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45 属国にあらず

「どういうつもりなの、摂政ってアレでしょ? ほら、何だっけ? えっと……」

 

 綾子は正面から大将軍に詰め寄っていた。

 グランデルベルグの街でも最大の宿に併設の酒場で、リベルタドールの首魁である女傑の詰問などまるで堪えていないような表情で、ティベリウスは優雅にワインを傾けている。

 

「ねぇ中西さん? で良いのよね? ほら、摂政って……何だっけか」

「摂政は、日本では天皇の代理のことよ。関白は天皇の補佐役。源氏物語とかにも散々出てくるわよ」

「そんなの読んだこと無いわよ。漫画家されてりゃ別だけど」

「されたわよ。『あさきゆめみし』って、読んだこと無いの?」

「私、マンガは北斗の拳と男塾と刃牙しか読まないから。ジャンプかチャンピオンで連載されてないなら、私にとっては存在しないのと同じよ」

「ず……随分偏ってるわね……まぁ日本は置いといて、シンカー王国で摂政って言ったら『国王の代理権を持つ実質的な政治のトップ』っていうことね。国王の印を持つ宰相、っていうところかしら」

 

 呆れ返った藍子をよそに、綾子はティベリウスへの詰問とも言える質問を続ける。

 

「ねぇ、それって要はゴルドベルクがシンカー王国を乗っ取るっていうのと同じじゃないの?」

「そうですね、ほぼ同じです」

 

 あっさりとティベリウスは答えると、酒場で出された庶民的な料理を口に運ぶ。

 

「もちろん、今の時点では私の独断ですが、陛下は同意なさるはずです」

「そうかしら? あのヨシュア陛下が?」

「そうです。考えても見て下さい。今のこのシンカー王国の状況と、復興途上にあるサンサルバシオン王国の状況を。今回の事態は、シンカー王国だけではありません。サンサルバシオンにも、ゴルドベルクにも影響が大きいんです」

 

 ティベリウスは相変わらず、優雅にワインを傾けながら穏やかに、そして綾子でも理解せざるを得ないような言葉を選んで話を続ける。


 シンカー王国では、今回官僚や大臣、さらには国の中枢に深く入り込んでいた僧たちが多く命を落とした。剣の派閥の者たちの中でも、より中枢に近い者達が下水道での勇者召喚術に参加していたため、一気に政府機能が停止寸前の状態に陥っている。

 盾の派閥の者たちの奮闘で、政府としての機能を最低限ギリギリのラインで実現しているものの、王都の大火事などという大規模な『災害』への対応は極めて困難と言わざるを得ない。

 王は聡明であるとは言え求心力があるとは言えず、さらに政治の実務や外交の経験もほぼ皆無だ。親政を行うには経験や知識が決定的に不足している。

 教育係でもある盾の派閥の尼僧、権中僧正ネイオミも補佐役ではあるものの、彼女はあくまで『王の教育係』であって、政治的な代理権などは持っていない。

 

「……となれば、シンカー王国が政治的な昏迷状態になる事は火を見るよりも明らか。そうなると、剣の派閥が再び勢力を伸ばして勇者召喚術に手を出すことにつながりかねません。我々が何よりも避けなければならないのは、シンカー王国が再び勇者召喚術に手を出すという事態です。そのためには一日でも早く政治的な安定を取り戻す必要があります」

「それは、まぁ……確かにそうなんだけど……」

「私が関白ではなく摂政を、と持ちかけたのにも理由があります。私は今のところヨシュア陛下の全権委任公使です。一応は政治的な経験もありますし、場合によっては対抗勢力を力で排除する事も出来ます。何より、暗殺への対抗も可能ですからね。アルター陛下をこれまで通り傀儡として操ろうとする者たちにも独力で対抗できます。それに何よりも、サンサルバシオンの状況を考える必要もあります」

 

 ゴルドベルク王国は、サンサルバシオン王国と国境を接している。

 今のところヨシュア王の後ろ盾を得たバルザックが玉座の主となり、非常に多忙ながらも政務を行い国情も安定しつつある。

 そんな国と国境を接するシンカー王国の政情が不安定ともなると、いつサンサルバシオンへ攻め込むかわからない、という極めて不安定な情勢になってしまう。

 

「それにお忘れですか? 『道標』となりうるものは聖騎士村上允恭の——今は藍子さんの娘、リサだけではありません」

「……え? どういうこと? 誰か他に子供を作ったってこと? あのロリコン坊主、そんなに何人も子供を?」

「いいえ。勇者スドウマコトでしたか……サンサルバシオンの前女王、ベルナデッタは彼の子を産んでいます」

「え」

 

 誰もが忘れていた。

 

 確かに、サンサルバシオンとゴルドベルクの講和会議の場で、高飛車っぽい女王のお腹は大きくなっていた。

 誰の子かは語られなかったが、須藤誠の子を妊娠していたとしたら、新たな道標となりうる子供が存在するということだ。


「勇者って、あの陽キャ? あいつまさか、一国のお姫様を妊娠させてたってこと?」

「そのようですね。だからこそ、サンサルバシオンも必ずしも安全とは言えないんですよ」


 ティベリウスは、さらに残ったサラミの最後の1枚を口に含むと、満足そうにゆっくりとワインで喉に流し込んだ。

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