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43 思わぬ事態

 王都は燃えていた。

 下水道内にある秘密の設備から出た綾子やサブ、それに浩二にホセ達が目撃したのは、炎に包まれるシンカー王都だ。


 多くの民衆は逃げ惑い、道端には逃げ遅れ煙に巻かれたであろう民の死骸が累々と横たわっている。

 

「……クソが、剣の派閥の連中か」

 

 浩二が小さく呟くと、初老の年齢を感じさせない機敏な動きでホセへと向き直る。

 

「おい、指示を出せ! グランデルベルグの守りを固めて、王都から逃げて来る奴らを街の外で留めて受け入れる準備だ! 炊き出しは街の外、王都からの連中は街に入れるな!」

「へ、へい! ですがボス……」

「動け! 今すぐ!」

「へい!」

 

 浩二に一括されたホセ達百八龍の男たちはグランデルベルグへと走り出す。

 

「綾子、お前の組のモンにも力を借りたい。この騒ぎに乗じて、王都から剣の派閥の連中がグランデルベルグに紛れ込んでくるはずだ。あの街はようやく百八龍と盾の派閥の街になったんだ。剣の派閥は町に入れるわけには行かない」

「わかった。じゃあこういうとき一番たよりになるのは」

 

 ちら、と綾子が視線を向けた先では、緊張した面持ちの少女、天才賢者の菫が綾子を見上げている。

 

「お願いできる? スミレちゃん」

 

 こくり、と頷いた菫が視線を炎上する王都に向けると、何も無い空中に黒い靄が現れ、黒衣を身にまとった痩せた男が現れる。

 

『話は聞かせてもらった。吾輩の力が必要なようだな』

「お願いアシュさん、センチネルちゃんたちの力も借りたいの」

『良かろう。剣の派閥の者どもを殺せば良いのだな』

「違う違う違う! 殺すんじゃなくて! グランデルベルグに入れないの! なんでそう物騒なハナシに直結させるかなぁ?」

『殺した方が後腐れもなくて良かろう。吾輩であれば剣の派閥とやらはこの機会に根絶やしにするがな』

「とりあえず、街に入れないようにするのと、街に紛れ込んだのがいないかの確認。ホセさん達を手伝ってあげて欲しいの。絶対漏れとか抜けが出るから」

『……ということだが、構わんか? 我が主スミレよ』

 

 こくり、と再び菫が頷くのを認めると、アシュタロスは両手を優雅に掲げる。

 

『出でよ、我が下僕(しもべ)』

 

 まるで最初からそこに存在したかのように、突然小柄な少年が現れる。もはや百八龍にもおなじみとなった三つ目の怪物、センチネルである。

 

『お召により参上しました、御主人様』

『うむ。王都が燃えているのは見えるな?』

『確かに』

『逃げ出してくる者に、我が主スミレに敵対する剣の派閥が紛れて来るはずだ。探し出して拘束せよ』

『殺さなくてもよろしいので?』

『綾子がうるさいのでな。できるだけ殺すな』

『畏まりました』

 

 センチネルの小柄な身体がぶん、とブレたかと思うと、小柄な身体が凄まじい速度で分裂を始める。

 瞬きを1度する間に、もはや数える事が出来ないほどの少年が整然と並び、アシュタロスに向かって跪いた。

 

『行け』

『御意』

 

 センチネル『達』は一斉に動き始める。

 それに呼応するかのように、王都の城門からは多くの市民たちが逃げ出してきた。

 

「これは! これは一体何事なのですか!」

 

 綾子らに後ろから狼狽した声をかけたのは、権中僧正ネイオミだ。その傍らには少年王アルターの姿もある。

 下水道の通路を通じて、王都から綾子達を追いかけてきたのだ。

 

「王都が……ひどい、誰がこんなことを……」

「わからないわ。でもとりあえず、間違ってもあの城壁の中に入ろうなんて思わないほうが良いわ」

「で、でも! でも王家の歴史が、僧院の経典が!」

「何寝ぼけたこと言ってんの。全部命あってのモノダネよ。今ここに王様がいるんだったら、それで十分じゃないのよ。歴史だの伝統だのと人の命、天秤にかけてどっちが重いかわからないわけじゃないでしょ」

「ですが!」

「ネイオミ、良いんだ」

 

 美しいボーイソプラノの声。ネイオミが振り返るように見下ろした先では、やや怯えたような表情を浮かべた国王アルターが、じっと炎に包まれる王都を見続けていた。

 

「ですが陛下、王都には王家の秘宝に、それに国の歴史を記した書物が」

「そんなものはどうでもいい。そんなことより、民が生きられるようにする方が大事だよ。『君、君たらずんば、臣、臣たらず』でしょ? 国民がいなければ、国王なんている意味はないんだ」

 

 ネイオミを止める王の言葉と表情は、傀儡とされた幼い少年のものではない。

 どこか、超大国ゴルドベルク王国を平和に治める偉大なる魔王、ヨシュアを彷彿とさせる理知的なものであった。

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