧院の信者ではありませんのでね。この法衣の価値は分かりかねますが、ネイオミ殿ならお分かりでしょう。これは、貴方がまとうべき法衣です。そうですね? アルター陛下」

「うん。ネイオミ、お願い」

 

 ボーイソプラノの声に、一切の迷いも躊躇もなく、まっすぐに師である尼僧を見上げている。

 最上位階の大僧正の不在は、僧院において避けるべき事態であることは間違いない。だが、これまで尼僧が大僧正の位階に就任した前例はない。何なら権中僧正への就任も初めてのことだった。

 

「ネイオミ、この法衣を」

 

 王は丁寧に緋色の法衣をたたみ、すぐとなりに座るネイオミに差し出した。

 シンカー王国と僧院の歴史において初となる、女性大僧正、女性関白の誕生の瞬間だった。

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